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【NBAレジェンド】”THE ANSWER”アレン・アイバーソン:183cmの低身長ながらコートを支配した男の凄さを生い立ちと共に紹介

今回ご紹介するのは、The Answerというカッコ良すぎるニックネームを持つ「アレン・アイバーソン」。

身長こそ正義だと言われるバスケットボールにおいて、183cmという低い身長ながら世界最高峰のNBAで殿堂入りを果たした伝説的な選手です。

通算4度の得点王と1度のシーズンMVPはNBA選手として十分すぎる実績ですが、彼の真の凄さはその「影響力」にあるんですよ。

 

現代バスケでは多くの選手が取り入れている「タトゥー」や「コーンロウ」などの文化をNBAにもたらしたと言われているアイバーソンとは、一体どんな選手だったのか?

この記事では「生い立ち」や「NBA時代のストーリー」はもちろん、彼がNBAに与えた文化的な影響に至るまで、アレン・アイバーソンの全てを語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!

 

アイバーソンのプレイスタイル:183cmの低身長シューティングガードはどのように戦ったのか?

アレン・アイバーソンは身長183 cm、体重75kgとNBA選手にしては非常に小柄な体型をしている選手です。

NBAの平均身長は約201cm(2025-26シーズン)、アイバーソンが主につとめたポジションであるシューティングガードに絞っても約193cm〜196cmと言われていますから、平均よりも10cm以上低かったアイバーソンにとって活躍は簡単なものではなかったはずです。

 

NBAではアイザイア・トーマスやマグジー・ボーグスなど低身長でスターに成り上がった選手は何人か存在しますが、アイバーソンほど得点力に優れ、かつNBAのトレンドを変えるほどのスター性を持った選手は他にはいないでしょう。

 

低身長だったアイバーソンの武器はなんといってもその「スピード」と「跳躍力」。

自分よりも10cmも20cmも大きな選手を代名詞である「クロスオーバー(ボールを体の前を通すようにして左右につくドリブル技術)」によっていとも簡単に抜き去る姿は多くのファンを魅了しました。

結果としてNBAのシーズンMVP、オールスターMVP、得点王をはじめ数多くの賞を受賞。

そのストリートスタイルな容姿も相まって、現在でも世界中に多くのファンが存在する、NBA屈指のレジェンドの1人となりました。

 

生い立ち:貧困、刑務所生活から全米屈指のプレイヤーへ

NBAでは輝かしい成績を残しているアイバーソンですが、決して裕福な家庭に生まれたわけではありませんでした。

ここからはそんなアイバーソンの「生い立ち」を少しご紹介しようと思います。

 

1975年6月7日、アイバーソンはアメリカ合衆国の東部に位置する軍事施設が多く位置する町「バージニア州ハンプトン」で誕生しました。

出産当時、母親であるアン・アイバーソンの年齢はわずか15歳。

父親が生まれてすぐに逮捕されてしまったこともあり、幼少期から貧しい暮らしをすることとなってしまいます。

 

その後母親の再婚によって2人の妹ができたものの、新しい父親もドラック所持容疑で逮捕され、アイバーソンは妹たちの生活費を賄うために「賭けバスケ」を行っていたそうです。

ただ、その頃生まれた「スポーツの成功こそ家族への恩返し」というハングリー精神がアイバーソンをのちのレジェンドへと導いたと言えるでしょう。

 

幸い運動神経には恵まれていたアイバーソンは地元ハンプトンのべセル高校に進学。

アメリカの主要スポーツであるアメリカンフットボールとバスケットボールの2つをクラブを掛け持ちし、その両方の種目でチームをバージニア州のチャンピオンに導き、両方の種目の大会MVPに輝いたという逸話はあまりにも有名です。

半端ねぇですよ。笑

 

ただ、そんな一見順風満帆に見えた高校生活も17歳の時に起きたある事件によって大きく風向きが変わってしまうのでした。

それはアイバーソンが友達とともにボウリング場へ遊びに行った時のこと。

居合わせた白人の集団がアイバーソンたちに人種差別的な発言をしたことが原因で乱闘事件が発生し、その容疑者として被害者ながらアイバーソンたちも刑務所へと連行されてしまったのです。

その判決はなんと懲役15年。

結局4ヶ月の服役で免罪であることが判明し無罪釈放をされたわけですが、この事件はアイバーソンの世間的な評価を下げるには十分すぎるものでした。

それまでは各大学注目の的であったアイバーソンでしたが、釈放後はどこの大学からもスカウトはなくなってしまったのです。

 

17歳のアイバーソンにはどうしようもなく、このまま選手生命が終わってしまうかと思われましたが、そんなアイバーソンを救ったのが母親のアン・アイバーソンでした。

アンは大学のスカウトたちにアイバーソンへ再度チャンスを与えて欲しいと頼み込み、結果ジョージタウン大学がアイバーソンを受け入れてくれることになったのです。

 

母親の尽力によって諦めかけた夢を掴んだアイバーソンは、大学進学後にその名をアメリカ全土に轟かせます。

大学1年目にして新人賞と最優秀守備選手賞を受賞し、2年目には全米TOP5選手の証であるオールアメリカン1stチームにも選出されるなど、その実力が本物であることを証明し続けたのです。

 

全米屈指の選手と認められたアイバーソンは翌年(1996年)のNBAドラフトにエントリー。

なんとドラフト全体1位でフィラデルフィア・76ersから指名を受け、NBAの世界へと足を踏み入れることになったのでした。

身長183cmは当時のNBAでもかなり低身長であり、「史上最も身長が低いドラフト1位」としても話題となりました。

 

NBA時代のストーリーを紹介

波乱万丈な人生を歩んだアイバーソン。

これぞレジェンドの生い立ちといったところでしょうか。

続いてはそんなアイバーソンNBA時代のストーリーを、フィラデルフィア・76ersの時代とそれ以降に分けて解説していこうと思います。

史上最も低身長のドラフト1位がNBAレジェンドと呼ばれるまでの一緒に見ていきましょう!

 

シーズンMVP受賞と高かったウェスタンカンファレンスの壁

当時183cmという身長に疑問をもつアナリストも多くいましたが、アイバーソンはNBA入り1年目からその疑問を払拭する圧倒的な活躍を見せます。

シーズン中に5試合連続40得点という新人記録を樹立し、そのまま平均23得点、7.5アシスト、2.1スティールで文句なしの新人王を受賞。

ドラフト時のインタビューで「俺はマイケル・ジョーダンでも尊敬しない」という名言を残していますが、1年目にして当時すでに世界最高の選手であったジョーダンを相手に得意のクロスオーバーから得点を決める姿は多くのファンを虜にしました。

小柄ながらにダイナミクなプレーで得点を量産するアイバーソンのプレーを一眼見ようとファンがアリーナに詰めかけ、フィラデルフィア・76ersのチケットは飛ぶように売れたそうですよ。

 

そんなアイバーソンのNBA時代を語る上で欠かせないのが2000-01シーズンでしょう。

平均31.1得点、2.5スティールはいずれもNBAトップであり、自身初となる得点王とスティール王を同時受賞。

名実ともにNBAトップ選手の1人となったアイバーソンは、そのままシーズンMVPを受賞し、チームもプレーオフ進出を果たしました。

ここからアイバーソンをレジェンドへと押し上げたキャリア屈指のプレーオフが幕を開けます。

アイバーソンのワンマンチームであったシクサーズを、ほぼ独力でNBAファイナルまで導いてしまったのです。

しかもその道のりは簡単なものではなく、2回戦のトロント・ラプターズ戦では2度の50得点越え、カンファレンス・ファイナルのミルウォーキー・バックス戦では最終戦で44得点をあげるなど、エースの名にふさわしい活躍を残したのでした。

 

そして迎えたNBAファイナル。

相手はコービー・ブライアントとシャキール・オニールの最強デュオが率いる連覇を狙うロサンゼルス・レイカーズでした。

当時のNBAはウェスタン・カンファレンスにレイカーズをはじめとした強豪チームがひしめいており、アイバーソンのシクサーズが所属するイースタン・カンファレンスではどのチームが勝ち上がってもNBAファイナルでは勝てないと言われているような状況でした。

また、この年のレイカーズは歴代屈指の最強チームの1つで、NBAファイナルまでの試合を11勝無敗という無類の強さで勝ち上がって来ていました。

 

そんな状況で迎えたNBAファイナル第1戦で、アイバーソンは伝説的な試合を残します。

多くの人がレイカーズ勝利を予想していた中、アイバーソンは48得点を記録し、延長線の末にシクサーズに勝利をもたらしたのです。

この48得点はNBAファイナルデビュー戦における史上最高得点記録として今も残っています。

また、この試合の勝敗を決めたシュートの後に「ティロン・ルーをまたいだ」シーンはあまりにも有名で、またがれたティロン・ルーの方が一躍有名になるほどだったそうですよ。笑

 

ただ、アイバーソンの活躍もこの1試合にとどまり、その後はレイカーズの4連勝で決着。

その後も何度かプレーオフには進出するものの、残念ながら2000-01シーズンを超えるシーズンを残すことはできませんでした。

ただ、アイバーソンの小柄ながらNBAトップ選手に上り詰めた姿はファンの心を鷲掴みにし、この1年だけでもNBAのレジェンドと語り継がれるには十分すぎるものだったと言えるでしょう!

 

ただ、アイバーソンがこれだけ素晴らしい活躍をしていただけに、アイバーソンのチームにもう1人スター選手がいれば・・・と思ってしまいます。

結局、シクサーズにはドラフトされた1996年〜2006年までの10年間所属しましたが、アイバーソンがチームとともにNBAチャンピオンに輝くことができませんでした。

 

ナゲッツへの移籍と引退への道

2006年に10年所属したチームに別れを告げたアイバーソンは、デンバー・ナゲッツに移籍することとなりました。

ナゲッツ移籍後もアイバーソンはスター選手であり、当時ナゲッツのエースを務めていたカーメロ・アンソニーとのデュオは高い得点力を誇るとして期待されてたものの、スパーズやレイカーズなどのリーグ屈指の強チームの壁に阻まれることに。

カーメロもアイバーソンも高い得点力誇る選手でしたが、ボールが1つしかないバスケにおいてボールを長時間持って得点を量産するタイプの選手同士では相性があまり良くなかったと言われています。

 

その後もアイバーソン自身は第一線で戦い続けていたものの、フィットするチームを見つけることができずにデトロイト・ピストンズ、メンフィス・グリズリーズへ次々移籍を繰り返したのちに1度目の引退。

ただ、最後は自分を拾ってくれた場所で終えようと引退から1週間後にフィラデルフィア・76ersに復帰を果たし、シーズン終了後に完全な引退を宣言しました。(2013年)

 

優勝こそなかったものの、シーズンMVPや4度の得点王受賞など個人での成績は華々しく、特にそのストリートなスタイルからNBAの文化を大きく変えたと言われているアイバーソン。

彼の栄誉を讃え、2014年には背番号「3」がフィラデルフィア・76ersの永久欠番に、そして2016年には無事バスケットボール殿堂入りが決定しました。

 

NBAのトレンドに!アイバーソンの長い腕に巻かれた「アームサポーター」

ここまでアイバーソンの選手としての凄さについて語ってきました。

ストリート由来の独特なステップと、そこから繰り出される必殺のクロスオーバー。

身長が183cmと小柄ながらもダンクやアリウープもできるアイバーソンはその驚異の身体能力が注目されがちですが、彼の凄さを語る上で彼がNBAに持ち込んだ文化的な影響力を語らないわけにはいきません。

アイバーソンはいわば「NBAのトレンドを大きく変えたレジェンド」と言えるでしょう!

 

アイバーソンがNBAに持ち込んだものとして代表的なのは「タトゥー」や「コーンロウ」、「アームサポーター」などが挙げられます。

どれも現在のNBAでは多くの選手が取り入れているファッションですが、いずれもアイバーソンが大きな影響を与えていることは間違い無いでしょう。

 

ここでは特にアームサポーターについて触れますが、アイバーソンの長い腕に巻かれたアームサポーターがこれまたかっこいいんですよね!

本来はシュート時に肘への負担を軽減するために着用するアイテムですが、そのあまりのかっこよさに日本でも多くのプレーヤーがファッションとして真似していました。

「レブロン・ジェームズ」や「ラッセル・ウェストブルック」などの選手たちもアームサポーターを着用しているのが印象的だと思いますが、アイバーソンがいなければ後世の選手たちのスタイルも大きく違っていたかもしれませんね!

 

リーボック発のバッシュ!アイバーソンのシグネチャーモデルを紹介

 

アイバーソンはリーボックがシューズ契約を結んだ代表的な選手としても知られています。

現役時代の20年間にわたってリーボック一筋を貫いたアイバーソンは、引退までに計14足のシグネチャーモデルがリリースされており、アイバーソンのカルト的な人気にともなって、現在でも復刻版が発売されるほど人気なシリーズへと成長しました。

代表的なモデルは「Question」や「Answerシリーズ」があり、特にアイバーソンのニックネームでもあった「Answerシリーズ」は13作も続く長編シリーズです。

 

2018年にはアイバーソンの過去モデルの要素を集めて作成されたモデル「アイバーソン レガシー」もリリースされました。

人気モデルについては復刻版も続々登場しているので、ぜひチェックしてみてくださいね!

 

アレン・アイバーソンのキャリアスタッツ

最後にアレン・アイバーソンがNBAで残した「キャリアスタッツ」について、レギュラーシーズンとプレーオフとでそれぞれご紹介します。

 

レギュラーシーズン(1996-97シーズン〜2009-10シーズン)

シーズン 年齢 チーム 出場試合 出場時間 得点 リバウンド アシスト FG確率 3PT確率 FT確率 スティール ブロック TO
96-97 21 PHI 76 40.1 23.5 4.1 7.5 41.6% 34.1% 70.2% 2.1 0.3 4.4
97-98 22 PHI 80 39.4 22.0 3.7 6.2 46.1% 29.8% 72.9% 2.2 0.3 3.1
98-99 23 PHI 48 41.5 26.8 4.9 4.6 41.2% 29.1% 75.1% 2.3 0.1 3.5
99-00 24 PHI 70 40.8 28.4 3.8 4.7 42.1% 34.1% 71.3% 2.1 0.1 3.3
00-01 25 PHI 71 42.0 31.1 3.8 4.6 42.0% 32.0% 81.4% 2.5 0.3 3.3
01-02 26 PHI 60 43.7 31.4 4.5 5.5 39.8% 29.1% 81.2% 2.8 0.2 4.0
02-03 27 PHI 82 42.5 27.6 4.2 5.5 41.4% 27.7% 77.4% 2.7 0.2 3.5
03-04 28 PHI 48 42.5 26.4 3.7 6.8 38.7% 28.6% 74.5% 2.4 0.1 4.4
04-05 29 PHI 75 42.3 30.7 4.0 7.9 42.4% 30.8% 83.5% 2.4 0.1 4.6
05-06 30 PHI 72 43.1 33.0 3.2 7.4 44.7% 32.3% 81.4% 1.9 0.1 3.4
06-07 31 合計 65 42.5 26.3 3.0 7.2 44.2% 31.5% 79.5% 1.9 0.2 4.1
06-07 31 PHI 15 42.7 31.2 2.7 7.3 41.3% 22.6% 88.5% 2.2 0.1 4.4
06-07 31 DEN 50 42.4 24.8 3.0 7.2 45.4% 34.7% 75.9% 1.8 0.2 4.0
07-08 32 DEN 82 41.8 26.4 3.0 7.1 45.8% 34.5% 80.9% 2.0 0.1 3.0
08-09 33 合計 57 36.7 17.5 3.0 5.0 41.7% 28.3% 78.1% 1.5 0.1 2.6
08-09 33 DEN 3 41.0 18.7 2.7 6.7 45.0% 25.0% 72.0% 1.0 0.3 3.3
08-09 33 DET 54 36.5 17.4 3.1 4.9 41.6% 28.6% 78.6% 1.6 0.1 2.5
09-10 34 合計 28 30.9 13.8 2.8 4.0 43.0% 36.0% 79.4% 0.7 0.1 2.3
09-10 34 MEM 3 22.3 12.3 1.3 3.7 57.7% 100.0% 50.0% 0.3 0.0 2.3
09-10 34 PHI 25 31.9 13.9 3.0 4.1 41.7% 33.3% 82.4% 0.7 0.1 2.3

 

アレン・アイバーソンは4度の得点王を誇るスコアリングガードとして知られていますが、そのタフネスもまた彼のキャリアを押し上げた要因の1つです。

その象徴的なシーズンとも言えるのが、2001-02シーズンの試合出場時間43.7分。

この年はNBAファイナルまで進出した2000-01シーズンから得点王とスティール王の2冠をともに2年連続で受賞してした年。

小柄な体ながら相手とぶつかり続けてもなお試合に出場し続けられるスタミナと怪我をしない身体的な強さがこれらの脅威的なスタッツを可能にしたと言えるでしょう。

 

また、意外にも得点王を受賞できなかったものの、アイバーソン個人として最も平均得点が高かったのが2005-06シーズン。

この時NBAを支配していたコービー・ブライアントに惜しくも得点1位の座は譲ることになりましたが、歴代でも屈指のスコアラー同士が頂点を競った歴史的なシーズンの1つとしてぜひ押さえておきましょう!

 

プレイオフ(計8シーズン)

シーズン 年齢 チーム 出場試合 出場時間 得点 リバウンド アシスト FG確率 3PT確率 FT確率 スティール ブロック TO
98-99 23 PHI 8 44.8 28.5 4.1 4.9 41.1% 28.3% 71.2% 2.5 0.3 3.0
99-00 24 PHI 10 44.4 26.2 4.0 4.5 38.4% 30.8% 73.9% 1.2 0.1 3.2
00-01 25 PHI 22 46.2 32.9 4.7 6.1 38.9% 33.8% 77.4% 2.4 0.3 2.9
01-02 26 PHI 5 41.8 30.0 3.6 4.2 38.1% 33.3% 81.0% 2.6 0.0 2.4
02-03 27 PHI 12 46.4 31.7 4.3 7.4 41.6% 34.5% 73.7% 2.4 0.1 3.9
04-05 29 PHI 5 47.6 31.2 2.2 10.0 46.8% 41.4% 89.7% 2.0 0.4 4.2
06-07 31 DEN 5 44.6 22.8 0.6 5.8 36.8% 29.4% 80.6% 1.4 0.0 3.0
07-08 32 DEN 4 39.5 24.5 3.0 4.5 43.4% 21.4% 69.7% 1.0 0.3 1.8

 

持ち前のメンタリティで大舞台にめっぽう強い選手として知られていたアイバーソン。

NBAファイナルまで進出したのは1回のみでしたが、そのプレーオフ通算平均得点29.7点はあの”バスケの神様”マイケル・ジョーダンに次ぐ歴代第2位です。

特に高かったのはやはりNBAファイナルまで進出した2000-01シーズンで、2回戦でトロント・ラプターズ相手に叩き出した2度の50得点は、これもマイケル・ジョーダンに続いて歴代2人目の偉業となりました。

 

また、見逃せないのがフィラデルフィア・76ersでプレーオフに出場した最後の年となった2004-05シーズン。

キャリアを積んだことでアシスト能力が高まったアイバーソンは得点力はそのままに10アシストを記録し、プレーオフ平均ダブルダブルを達成した唯一のシーズンとなりました。

 

最後に

今回はアレン・アイバーソンについてご紹介しました。

183cmは日本人からすれば大きい方かもしれませんが、NBAの世界ではめちゃくちゃ低身長です。

身長差をものともしないスピードと身体能力を活かしたプレースタイルは、身長の小さい多くの選手に夢を与えただけでなく、2メートルを裕に超える後世のNBAスターたちにも大きな影響を与えました。

 

優勝を経験していないので他のNBAレジェンドたちと比較すると経歴上は少し劣って見えがちですが、彼がNBAにもたらした影響力を考えると、間違いなく後世に語り継がれるべき選手の1人だと思います。

アレン・アイバーソンのプレー集をみたことがないという方は、YouTubeなどに数多くありますのでぜひ一度見てみてください。

きっと彼の魅力の虜になるはずですよ!

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