デトロイト・ピストンズの永久欠番である背番号「3」。
これは2004年のピストンズの優勝に大きく貢献し、史上最高のディフェンダーの1人として名高い「ベン・ウォーレス」のものです。
個人としても数々のアワードを受賞する輝かしいキャリアを送っていますが、活躍したのが主に2000年代とあって、最近NBAを見始めた方はその実力をあまりよく知らないのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんなベン・ウォーレスがどんな選手だったのかを詳しくご紹介していこうと思いっます。
彼が残したエピソードや功績をもとにベン・ウォーレスの魅力を語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
【史上最悪の大事件】
「パレスの騒乱」の張本人
選手と観客が殴り合いをするという前代未聞の事態が発生し、関与した9選手に合計146試合の出場停止処分が下されたNBA史上最悪の事件「パレスの騒乱」。
事件の舞台となったのは2004年11月19日に「ザ・パレス・オブ・オーバーンヒルズ」で開催されたインディアナ・ペイサーズ対デトロイト・ピストンズの一戦で、発端はペイサーズのロン・アーテストがシュート中のベン・ウォーレスを後ろから押したことでした。
アーテストとウォーレスの乱闘は一時沈静化されるも、その後も挑発を続けたアーテストに対してピストンズファンがコーラを投下。
これに激怒したアーテストが客席に殴り込むと、そこからは選手と観客の殴り合いに発展し、最終的には観客9名が負傷、うち2人が救急搬送されるという大事件になってしまったのです。
この事件で罰則を浴びた選手のほとんどはペイサーズ所属ですが、当然事件の発端となったベン・ウォーレスにも責任があり6試合の出場停止処分を受けることに。
ただ、この大事件ですらベン・ウォーレスのキャリアにおいては些細なことなのかもしれません。
確かに相手の挑発に乗って乱闘を起こしたのは良くありませんが、裏を返せば乱闘を起こすくらいのアグレッシブさを持った熱い男だということ。
ここからはそんな“熱さ”を持ったベン・ウォーレスとはどんな選手だったのかについて一緒に見ていきましょう!
NBA史上初!ドラフト外から殿堂入りした選手
1996年NBAドラフトにてどのチームからも指名されず、なんとか拾ってくれたワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)にていわゆる「ドラフト外」という立場の選手としてNBAキャリアをスタートさせた「ベン・ウォーレス」。
シュート力の低さとセンターにしては低い206cmの身長のせいでNBAでは活躍できないと言われていましたが、筋トレで鍛えたフィジカルと天性の身体能力によってリーグ最強のディフェンダーへと昇り詰め、ついには2021年にバスケットボール殿堂入りを果たしました。
ドラフト外から成り上がって殿堂入りを果たしたのはNBA史上初であり、2026年4月時点でもNBA史上唯一の達成者。
多くの過小評価を受けながらも戦い続けたベン・ウォーレスですが、これほどまでの逆転劇を演じることができたのは彼の"熱さ”や“闘争心”あってこそであることは間違い無いでしょう。
多くの不利を抱えた選手でもNBAのスターになれることを証明した彼のキャリアは、サイズやスキルの不足で悩む後世のプレイヤーたちに勇気を与えることとなったのです。
ついに果たした2004年のNBA制覇!
シャックとの一騎打ちがアツかった!
ベン・ウォーレスがキャリアで残した歴史的一戦を挙げればキリがありませんが、中から1つを選ぶとすれば「2004年のNBAファイナル」でしょう。
この年のデトロイト・ピストンズはNBA優勝を果たすわけですが、最後に立ちはだかったロサンゼルス・レイカーズはコービー・ブライアントとシャキール・オニール要するスーパースター軍団。
前予想ではレイカーズ圧倒的有利を言われていたものの、蓋を開けてみればレイカーズを4勝1敗で撃破することに成功したのでした。
このシリーズにおいて最もアツかったのは、“怪物”シャキール・オニールをベン・ウォーレスがたった1人で止め切ったこと。
規格外の力を持つシャックを止めるために多くのチームはシャックにディフェンダーを2人つけますが、ウォーレスがシャックを1人で相手してくれたことによってシャック以外の選手たちがフリーになりづらい環境を作り続けることができたわけです。
どこのチームからも選ばれなかったウォーレスがあらゆるチームから欲しがられたシャックを相手に互角に渡り合うという構図が、まるで映画のようなシリーズだったと言えるでしょう。
NBA史上最高のディフェンスチームの「守りのエース」
さあ、続いては先ほど出てきた2004年のデトロイト・ピストンズについてご紹介したいと思います。
スターティングメンバーはチャウンシー・ビラップス、リチャード・ハミルトン、ティーション・プリンス、ラシード・ウォレス、ベン・ウォーレスの5人。
スーパースターと呼べるような選手が1人もいなかったにも関わらず、とにかく相手に点を取らせない鉄壁のディフェンスを武器に戦うというNBAの歴史をみてもかなり珍しいチームでした。
この記事の主人公であるベン・ウォーレスは、チームディフェンスの要としてぶラシード・ウォレスと共にブロックやリバウンドでインサイドを支配。
持ち前のフィジカルと身体能力で個としても圧倒的なディフェンス力を誇っていただけでなく、持ち前の闘志とハッスルプレーでチームを鼓舞する、まさにNBA史上最高のディフェンスチームの「守りのエース」という存在だったと言えるでしょう。
【プレースタイル】
フィジカルお化け!「Big Ben(ビック・ベン)」の愛称を持つパワー系センター
206cmとセンターとしては小柄ながら、圧倒的なフィジカルと身体能力でゴール下を支配したパワー系センター「ベン・ウォーレス」。
そのゴール下での存在感の大きさから「Big Ben(ビック・ベン)」の愛称で親しまれ、ホームアリーナでの選手紹介や得点した際にはロンドンの時計台「Big Ben」の鐘が鳴らされていました。
フィジカルなセンターといえばモーゼス・マローンやアロンゾ・モーニングなども有名ですが、ベン・ウォーレスはその筋肉全てをディフェンスに費やしたような選手。
体をあてて相手がシュートを打ちにくいポジションへと誘導し、外れたボールを持ち前のリバウンド力で奪い取る姿はまさに圧巻。
得点能力こそ高くなかったものの、ブロックやリバウンド、ハッスルプレーなどでチームに貢献する真のディフェンダーだと言えるでしょう。
脅威的なディフェンス力を証明する偉大な功績2選
歴代屈指のディフェンダーとして名高い「ベン・ウォーレス」。
ここではその脅威的なディフェンス力を証明する偉大な功績を2つご紹介していこうと思います。
偉大な功績①:歴代最多4度の最優秀守備選手賞(DPOY)
NBAにおいて年間で最も優れたディフェンダー1人に贈られるアワードである「最優秀守備選手賞(DPOY)」。
1度受賞するだけでも歴史に名を刻むレベルのディフェンダーと評価されるこの賞をベン・ウォーレスは1人でなんと4回も受賞しています。
この4度の最優秀守備選手賞(DPOY)は歴代最多タイの記録であり、他に達成しているのはディケンべ・ムトンボとルディ・ゴベアの2人のみ。
ただ、ベン・ウォーレスの場合は他の2人よりも10cm以上身長が低いため、余計にその凄さが際立っていると言えますね。
偉大な功績②:史上4人目となるブロック王とリバウンド王の同時受賞
もう一つ、ベン・ウォーレスが達成した偉大な功績は「ブロック王とリバウンド王の同時受賞」。
達成したのは2002年であり、その時のスタッツは13.0リバウンド、3.5アシストでした。
これは史上4人目の記録なんだそうで、他の達成者はカリーム・アブドゥル=ジャバー、ビル・ウォルトン、アキーム・オラジュワンと往年のレジェンドセンターばかり。
代表的な守備的スタッツであるブロックとリバウンドの両号でリーグ1位になるという、まさに最強のディフェンダーにのみ許された称号と言えるでしょう。
まとめ
今回はドラフト外から殿堂入りまでのしあがったレジェンド「ベン・ウォーレス」についてご紹介しました。
いかがでしたでしょうか?
パレスの騒乱を引き起こしてしまったという過去はあるものの、その闘争心がなければ殿堂入りするほどのキャリアにはなっていなかったように思います。
フィジカルだけでなく、その不屈の精神力があったからこそ、ベン・ウォーレスは史上最高のディフェンダーの1人として数えられているのでしょう。
ダンクにブロックにハッスルプレーと、ベン・ウォーレスのハイライトは派手なプレーが多いので見ていて非常に楽しいですよ!
まだベン・ウォーレスのプレーを見たことがないという方は、この機会にぜひ一度ご覧になってみてはいかがでしょうか?