サンアントニオ・スパーズに2度の優勝をもたらしたレジェンド「デビッド・ロビンソン」。
ティム・ダンカンと共に結成した「ツインタワー」時代が有名ですが、ロビンソン個人もシーズンMVPや得点王、最優秀守備選手を獲得した怪物センターでした。
「The Admiral:提督(ていとく)」という一風変わった愛称で親しまれたデビッド・ロビンソンとはいったいどのような選手だったのでしょうか?
デビッド・ロビンソンのプロフィールやプレースタイルはもちろん、ニックネームの理由や着用バッシュ、NBAキャリアの概要に至るまで詳しくご紹介していきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
【プロフィール】デビッド・ロビンソン:NBAの頂点に君臨し続けた強豪スパーズのはじまり
身長216cm 、体重107kgという恵まれた体躯でNBAの一時代を築いた強豪サンアントニオ・スパーズの先駆けとなった「デビッド・ロビンソン」。
提督の愛称で親しまれ、オフェンス、ディフェンスの両方でインサイドにおける圧倒的な強さを誇ったロビンソンは、ルーキーシーズンから新人王を獲得するなどリーグの中心となる実力を持った選手でしたが、特にティム・ダンカンとツインタワーを組んでからその実力を大いに発揮し、チームを2度のNBA優勝に導きました。
「The Admiral:提督(ていとく)」という非常にユニークな愛称で知られているロビンソンですが、その人柄は非常に真面目で情熱的だったそう。
入団当時は弱小だったスパーズをエースとしてリーグ屈指の強豪チームにまで増し上げた実力は本物であり、引退するまでにはシーズンMVP、得点王、オリンピック金メダル、そして2度の優勝と誰もが羨むようなキャリアを送りました。
彼が着用した背番号「50」は当然サンアントニオ・スパーズの永久欠番であり、2009年には殿堂入りも果たしたロビンソンは、まさに後世に語り継がれるに相応しいレジェンドの1人と言えるでしょう。
ニックネーム「提督(The Admiral)」の由来
NBAにおいてファンに愛される選手にはよく愛称が付けられます。
マイケル・ジョーダンの「MJ」や、アレン・アイバーソンの「The Answer」などが有名であり、どれもめちゃくちゃセンスを感じます。
その点、デビッド・ロビンソンに付けられた「The Admiral:提督(ていとく)」は、確かにカッコいいものの少し変わったニックネームだなと思いますよね。笑
ロビンソンが「提督(ていとく)」と呼ばれる理由は彼の生い立ちにあります。
フロリダ州キーウェストにて海軍兵の父親と看護師の母親のもとに生まれたロビンソンは、成長するにつれ自分も父親と同じ海兵になることを志し、アメリカ海軍士官学校に進学します。
高校卒業時点で身長が210cm以上あったロビンソンは、当時の潜水艇の身長制限を超えているという理由から卒業後も海兵としての活躍はできないと告げられ、ある種夢を諦める形でNBA入りを決意したんだそうです。
世界最高峰のバスケットボールリーグが第2志望ってそんなことある?って感じですが、そんな異色の経歴を持つロビンソンは海軍の最高位を意味する「提督(ていとく)」というニックネームで呼ばれるようになりました。
またこれは豆知識ですが、デビッド・ロビンソンはハーバード大学に入れるほど頭がよく、一時は身長制限でアメリカ海軍士官学校への入学すら断られていたところを、試験で圧倒的な成績を叩き出したことで特例として入学を許可されたという伝説があるんですよ。笑
神は彼に何物を与えたんでしょうか・・・。
デビッド・ロビンソンのプレイスタイルは?
NBA史上屈指の身体能力とバスケットボールIQを持ったセンター「デビッド・ロビンソン」。
特にジャンプの最高到達点に届くまでの時間が異常に早く、ブロック、リバウンド、ダンクシュートなどインサイドプレイヤーとして必要とされるスキルを全てリーグトップクラスの実力で兼ね備えていました。
ハイライトに残っているのはダンクシュートのシーンが多いことからアウトサイドは苦手と思われがちですが、意外に柔らかいシュートタッチを持っており、ハイポストからのオフェンスのバリエーションも豊富な選手なんですよ!
キャリア平均21.1得点、10.6リバウンド、3.0ブロックという圧倒的な支配力に加え、1試合で最高71得点を叩き出す爆発的なパフォーマンスも可能な万能戦士。
唯一、優しすぎるが故に接戦となった試合での勝負強さに懸念がありましたが、コーチやチームメイトにも恵まれ、キャリアの後半にはティム・ダンカンにエースとしての立場を譲りながらも果たした2度のNBA制覇はロビンソンの存在無くして果たせなかった偉業と言えるでしょう。
スパーズのツインタワー「ダンカン」と「ロビンソン」
相棒であった「ティム・ダンカン」の存在なくしてデビッド・ロビンソンのNBAキャリアは語れません。
2000年代〜2010年代にかけてリーグ屈指の強豪として君臨したサンアントニオ・スパーズの中心選手であり、後にNBA史上最高のパワーフォワードと称されるティム・ダンカンの入団によって、それまで1人でスパーズを支えていたロビンソンのキャリアは転機を迎えることになったのでした。
身長が高く、多彩なオフェンススキルと強固なディフェンス能力を持つ選手なんてどこの球団でも喉から手が出るほど欲しいと思いますが、そんな選手が1チームに2人存在する状況を現実にしたのがダンカンとロビンソンの「ツインタワー」だったわけです。
ロビンソン個人としては自分がエースとして戦っていた時期よりも得点やリバウンドの数字は低くなりましたが、チームとしての強さは段違い。
2人の存在によってオフェンスでもディフェンスでもインサイドを制圧したスパーズは、一気に優勝候補の一角として名を挙げられるチームヘと進化したのです。
デビットロビンソンのバッシュ
デビッド・ロビンソンが現役時代に愛用していたとして知られるのが「NIKE AIR COMMAND FORCE(ナイキ エアコマンド フォース)」。
ナイキがデビッド・ロビンソンとタッグを組み開発したバッシュではありますが、シグネチャーモデルというわけではないようです。
1990年代当時バッシュ業界の大手はリーボックであり、ナイキがリーボックのクッション技術「ポンプ」に対抗するべく開発した「エアフィットシステム」を搭載したバッシュとしてリリースされたモデル。
ロビンソンの体重と強靭な脚力から膝や足首を守るため、今では考えられない程のハイカットであり、かつ高いクッション性を誇る一足となっています。
復刻モデルも発売されており、日本でも意外と愛用者の多い人気なモデルですよ!
デビッド・ロビンソンのキャリアスタッツ
最後に、デビッド・ロビンソンのキャリアスタッツと共にロビンソンのNBAキャリアを簡単にご紹介していこうと思います。
レギュラーシーズン(1989-90シーズン〜2002-03シーズン)
| シーズン | 年齢 | チーム | 出場試合 | 出場時間 | 得点 | リバウンド | アシスト | FG確率 | 3PT確率 | FT確率 | スティール | ブロック | TO |
| 87-88 | 22 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
| 88-89 | 23 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
| 89-90 | 24 | SAS | 82 | 36.6 | 24.3 | 12.0 | 2.0 | 53.1% | 0.0% | 73.2% | 2.0 | 3.9 | 3.1 |
| 90-91 | 25 | SAS | 82 | 37.7 | 25.6 | 13.0 | 2.5 | 55.2% | 14.3% | 76.2% | 2.5 | 3.9 | 3.3 |
| 91-92 | 26 | SAS | 68 | 37.7 | 23.2 | 12.2 | 2.7 | 55.1% | 12.5% | 70.1% | 2.7 | 4.5 | 2.7 |
| 92-93 | 27 | SAS | 82 | 39.2 | 23.4 | 11.7 | 3.7 | 50.1% | 17.6% | 73.2% | 3.7 | 3.2 | 2.9 |
| 93-94 | 28 | SAS | 80 | 40.5 | 29.8 | 10.7 | 4.8 | 50.7% | 34.5% | 74.9% | 4.8 | 3.3 | 3.2 |
| 94-95 | 29 | SAS | 81 | 38.0 | 27.6 | 10.8 | 2.9 | 53.0% | 30.0% | 77.4% | 2.9 | 3.2 | 2.9 |
| 95-96 | 30 | SAS | 82 | 36.8 | 25.0 | 12.2 | 3.0 | 51.6% | 33.3% | 76.1% | 3.0 | 3.3 | 2.3 |
| 96-97 | 31 | SAS | 6 | 24.5 | 17.7 | 8.5 | 1.3 | 50.0% | 0.0% | 65.4% | 1.3 | 1.0 | 1.3 |
| 97-98 | 32 | SAS | 73 | 33.7 | 21.6 | 10.6 | 2.7 | 51.1% | 25.0% | 73.5% | 2.7 | 2.6 | 2.8 |
| 98-99 | 33 | SAS | 49 | 31.7 | 15.8 | 10.0 | 2.1 | 50.9% | 0.0% | 65.8% | 2.1 | 2.4 | 2.2 |
| 99-00 | 34 | SAS | 80 | 32.0 | 17.8 | 9.6 | 1.8 | 51.2% | 0.0% | 72.6% | 1.8 | 2.3 | 2.1 |
| 00-01 | 35 | SAS | 80 | 29.6 | 14.4 | 8.6 | 1.5 | 48.6% | 0.0% | 74.7% | 1.5 | 2.5 | 1.5 |
| 01-02 | 36 | SAS | 78 | 29.5 | 12.2 | 8.3 | 1.2 | 50.7% | 0.0% | 68.1% | 1.2 | 1.8 | 1.3 |
| 02-03 | 37 | SAS | 64 | 26.2 | 8.5 | 7.9 | 1.0 | 46.9% | 0.0% | 71.0% | 1.0 | 1.7 | 1.3 |
14シーズンという長いキャリアを全てサンアントニオ・スパーズに捧げたデビッド・ロビンソン。
1987年NBAドラフトにて全体1位で指名を受けたデビッド・ロビンソンですが、海軍学校を卒業した際に義務化されている兵役によって実際にNBA入りをしたのは2年後の1989-90シーズンからとなりました。
大学時代から2年間あけての異例なデビューを果たしたロビンソンは、懐疑的な意見もある中いきなり平均24.3得点、12.0リバウンド、3.9ブロックという圧倒的な結果を残して新人王を受賞。
その後も変わらぬ成績を残し続けたデビッド・ロビンソンは、キャリアハイとなる平均4.5ブロックを残した1991-92シーズンに最優秀守備選手賞を受賞、1994-95シーズンにはシーズンMVPを受賞しています。
ロビンソンがどれだけ素晴らしい活躍を残しても優勝にだけはなかなか手が届かなかったスパーズがティム・ダンカンを獲得したのが1997年のNBAドラフト。
デビッド・ロビンソンの成績だけを見ると1997-98シーズンからスタッツ時代は落ちていますが、ティム・ダンカンと役割を分け合った結果であり、ダンカンとタッグを組んで2年目となる1998-99シーズンと自身の引退シーズンとなった2002-03シーズンの2度NBAを制覇し、優秀の美を飾っています。
プレイオフ(計12シーズン)
| シーズン | 年齢 | チーム | 出場試合 | 出場時間 | 得点 | リバウンド | アシスト | FG確率 | 3PT確率 | FT確率 | スティール | ブロック | TO |
| 89-90 | 24 | SAS | 10 | 37.5 | 24.3 | 12.0 | 2.3 | 53.3% | 0.0% | 67.7% | 1.1 | 4.0 | 2.4 |
| 90-91 | 25 | SAS | 4 | 41.5 | 25.8 | 13.5 | 2.0 | 68.6% | 0.0% | 86.8% | 1.5 | 3.8 | 3.8 |
| 92-93 | 27 | SAS | 10 | 42.1 | 23.1 | 12.6 | 4.0 | 46.5% | 0.0% | 66.4% | 1.0 | 3.6 | 2.5 |
| 93-94 | 28 | SAS | 4 | 36.5 | 20.0 | 10.0 | 3.5 | 41.1% | 0.0% | 74.1% | 0.8 | 2.5 | 2.3 |
| 94-95 | 29 | SAS | 15 | 41.5 | 25.3 | 12.1 | 3.1 | 44.6% | 20.0% | 81.2% | 1.5 | 2.6 | 3.7 |
| 95-96 | 30 | SAS | 10 | 35.3 | 23.6 | 10.1 | 2.4 | 51.6% | 0.0% | 66.7% | 1.5 | 2.5 | 2.4 |
| 97-98 | 32 | SAS | 9 | 39.2 | 19.4 | 14.1 | 2.6 | 42.5% | 0.0% | 63.5% | 1.2 | 3.3 | 2.8 |
| 98-99 | 33 | SAS | 17 | 35.3 | 15.6 | 9.9 | 2.5 | 48.3% | 0.0% | 72.2% | 1.6 | 2.4 | 2.4 |
| 99-00 | 34 | SAS | 4 | 38.8 | 23.5 | 13.8 | 2.5 | 37.3% | 0.0% | 76.2% | 1.8 | 3.0 | 2.0 |
| 00-01 | 35 | SAS | 13 | 31.5 | 16.6 | 11.8 | 1.7 | 47.2% | 0.0% | 69.5% | 1.3 | 2.4 | 2.2 |
| 01-02 | 36 | SAS | 4 | 20.3 | 4.5 | 5.8 | 1.3 | 47.4% | 0.0% | 0.0% | 0.8 | 0.8 | 0.5 |
| 02-03 | 37 | SAS | 23 | 23.4 | 7.8 | 6.6 | 0.9 | 54.2% | 0.0% | 66.7% | 0.8 | 1.3 | 1.0 |
弱小だったサンアントニオ・スパーズをほぼ独力でプレイオフまで連れて行っていたロビンソン。
その事実だけでも当時のNBAにおいてどれだけ支配的な存在だったかがわかりますよね。
ただ、当時のスパーズファンから「プレイオフで活躍できない」という不満の声が出るほどに、レギュラーシーズンと比べてプレイオフでの成績はやや見劣りする数字となっています。
プレイオフではチームの絶対的エースであったロビンソンを相手チームが徹底マークするので活躍しにくいというのは当然なのですが、それだけロビンソンに対する期待が大きかったということでしょう。
すでに素晴らしいキャリアであることは疑いの余地もありませんが、もしプレイオフでもっと活躍できる選手であったならばダンカンとの立場も逆になっていたかもしれませんね。
最後に
圧倒的な身体能力と高いバスケットIQを持ち、インサイドで圧倒的な支配力を持っていた「デビッド・ロビンソン」。
同じチームにティム・ダンカンという歴代屈指のプレイヤーがいたことでその活躍は過小評価されがちですが、ロビンソンの個としての実力は間違いなくNBAでもトップクラスのものでした。
スパーズを強豪チームへと導いたキャリア前半。
ダンカンとのツインタワーで2度の優勝を果たしたキャリア後半。
しかも2回目の優勝は自身の引退シーズンに果たしているわけですから、誰もが羨む理想的なキャリアと言っても過言ではないでしょう。
圧倒的なパワーと瞬発力でブロックやダンクを量産するプレーは見ていて非常にワクワクしますので、まだデビッド・ロビンソンのプレーを見たことがない方はYouTubeなどでぜひハイライトを視聴してみてくださいね!