NBA伝説の男たち

レジー・ミラーってどんな選手?“ニックスキラー”として知られる稀代のクラッチシューター

1980年代を代表する選手の1人である「レジー・ミラー」。

インディアナ・ペイサーズ一筋のキャリアを歩み、2012年にはバスケットボール殿堂入りも果たしたれっきとしたレジェンドです。

ただ、かなり昔の選手ですので、最近NBAを見始めたばかりの方はその名前こそ知っていても実際どんな実力を持った選手だったのかを知らないケースも多いのではないでしょうか?

 

そこでこの記事では、そんなレジー・ミラーが現役時代どんな選手だったのかについてご紹介していこうと思います。

彼が残した功績や伝説的な試合などを交えてレジー・ミラーの魅力を存分に語っていこうと思いますので、興味のある方は是非最後までご覧くださいね!

 

あのジョーダンと互角に戦ったライバルの1人

レジー・ミラーの歴史的立ち位置がわかりづらいという方に向けて、まずは当時のNBAの状況から解説していこうと思います。

ミラーが先制機を迎えた1990年代のNBAは、まさにマイケル・ジョーダン率いる最強シカゴ・ブルズがリーグを支配していた時代。

他の29チームは全て以下にしてシカゴ・ブルズを倒すのかを考えたり、シカゴ・ブルズの王朝が終わる時期を待っていたりと、リーグがブルズ中心に回っていたのです。

 

そんな状況のでリーグ最強選手であるマイケル・ジョーダンと互角に渡り合った選手は数える程しかしませんが、この記事の主人公「レジー・ミラー」はその数少ない実力者の1人。

特に1997-98シーズンのイースタンカンファレンス決勝ではブルズをあと一歩のところまで追い詰め、その強さを証明しました。

 

さて、ではそんな「レジー・ミラー」とはいったいどんな選手だったのか、その魅力的な選手像を一緒に明らかにしていきましょう。

 

インデイアナの英雄として知られる稀代のクラッチシューター

1987年のNBAドラフトにて全体11位でインディアナ・ペイサーズに指名を受けてNBAを果たした「レジー・ミラー。

1990年代のペイサーズはその長い歴史の中でもかなりの実力を持っていた"黄金期”の1つであり、そんなチームのエースとして活躍したミラーはしばしばペイサーズ史上最高の選手と評価れています。

 

カッティングやスクリーンなどによってスペースを作り出すことが得意なシューターであり、特に3ポイントシュート能力は歴代最高クラス。

また、脅威的な勝負強さを持ち、試合の勝敗が決まる終盤に大量得点をすることから、その時間帯は「ミラータイム」と名付けられていました。

18シーズンという長いキャリアの全てをペイサーズ一筋で過ごし、チームをリーグ屈指の強豪へと押し上げた実績を讃え、インディアナ・ペイサーズは彼の着用した背番号「31」を永久欠番としています。

 

【レジー・ミラーの主な功績】

NBAオールスター:5回(1990, 1995, 1996, 1998, 2000)

オールNBAチーム
・サードチーム:3回(1995, 1996, 1998)

50-40-90クラブ:1回(1994)

 

3ポイントシュートの能力は歴代最高クラス

レジー・ミラーがどのような選手かと聞かれたら、やはり1番初めに出てくるのは「3ポイントシューター」という評価でしょう。

まだインサイドが重要視されていた時代ではかなり珍しい生粋のシューターであり、オフボールでの動きからディフェンスとの隙間を作って射抜くシュートスキルは歴代のNBA選手の中でも最高クラスであることは間違いありません、

 

ミラーが18シーズンのキャリアで積み上げた3ポイントシュート数2,560本は当時のNBAでは史上最多ですし、ミラーの引退時点では2位と800本以上もの差があったんだそう。

近年のスリーポイント革命によってその数字を超える選手は何人か出てきていますが、3ポイントシュートを主体に戦うシューターの元祖として今後も「レジー・ミラー」という存在は語り継がれていくことでしょう。

 

“ニックスキラー”の異名を持つレジー・ミラーの伝説的な試合2選

レジー・ミラーといえば、“ニックスキラー”と呼ばれるほどにニューヨーク・ニックスというチームに対してめっぽう強いイメージがある方も多いのではないでしょうか?

この記事では、最後にミラーがそう呼ばれるきっかけとなった伝説の2試合をご紹介し、ミラーの勝負強さを存分に知っていただきたいと思います。

 

伝説的な試合①:「チョークジェスチャー」誕生(1994年イースタンカンファレンス決勝 第5戦)

まず初めにご紹介するのは、NBAファンなら誰もが知るあの「チョークジェスチャー(首を締める動き)」が誕生した試合です。

NBA史に残る伝説のシーンの舞台となったのは、ニューヨーク・ニックスの本拠地であり、世界一有名なアリーナ「マディソン・スクエア・ガーデン」でした。

 

1994年のイースタンカンファレンス決勝の第5戦、レジー・ミラー率いるインディアナ・ペイサーズはパトリック・ユーイング要するニューヨーク・ニックスと2勝2敗の状態でこの試合に臨みました。

試合はホームのニックスが終始リードを奪う展開となっていましたが、勝負の第4Qでレジー・ミラーが大爆発し、一挙25得点を叩き出してペイサーズを勝利に導いたのです。

試合終盤、大逆転を喰らったニックスのホームは静まり返り、レジー・ミラーは試合中ずっとヤジを飛ばしていたニューヨーク出身の映画監督「スパイク・リー」に対してチョークジェスチャーを発動。

 

この試合によってレジー・ミラーはニックスファンから大きに嫌われることとなりましたが、同時に圧倒的勝負強さをもった悪役として絶大な人気を博すようになったのです。

 

伝説的な試合②:8.9秒で8得点(1995年イースタンカンファレンス準決勝 第1戦)

前述した「チョークジェスチャー」事件が起こってからわずか1年後、再びレジー・ミラーはイースタンカンファレンス準決勝にてニューヨーク・ニックスと対時。

迎えた第1戦、舞台となったマディソン・スクエア・ガーデンでは悪役レジー・ミラーに対して大ブーイングが浴びせられますが、ミラーは再び会場を静まり返らせるパフォーマンスを残します。

 

試合は残り時間わずか16.4秒の場面、スコアは105-99でニューヨーク・ニックスが6点のリードを持っている状態でした。

誰もがニックス勝利を予感していたその瞬間、ミラーは2本の3ポイントシュートと2本のフリースローを決め、瞬く間に105-107とチームを大逆転勝利へと導いてしまったのです。

この「8.9秒で8得点」というパフォーマンスはNBAの歴史に残るハイライトであり、レジー・ミラーが“ニックスキラー”と呼ばれるには十分すぎる功績となったのでした。

 

まとめ

今回はインディアナ・ペイサーズで活躍したレジェンド「レジー・ミラー」についてご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

レジー・ミラーはマイケル・ジョーダンという大きすぎる存在の陰に隠れてしまいがちではありますが、時代さえ違えば優勝に手が届いていたと考えられるほど確かな実力を持った選手です。

特に勝負強さは圧倒的であり、試合終盤での大逆転撃を演出できるミラーの強心臓っぷりは流石の一言。

最後にご紹介したニューヨーク・ニックスとの2試合は非常に見応えがありますので、ぜひこの機会にYouTubeなどで動画を視聴してみてくださいね!

-NBA伝説の男たち