ヨーロッパを代表する歴代屈指のパワーフォワード「ダーク・ノビツキー」。
21年という長いキャリアをダラス・マーベリックス一筋で過ごし、2011年にはチームを史上初のNBA優勝に導いたレジェンドです。
2019年にその輝かしいキャリアに幕を閉じたノビツキーですが、一体どのような選手だったのでしょうか?
この記事ではダーク・ノビツキーのプロフィールやプレイスタイルはもちろん、ドイツプロリーグ時代やNBA時代のキャリアに至るまで詳しくご紹介していますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
ダーク・ノビツキーってどんな選手?プロフィールを紹介!
21シーズンという長いキャリアをダラス・マーベリックス一筋で過ごし、マーベリックス史上最高のフランチャイズプレイヤーである「ダーク・ノビツキー」。
「ヨーロッパ出身の選手はシュートは上手いがフィジカルが弱い」という固定概念を覆し、2007年のシーズンMVPや2011年のマーベリックス史上初となるNBA優勝をもってヨーロッパ史上最高と言われるまでの選手に上り詰めた選手です。
213cmの身長から繰り出される代名詞の「片足フェイダウェイ」を筆頭にバリエーション豊富なオフェンススキルを有しており、長いキャリアで積み重ねた31,560得点は2026年現在でもNBA史上7位の数字。
彼の着用した背番号「41」はダラス・マーベリックスの永久欠番であり、2023年にはその輝かしいキャリアを讃えバスケットボール殿堂入りを果たしています。
プレイスタイル:代名詞の「片足フェイダウェイ」と高いバスケットIQで戦うスキルフルなビックマン
211cmの身長を持ついわゆる「ビッグマン」ながら、類稀なシュート力を持っていたダーク・ノビツキー。
やはり代名詞は片足をあげて相手のディフェンスと距離をとりつつ放たれる「片足フェイダウェイ」であり、ノビツキーほどの高身長選手が高い打点で、しかも後ろに飛びながら決めるシュートはもはや「ブロック不可」と言われるほどの必殺技でした。
ただ、意外にもノビツキーの片足フェイダウェイが注目され出したのは2011年のNBA優勝を果たした時からであり、若い頃ほどの身体能力がなくなったノビツキーが効率よく得点を取るために編み出した技なんだそうですよ。
キャリア晩年は運動量が落ちたものの、効率的なオフェンススキルと経験からくる高いバスケットIQでチームを支えていた姿が印象的です。
キャリア通算スリーポイント成功率が38.0%と非常に高く、インサイドからもアウトサイドからも得点できたノビツキーは近代バスケットに多く存在するスキルフルなビックマンの先駆けとなる選手だと言えるでしょう!
ドイツ「DJKヴュルツブルク」時代のエピソード
ドイツ出身のダーク・ノビツキーのプロキャリアは、ドイツのプロリーグに所属する「DJKヴュルツブルク」というチームで始まりました。
元バスケットボール選手の母親のもとに生まれたノビツキーは13歳という少し遅い年齢からバスケットボールを始め、その高いポテンシャルに目をつけた元ダラス・マーベリックスの選手「ホルガー・ゲシュワイザー」からバスケのノウハウを学び成長しました。
ホルガー・ゲシュワイザーはノビツキーに高い身長を使ったプレイではなくシュート力を向上させるためのトレーニングを提案し、これが後のノビツキーのプレイスタイルに繋がったそうです。
高校生ながらプロチーム「DJKヴュルツブルク」に加入したダーク・ノビツキーは1年目こそ目立った成績を残すことができませんでしたが、2年目からはチームのスタメンに定着。
3年目には平均28.2得点をスコアするチームのエースへとして活躍し、ドイツリーグの年間最優秀選手賞を受賞するほどに成長。
その後、ヨーロッパを代表する若手プレイヤーとして参加したナイキフープヒーローズツアーというイベントにてNBAレジェンドのチャールズ・バークレーを圧倒して見せたことでその実力が世界中に知れわたることとなり、満を持して1999年のNBAドラフトへとエントリーするのでした。
NBA時代のストーリー
若くしてドイツのプロリーグを代表する選手にまで成長したダーク・ノビツキー。
ここからは、そんなノビツキーがNBAレジェンドになるまでのストーリーをご紹介します。
ダラス・マーベリックスに入団、“BIG3”結成
1999年のNBAドラフトにて全体9位でミルウォーキー・バックスから指名を受けたダーク・ノビツキーは、かねてからダーク・ノビツキーを狙っていたダラス・マーベリックへとドラフト当日にトレードされる形で入団を果たします。
しかし、ヨーロッパから単身アメリカに乗り込んだノビツキーは、異国での慣れない生活から来るストレスやNBAの強靭なフィジカルを誇る選手たちに十分対応することができず、ルーキーシーズンから華々しいデビューというわけにはいきませんでした。
それでも、チームメイトでカナダ出身の選手であるスティーブ・ナッシュの助けもあってなんとかNBAに順応したノビツキーは、オーナーの変更によって環境が大きく変わったチームと共に躍進し、キャリア3年目には平均21.8得点、9.2リバウンドを残すスター選手へと成長。
スティーブ・ナッシュ、マイケル・フィンリーと共に“BIG3”と呼ばれるようになったノビツキーは、ダラス・マーベリックスを53勝29敗という成績で11年ぶりとなるプレイオフ進出へと導き、プレイオフではカンファレンス・セミファイナルでサンアントニオ・スパーズに敗れてしまうものの、未来の明るいチームの重要選手として見られるようになったのです。
フランチャイズプレイヤーへ、そして悲願の初優勝
BiG3と共にプレイオフの常連チームとなったマーベリックスでしたが、なかなかプレイオフでの結果を残すことができず、ファンも次第にプレイオフでの結果を期待するようになっていきました。
この期待に応えるべく、ダラス・マーベリックスの運営陣はBIG3の一角であったスティーブ・ナッシュを放出し、チームを作り直すことを決意。
その後、マイケル・フィンリーもトレードに出されたことでチームの絶対的エースとなったノビツキーはさらに成長を見せ、2007年にはシーズンMVPを受賞するなど個人としてはNBAトップクラスの活躍を見せました。
しかし、マーベリックスは相変わらずプレイオフで早々に敗退するチームであり続け、名実共にチームを代表する選手、いわゆるフランチャイズプレイヤーとしてみられるようになっていたノビツキーの肩には大きな責任がのしかかっていったのです。
特に自信がMVPを受賞したシーズンのプレイオフに起こった「NBA史上初の第8シードによる第1シードの撃破」はノビツキーにとって屈辱的な出来事であり、世間からは「ノビツキーは勝負弱い」、「ノビツキーがエースのチームでは優勝できない」という評価を受けてしまうことに。
しかし、ノビツキー本人は決してあきらめていませんでした。
転機が訪れたのは2010-11シーズン。
この年はかの有名なマイアミ・ヒートの“スリーキングス”が結成されたシーズンであり、チームの中で全盛期のスター選手はノビツキーのみのマーベリックスはとても優勝候補とみられていませんでしたが、第3シードとしてプレイオフに出場したマーベリックスはなんとNBAファイナルまで進出。
2011年のNBAファイナルはNBAの長い歴史の中でも屈指の舞勝負として知られていますが、マーベリックスはマイアミ・ヒートの“スリーキングス”を破って球団史上初のNBA優勝を成し遂げたのです。
ノビツキーはこのヒートとの戦いの中で平均26.0得点、9.7リバウンドを記録しファイナルMVPを受賞。
勝負弱いと批判されながらもフランチャイズプレイヤーとしてチームを率い、ダラス・マーベリックス一筋で歩んできたキャリアがついに実を結んだ瞬間でした。
ルカ・ドンチッチにエースの座を継ぐ形で引退
2011年の優勝を最後にノビツキーをエースに置いたダラス・マーベリックスがNBA制覇に近づくことはありませんでしたが、効率よく得点を取るスキルを持ったノビツキーの選手生命は長く、キャリア晩年はチームを裏から支えるベテランとして活躍し続けました。
2018年NBAドラフト、ダラス・マーベリックスは5位で指名したトレイ・ヤングと引き換えに、若干18歳でユーロリーグの最年少MVPを受賞した“神童”ルカ・ドンチッチを獲得。
そして2019年、ついにノビツキーは同じヨーロッパ出身のスターの卵にダラス・マーベリックスのエースの座を引き継ぐ形で21年という長いキャリアに幕を閉じたのです。
キャリア全てをダラス・マーベリックスで過ごし、チームに史上唯一のNBAトロフィーをもたらした功績は計り知れず、彼が身につけた背番号「41」はマーベリックスの永久欠番
2023年にはバスケットボール殿堂入りも果たしたノビツキーですが、そのキャリアはレジェンドとして後世に語り継がれるに相応しいものだったことは疑いようがないでしょう。
ダーク・ノビツキーのキャリアスタッツ
最後に、ダーク・ノビツキーのキャリアスタッツについて「レギュラーシーズン」と「プレイオフ」とに分けてご紹介します。
レギュラーシーズン(1998-99シーズン〜2018-19シーズン)
| シーズン | チーム | 出場試合 | スタメン出場 | 出場時間 | フィールドゴール成功率% | 3P成功率% | フリースロー成功率% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1998–99 | DAL | 47 | 24 | 20.4 | .405 | .206 | .773 | 3.4 | 1.0 | .6 | .6 | 1.5 | 8.2 |
| 1999–00 | DAL | 82 | 81 | 35.8 | .461 | .379 | .830 | 6.5 | 2.5 | .8 | .8 | 1.7 | 17.5 |
| 2000–01 | DAL | 82 | 82 | 38.1 | .474 | .387 | .838 | 9.2 | 2.1 | 1.0 | 1.2 | 1.9 | 21.8 |
| 2001–02 | DAL | 76 | 76 | 38.0 | .477 | .397 | .853 | 9.9 | 2.4 | 1.1 | 1.0 | 1.9 | 23.4 |
| 2002–03 | DAL | 80 | 80 | 39.0 | .463 | .379 | .881 | 9.9 | 3.0 | 1.4 | 1.0 | 1.9 | 25.1 |
| 2003–04 | DAL | 77 | 77 | 37.9 | .462 | .341 | .877 | 8.7 | 2.7 | 1.2 | 1.4 | 1.7 | 21.8 |
| 2004–05 | DAL | 78 | 78 | 38.7 | .459 | .399 | .869 | 9.7 | 3.1 | 1.2 | 1.5 | 2.2 | 26.1 |
| 2005–06 | DAL | 81 | 81 | 38.1 | .480 | .406 | .901 | 9.0 | 2.8 | .7 | 1.0 | 1.9 | 26.6 |
| 2006–07 | DAL | 78 | 78 | 36.2 | .502 | .416 | .904 | 8.9 | 2.4 | .7 | .8 | 2.1 | 24.6 |
| 2007–08 | DAL | 77 | 77 | 36.0 | .479 | .359 | .879 | 8.6 | 3.5 | .7 | .9 | 2.0 | 23.6 |
| 2008–09 | DAL | 81 | 81 | 37.7 | .479 | .359 | .890 | 8.4 | 2.4 | .8 | .8 | 1.9 | 25.9 |
| 2009–10 | DAL | 81 | 80 | 37.5 | .481 | .421 | .915 | 7.7 | 2.7 | .9 | 1.0 | 1.8 | 25.0 |
| 2010–11 | DAL | 73 | 73 | 34.7 | .517 | .393 | .892 | 7.0 | 2.6 | .5 | .6 | 1.8 | 23.0 |
| 2011–12 | DAL | 62 | 62 | 33.5 | .457 | .368 | .896 | 6.8 | 2.2 | .7 | .5 | 1.8 | 21.6 |
| 2012–13 | DAL | 53 | 47 | 31.3 | .471 | .414 | .860 | 6.8 | 2.5 | .7 | .7 | 1.3 | 17.3 |
| 2013–14 | DAL | 80 | 80 | 32.9 | .497 | .398 | .899 | 6.2 | 2.7 | .9 | .6 | 1.4 | 21.7 |
| 2015–16 | DAL | 75 | 75 | 31.5 | .448 | .368 | .893 | 6.5 | 1.8 | .7 | .7 | 1.1 | 18.3 |
| 2016–17 | DAL | 54 | 54 | 26.4 | .437 | .378 | .875 | 6.5 | 1.5 | .6 | .7 | 0.9 | 14.2 |
| 2017–18 | DAL | 77 | 77 | 24.7 | .456 | .409 | .898 | 5.7 | 1.6 | .6 | .6 | 0.7 | 12.0 |
| 2018–19 | DAL | 51 | 20 | 15.6 | .359 | .312 | .780 | 3.1 | .7 | .2 | .4 | 0.4 | 7.3 |
ダラス・マーベリックス一筋21年という素晴らしいキャリアを送ったダーク・ノビツキー。
彼の長いキャリアの中で1つだけご紹介するとするならばやはりシーズンMVPを受賞した2006-07シーズンでしょう。
もともとノビツキーは高確率のシュートで効率的に得点を取る選手ですが、このシーズンは一味違います。
フィールドゴール成功率50.2%、スリーポイント成功率41.6%、フリースロー成功率90.4%という成績を残し、極めて優れたシューターの証である「50-40-90クラブ」入りを達成。
チームも勝ちを積み重ね続け、マーベリックスを球団新記録となる67勝15敗でリーグ1位に輝きました。
プレイオフ(計15シーズン)
| シーズン | チーム | 出場試合 | スタメン出場 | 出場時間 | フィールドゴール成功率% | 3P成功率% | フリースロー成功率% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2000–01 | DAL | 10 | 10 | 39.9 | .423 | .283 | .883 | 8.1 | 1.4 | 1.1 | .8 | 1.40 | 23.4 |
| 2001–02 | DAL | 8 | 8 | 44.6 | .445 | .571 | .878 | 13.1 | 2.3 | 2.0 | .8 | 2.75 | 28.4 |
| 2002–03 | DAL | 17 | 17 | 42.5 | .479 | .443 | .912 | 11.5 | 2.2 | 1.2 | .9 | 2.35 | 25.3 |
| 2003–04 | DAL | 5 | 5 | 42.4 | .450 | .467 | .857 | 11.8 | 1.4 | 1.4 | 2.6 | 1.20 | 26.6 |
| 2004–05 | DAL | 13 | 13 | 42.4 | .402 | .333 | .829 | 10.1 | 3.3 | 1.4 | 1.6 | 2.54 | 23.7 |
| 2005–06 | DAL | 23 | 23 | 42.7 | .468 | .343 | .895 | 11.7 | 2.9 | 1.1 | .6 | 2.13 | 27.0 |
| 2006–07 | DAL | 6 | 6 | 39.8 | .383 | .211 | .840 | 11.3 | 2.3 | 1.8 | 1.3 | 2.33 | 19.7 |
| 2007–08 | DAL | 5 | 5 | 42.2 | .473 | .333 | .808 | 12.0 | 4.0 | .2 | 1.4 | 2.00 | 26.8 |
| 2008–09 | DAL | 10 | 10 | 39.5 | .518 | .286 | .925 | 10.1 | 3.1 | .9 | .8 | 2.3 | 26.8 |
| 2009–10 | DAL | 6 | 6 | 38.8 | .547 | .571 | .952 | 8.2 | 3.0 | .8 | .7 | 1.6 | 26.7 |
| 2010–11 | DAL | 21 | 21 | 39.3 | .485 | .460 | .941 | 8.1 | 2.5 | .6 | .6 | 3.1 | 27.7 |
| 2011–12 | DAL | 4 | 4 | 38.5 | .442 | .167 | .905 | 6.3 | 1.8 | .8 | .0 | 2.5 | 26.8 |
| 2013–14 | DAL | 7 | 7 | 37.6 | .429 | .083 | .806 | 8.0 | 1.6 | .9 | .9 | 2.1 | 19.1 |
| 2014–15 | DAL | 5 | 5 | 36.2 | .452 | .235 | .929 | 10.2 | 2.4 | .4 | .4 | 0 | 21.2 |
| 2015-16 | DAL | 5 | 5 | 34.0 | .494 | .364 | .941 | 5.0 | 1.6 | .4 | .6 | .0 | 20.4 |
チームの絶対的エースとして毎年のようにマーベリックスをプレイオフに導いていたダーク・ノビツキー。
コンスタントに高いパフォーマンスを発揮していたノビツキーでしたが、悪い意味で目立ってしまうのがやはりシーズンMVPを受賞した2006-07シーズンです。
この年マーベリックスはプレイオフ1回戦で第1シードながら第8シードのゴールデンステイト・ウォリアーズに大番狂せを食うという屈辱を味わったわけですが、この時ノビツキーは平均19.7得点しか記録することができずませんでした。
この時の低調なパフォーマンスが「ノビツキーは勝負弱い」という評価につながってしまったことは間違いありません。
後にNBA優勝を果たすことで全てを見返すことになるわけですが、そういった評価や批判を乗り越えてNBAトロフィーを掴んだからこそ、これほどまでに偉大なキャリアになったと言えるでしょう。
まとめ
ダラス・マーベリックス史上最高の選手である「ダーク・ノビツキー」。
「ヨーロッパの選手はシュートは上手いがフィジカルが弱い」という偏見を覆し、NBA史上最も成功を収めたパワーフォワードとしてシーズンMVPやNBA優勝を果たしたその姿は、マーベリックスファンのみならず、多くのNBAファンにとって忘れられないものとなっています。
21シーズンもの間NBAでプレーすること自体もすごいことですが、そのキャリアの全てを1つチームで過ごすというのはビジネス要素の強いNBAでは滅多にないことです。
当然チームに優勝をもたらしたことは素晴らしいですが、そのチーム一筋でプレイをし続けたからこそノビツキーのキャリアはこれほどまでに偉大なんだと思います。
ノビツキーのブロック不可能な必殺技「片足フェイダウェイ」は一度みたら真似せずにはいられないかっこよさですので、まだダーク・ノビツキーのプレイを見たことがない方はぜひ一度YouTubeでハイライトを見てみてくださいね!