1996年にバスケットボール殿堂入りを果たした「ジョージ・ガービン」。
キャリア通算4度の得点王を受賞するなどNBAの長い歴史の中でも突出したスコアリング能力を持った往年のNBAレジェンドです。
ただ、活躍していたのが1970年代ということもあって、最近NBAを見始めた方はその実力をほとんど知らないのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんな「ジョージ・ガービン」が現役時代どんな選手だったのかをご紹介していこうと思います。
彼が残した功績や伝説の試合などを元に、ジョージ・ガービンがNBAレジェンドと呼ばれる理由を語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
“アイスマン”の異名を持つスパーズ史上初のスーパースター
ABAが経営破綻によってNBAに吸収され、新たなリーグとして歴史を刻み始めた1970年代〜80年代に、リーグ最高のスコアラーとして君臨したレジェンド「ジョージ・ガービン」。
そのキャリアのほとんどをサンアントニオ・スパーズで過ごし、デビッド・ロビンソンやティム・ダンカンといった往年のレジェンドたちが登場するはるか昔に黄金期をもたらしたスパーズ史上初のスーパースターです。
代名詞の「フィンガーロール」を武器にとても効率的なオフェンスを展開した選手としても知られ、常に冷静沈着で汗ひとつかかずにプレーする姿から、ついた異名は“アイスマン”。
優勝こそ果たせなかったものの、NBA時代だけでも4度の得点王、9度のオールスター選出、7度のオールNBAチーム選出など数々の実績を残した背番号「44」は、スパーズにとって球団史上初の永久欠番として語り継がれています。
【ジョージ・ガービンの主な功績】
●ABA時代
ABAオールスター:3回(1974〜1976)
オールABAチーム
・ファーストチーム:2回(1975, 1976)
●NBA時代
NBAオールスター:9回(1977〜1985))
NBAオールスターMVP:1回(1980)
オールNBA
・ファーストチーム:5回(1978〜1982)
・セカンドチーム:2回(1977, 1983)
得点王:4回(1978〜1980, 1982)
【プレースタイル】代名詞「フィンガーロール」を武器に得点を量産する生粋のスコアラー
時代を代表するスコアラーとして名を馳せていたジョージ・ガービンですが、そのプレーを一言で言うのであれば「スラッシャー」でしょう。
ゴールからやや離れた位置からのミドルレンジシュートも得意としていましたが、やはり代名詞は「フィンガーロール」。
フィンガーロールとは指先の上を転がすようにして放つ高軌道のレイアップシュートのことで、相手ブロックの上を悠々と超えて軽々と得点を重ねる姿が印象的です。
スムーズで無駄のないドライブからの脱力したフィニッシュで、汗ひとつかかずに得点を量産する。
まさに”アイスマン”と呼ぶに相応しい選手だったと言えるでしょう!
脅威的な得点能力!4度の「得点王」受賞者
ジョージ・ガービンの脅威的な得点能力を最も明らかに証明しているのが、4度の「得点王」という功績でしょう。
特に1978年〜1990年までの3年間は“3連覇”を達成しており、これはマイケル・ジョーダンとウィルト・チェンバレンという怪物たちに次ぐ歴代3位タイの偉業です。
また、4回という得点王の受賞回数もアレン・アイバーソンやケビン・デュラントという歴代屈指のスコアラーたちだけが到達できる領域。
シーズン平均得点でもキャリアハイとなる1979–80シーズンには「33.1得点」を記録しており、スコアリング能力だけでいえば1970年代〜80年代前半においてはNo.1選手だったと言っても過言ではないでしょう。
稀代のスコアラー「ジョージ・ガービン」の伝説の試合3選
ここまでお読みいただいた方に、ジョージ・ガービンがいかに脅威的なスコアラーだったかは分かっていただけたのではないでしょうか?
最後は、そんな“アイスマン”が残した数々の伝説の試合から、代表的なものを3つ厳選してご紹介しようと思います。
伝説の試合①:1クォーターで「33得点」
ジョージ・ガービンのキャリアにおいて最も象徴的な試合と言えるのが、1978年4月9日に行われたニューオーリンズ・ジャズ(現ユタ・ジャズ)との一戦です。
この試合で63得点と大爆発しチームを勝利に導いたことはもちろんすごいのですが、この試合が伝説と言われる理由は他にあります。
それが第2クォーターに披露された「1クォーター33得点」。
当然当時のNBAにおいては史上最高の数字であり、2015年にクレイ・トンプソン(37得点)が更新するまでの37年間にわたって1位の座にあり続けた脅威的な記録でした。
さらに、実はこの試合がシーズン最終戦であり、ジョージ・ガービンはデビッド・トンプソンと得点王争いの真っ最中でした。
同日、ライバルのデビッド・トンプソンが73得点を記録して一時ガービンを抜いてトップに躍り出たものの、ガービンはこの63得点によって再逆転し、この年の得点王の座を奪取。
この得点王争いはNBAの歴史において最も接戦で白熱したレースとして知られ、ガービンのこの試合はその歴史的レースに決着をつけた伝説の試合として語り継がれているのです。
伝説の試合②:自身初のオールスターMVP受賞
続いてご紹介するのは、ジョージ・ガービンが自身初のMVPを受賞した1980年のNBAオールスターでの一戦。
オールスターといえば現在はお祭りの要素が強まっていますが、まだNBAが世界的リーグではなかった1970年代においてはオールスターの試合も比較的真剣で、競争心を持ってプレイされていました。
ジュリアス・アービングやラリー・バード、カリーム・アブドゥル=ジャバーなどのレジェンドたちが一同に会して真剣に試合をしているなんて夢のようですが、そんなスター軍団の中でもジョージ・ガービンは34得点、10リバウンドを記録し、チームを勝利に導いたのです。
この年、ジョージ・ガービンはキャリアハイとなるシーズン平均33.1得点を叩き出して得点王に輝いており、このオールスターでの1戦も稀代のスコアラーであるガービンのベストシーズンを象徴する功績の1つとして語り継がれています。
伝説の試合③:キャリア最高到達点
最後にご紹介するのは、ジョージ・ガービンがキャリアで最も優勝に近づいた1979年のプレイオフでの一戦です。
イースタンカンファレンス・ファイナルにてウェス・アンセルドやエルヴィン・ヘイズらを要するワシントン・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)と対戦したガービンらのサンアントニオ・スパーズは、3勝1敗で先に王手をかけることに成功。
しかしそこから2連敗を喫し、勝負は運命の第7戦へともつれ込むことになりました。
もし勝利すればスパーズにとっては球団史上初のNBAファイナル進出となる非常に重要な一戦でガービンは奮起し、この試合で両チーム最高となる42得点を記録。
惜しくもスパーズは2点差で敗れ夢のNBAファイナル進出は叶いませんでしたが、プレッシャーの中でも全く動じずにプレイしたガービンの姿はまさに“アイスマン”と呼ぶに相応しいものだったと言えるでしょう。
【結論】ジョージ・ガービンがレジェンドたる所以は
「NBA史上最高のスコアラーの1人だから」
ここまでジョージ・ガービンの偉大な功績について語ってきましたが、それを踏まえて、最後に彼がNBAレジェンドと呼ばれる理由をまとめておこうと思います。
その理由はズバリ「NBA史上最高のスコアラーの1人だから」。
NBAの長い歴史の中にはマイケル・ジョーダンやウィルト・チェンバレンをはじめとした数々の怪物スコアラーが存在しましたが、ジョージ・ガービンもまたそんな怪物たちのうちの1人。
バスケットボールという点を取り合うスポーツにおいて、スコアラーがどれほど重要かは言うまでもありませんよね。
1970年代〜80年代前半では明確な"No.1スコアラー”であったガービンは、その時代を語る上で欠かすことのできない“NBAレジェンド”と呼ぶべき存在であることは間違いないでしょう!
まとめ
今回は1970年代〜80年代前半にかけてサンアントニオ・スパーズを支えたレジェンド「ジョージ・ガービン」についてご紹介しました。
いかがだったでしょうか?
ガービン自身に優勝経験がなく、かつ活躍したのがNBAでも暗黒期と言われた1970年代だったこともあってあまりその存在が認知されていないかもしれませんが、ガービン個人としては特にスコアリングにおいて歴代屈指の実力を誇っていたことは間違いありません。
現在よりも試合のペースが速かったため得点を稼ぎやすかったとはいえ、4度の得点王受賞という記録はレジェンドと呼ぶに相応しいものだと言えるでしょう。
ジョージ・ガービンのスルスルっと抜けるドリブルや空中でボールが止まったかのような美しいフィンガーロールはバスケ好きなら必見。
まだジョージ・ガービンのプレイを見たことがないと言う方は、この機会にぜひ彼のハイライト集などを視聴してみてはいかがでしょうか?
他のNBAレジェンドについても、彼らが「レジェンド」として語り継がれる理由を語った記事がありますので、気になるNBAレジェンドがいる方はサイトホームから選手名を検索していただければと思います。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!