1990年にバスケットボール殿堂入りを果たしたレジェンド「エルヴィン・ヘイズ」。
ワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)のNBA制覇に貢献した中心メンバーの1人ですが、全盛期がかなり昔ということもあって最近NBAを視聴し始めたばかりの方はその実力を知らないことも多いのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんなエルヴィン・ヘイズが現役時代どんな選手だったのかを詳しくご紹介していこうと思います。
彼が残した功績やプレースタイルなどを交えてエルヴィン・ヘイズの魅力を存分に語っていこうと思いますので、「鉄人」と呼ばれた名フォワードの偉大なキャリアを一緒に振り返っていきましょう!
目次
1978年にNBAを制覇したワシントン・ブレッツの中心選手
エルヴィン・ヘイズ個人の話をする前に、まず彼が全盛期の多くを過ごしたワシントン・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)についての話をしていきたいと思います。
ここで話したいのは、当然1978年のNBA制覇を成し遂げた時について。
この年のブレッツはウェス・アンセルドとエルヴィン・ヘイズという強力なインサイドを中心に攻守でバランスの良いチームを結成し、優勝までの階段を駆け上がりました。
カンファレンス・セミファイナルではジョージ・ガービン要するサンアントニオ・スパーズを、カンファレンス・ファイナルではジュリアス・アービングのフィラデルフィア・76ersを各個撃破。
迎えたNBAファイナルではデニス・ジョンソンらのシアトル・スーパーソニックスを倒し、チーム史上初の優勝を成し遂げたのです。
そんなワシントン・ブレッツで中心選手として活躍したエルヴィン・ヘイズとはどんな選手だったのでしょうか?
続いては、エルヴィン・ヘイズの選手像について詳しく見ていきたいと思います。
“The Big E”の愛称で親しまれた1970年代のNBAを代表するフォワード
1968年NBAドラフトにて全体1位でサンディエゴ・ロケッツ(現ヒューストン・ロケッツ)から指名を受け、NBAキャリアをスタートさせた「エルヴィン・ヘイズ」。
206cmというNBAのセンターの中では低めな身長ながら得点とリバウンドでインサイドを支配した1970年代のNBAを代表するフォワードであり、そのゴール下での存在感の大きさから「The Big E」の愛称で親しまれた選手です。
1978年のNBA優勝はもちろんすごいのですが、12度のオールスター選出や6度のオールNBAチーム選出、1度の得点王受賞など個人成績も非常に豪華。
16シーズンという非常に長いキャリアの中で残してきた功績が讃えられ、ドラフト指名を受けたヒューストン・ロケッツと優勝を果たしたワシントン・ウィザーズにてぞれぞれ着用した背番号「44」「11」」と共に後世に語り継がれる選手となったのです。
【エルヴィン・ヘイズの主な功績】
NBAチャンピオン・1回(1978)
オールスター:12回(1969〜1980)
オールNBAチーム
・ファーストチーム:3回(1975, 1977, 1979)
・セカンドチーム:3回(1973, 1974, 1976)
オールディフェンシブチーム
・セカンドチーム:2回(1974, 1975)
得点王:1回(1969)
リバウンド王:2回(1970, 1974)
【プレースタイル】驚異的な運動能力でリバウンドと得点を量産するチームの大黒柱
206cmの身長と優れた運動能力を活かし、得点やリバウンドによってゴール下で圧倒的な存在感を示した選手である「エルヴィン・ヘイズ」。
キャリア通算で平均21.0得点12.5リバウンドを記録する怪物プレイヤーであり、全盛期にはリーグの「得点王」や「リバウンド王」を受賞するほどの実力を誇っていました。
オフェンスではフィジカルによるゴリゴリなポストプレー中心ではあるものの、時々披露される右サイドからの「ターンアラウンド・ジャンパー」はもはや止めるのが困難な必殺技の1つ。
非常に頑丈で怪我しにくい体を持っていたことでも知られ、攻守に渡ってゴール下を支える、まさに“チームの大黒柱”と呼ばれるような選手だったと言えるでしょう。
エルヴィン・ヘイズの伝説的な功績を3つ紹介
ここまでお読みいただいた方にはエルヴィン・ヘイズがどんな選手だったのかは分かっていただけたのではないでしょうか。
そこで最後は、そんなエルヴィン・ヘイズが残した伝説的な功績を厳選して3つご紹介し、彼がレジェンドとして語り継がれる理由を知っていただきたいなと思います。
伝説的な功績①:ルーキーシーズンに「得点王」を受賞
エルヴィン・ヘイズを語る上で外すことができないのが「ルーキーシーズンでの『得点王』受賞」という功績。
1968年NBAドラフトにて全体1位指名を受けプロキャリアをスタートさせたヘイズは当然注目のルーキーではあったはずですが、この実績によって「エルヴィン・ヘイズ」の名はリーグ全体に轟くこととなったのです。
さらに面白いのが、平均得点28.4点で得点王に輝きながらも「新人王」の受賞は逃しているという点。
この年の新人王はドラフト2位指名を受けたのウェス・アンセルドの手に渡っているのですが、ウェス・アンセルドはこの年13.8得点18.2リバウンドでシーズンMVPを受していたことから必然的に新人王も受賞することとなったのでした。
改めて、ルーキー2人が同じ年にシーズンMVPと得点王を受賞しているなんてとんでもないシーズンですよね、、、。
伝説的な功績②:16年間での欠場試合は数わずか「9」
個人的に最もすごいと感じている功績が、16シーズンという長いキャリアで欠場試合がわずか9試合という記録です。
シーズンを通じて試合に出続けることができるスタミナはもちろん、相手との接触が多いインサイドでプレーしながらも怪我をしにくいタフネスも持ち合わせていたエルヴィン・ヘイズだからこそ可能だった離れ業だと言えるでしょう。
“ロードマネジメント”という考えが浸透し、怪我などをしないために意図的な欠場を繰り返している現代のバスケではあり得ない数字であり、ヘイズが所属していたチームではいつでもヘイズがインサイドにいるという安心感のもとでプレーすることができていました。
まさに「鉄人」と呼ばれたエルヴィン・ヘイズの頑丈さを象徴するエピソードだと言えますね!
伝説的な功績③:歴代屈指の得点とリバウンド数を記録
最後に紹介するのは、エルヴィン・ヘイズが残した歴代屈指の得点とリバウンド数の記録。
16シーズンという長いキャリアの中でヘイズが残した通算27,313得点、16,279リバウンドは、ヘイズの引退時点でどちらも歴代10位以内となる大記録です。
「得点王」や「リバウンド王」を受賞することができたほどの実力と、怪我せず試合に出続けることができる頑丈さを併せ持ったヘイズだからこそ実現可能だった数字だと言えるでしょう!
まとめ
今回は1970年代を代表するフォワード「エルヴィン・ヘイズ」とはどのような選手だったのかについてご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
1970年代はNBAの暗黒期とも呼ばれ、酒やドラッグと共にリーグ自体の人気も低迷していた時代ですので、その時代に活躍していたスター選手たちの存在は語られる機会が少ないように感じます。
エルヴィン・ヘイズもその“被害者”の1人であり、改めてヘイズ個人の功績はレジェンドと呼ぶに相応しいものだったと言えるでしょう!
映像が白黒の時代に活躍した選手なのであまりハイライト映えはしないかもしれませんが、まだエルヴィン・ヘイズのプレーを見たことがないという方はこの機会にぜひ一度ご覧になってみてはいかがでしょうか?
それではまた次の記事であお会いしましょう!