NBA伝説の男たち

マーク・プライス|高確率のシュートでリーグを席巻した近代型ポイントガードのパイオニア

2000年代に入ってからのNBAではポイントガードがチームのエースとして活躍するのは珍しくありませんよね。

ただ、1980年代〜90年代の時点ではポイントガードの役割は非常に限定的であり、得点を取るのはインサイドプレイヤーの役割として考えられていました。

そんな時代において、ポイントガードながら高精度のシュート力を持ち、チームを勝利に導くエースとして活躍していた数少ない選手の1人が「マーク・プライス」です。

 

この記事では、そんなマーク・プライスが現役時代どんな選手だったのかを詳しく紹介。

彼が残した功績や伝説的なエピソードと共にマーク・プライスの魅力を語っていきますので、一緒に時代を切り拓いたレジェンドのキャリアを紐解いていきましょう!

 

「マイケル・ジョーダン」という壁に挑み続けたキャリア

マーク・プライスについて語っていく前に、まず彼が全盛期を過ごした1990年代のNBAについて軽くおさらいしていきたいと思います。

 

ご存知の方も多いと思いますが、1990年代のNBAといえばマイケル・ジョーダン率いる“シカゴ・ブルズ”がリーグを支配していた時代。

アキーム・オラジュワンやドミニク・ウィルキンスパトリック・ユーイングなどのちのレジェンドとなる選手たちが数多く存在しながら、そのほとんどが優勝を経験することなく引退を迎えたのは、間違いなくブルズがその機会を奪っていたからです。(褒め言葉です。)

 

この記事の主人公であるマーク・プライスもその“被害者”の1人であり、全盛期を過ごしたクリーブランド・キャバリアーズ時代には5度もプレイオフでマイケル・ジョーダンと激突し、全て敗退。

“たられば”は言っても仕方ないですが、もし時代や所属チームが違えばもっと華々しいキャリアを送っていたのではないかと思ってしまいますね。

 

さてここからは、いよいよそんな「マイケル・ジョーダン」という壁に挑み続けたマーク・プライスという男の魅力的な選手像に迫っていきたいと思います。

 

キャブズに黄金期をもたらした高精度シューター

ブラッド・ドアティやデニス・ロッドマンなどのスター選手を輩出した1986年NBAドラフトにて、世代最高のシューターとして全体25位指名(2巡目1位)を受けてNBAキャリアをスタートさせた「マーク・プライス」。

ドラフト指名を受けたのはダラス・マーベリックスでしたが、ドラフト当日にトレードされてクリーブランド・キャバリアーズでデビューを果たすことになったわけですが、ドラフト当時はその183cmという身長と身体能力の低さからかなり低い評価を受けていたそうです。

 

しかし、人の潜在能力は見かけによらないもので、プライスは移籍先のキャバリアーズでリーグ屈指の高精度シューターへと成長。

逆に身長と身体能力以外のバスケセンス全てを持ち合わせていたと言っても過言ではなく、高いIQと正確無比なシュート力によって弱小チームだったキャブズを強豪へと押し上げたエースとして活躍したのです。

 

先述したように、マイケル・ジョーダンという高い壁に阻まれ続けたことでNBA制覇は成し遂げることができませんでしたが、彼の活躍はクリーブランド・キャバリアーズの永久欠番「25」と共に後世に語り継がれています。

 

【マーク・プライスの主な功績】

オールスター:4回(1989, 1992〜1994)

オールNBAチーム
・ファーストチーム:1回(1993)
・サードチーム:3回(1989, 1992, 1994)

スリーポイントコンテスト優勝:2回(1993, 1994)

50-40-90クラブ:1回(1989)

 

【プレースタイル】183cmながら“近代型PGのパイオニア”として活躍した高確率なスコアラー

183cmというNBAではかなり低い身長でありながら一時はオールNBAファーストチームに選出された経歴を持つマーク・プライスですが、そのプレースタイルを一言で表現のであれば「高精度シューター」でしょう。

 

まだ得点はインサイドプレイヤーが取るものという固定概念が根強かった1990年代のNBAにおいて、プライスは当時かなり珍しかった「自分で得点を取るPG(ポイントガード)」として活躍。

その姿は「近代ポイントガードのパイオニア」とも評されており、のちのスティーブ・ナッシュやステフィン・カリーといった小柄ながらに高精度なシュートで得点を量産するポイントガードの先駆けとも言われているんですよ!

 

特に、シュート精度の指標の1つと言われている「フリースロー成功率」は、キャリア通算で90.4%とNBA史上3位の高数値(2026年4月20日時点)。

1990年代に全盛期を過ごした選手でキャリア通算フリースロー成功率が90%を超えている選手はマーク・プライスただ1人であり、まさに世代を代表するシューターと呼ぶに相応しい選手だったと言えるでしょう。

 

マーク・プライスが残した伝説的エピソード3選

ここまで読んでくださった方は、マーク・プライスがどんな選手だったのかについては分かっていただけたはず。

そこで、この記事では最後にマーク・プライスがレジェンドと呼ばれる理由とも言える伝説的なエピソードを3つ厳選してご紹介し、マーク・プライスの魅力をより深く知っていただこうと思います。

 

伝説的エピソード①:ダブルチームを突破するスキル「スプリット」の生みの親

マーク・プライスという選手を知っていく上で、個人的に最もすごいなと思ったのがこのエピソードです。

バスケにおいて1人の選手にディフェンス2人がかりで激しいプレッシャーをかける戦術を「ダブルチーム」と言いますが、それを突破するスキルの1つに自分に寄ってきた守備2人の間をドリブルで抜き去る「Split(スプリット)」というものがあります。

 

マーク・プライスはこのスプリットを戦術として確立させた選手として知られており、ルーキーとしてデビューした年にダブルチームをしてきた守備の名手モーリス・チークス相手にスプリットで抜き去り得点したシーンはプライスのキャリアのハイライトの1つ。

抜かれたチークスは試合後「あんなプレーは見たことがない」と称賛しており、現代バスケでは当たり前となっているプレーの1つを生み出したという唯一無二の実績は伝説と呼ぶに相応しいエピソードの1つなのではないでしょうか。

 

伝説的エピソード②:3ポイントコンテスト連覇を達成

2つ目にご紹介するエピソードは、1993年、1994年に成し遂げた3ポイントコンテストの連覇達成です。

NBA史上屈指の高精度シューターとして知られるマーク・プライスですが、そんな彼を象徴する功績の1つがこの連覇でしょう。

一発勝負の舞台での勝負強さも証明され、この実績によって時代のトップシューターとしての地位を不動のものとしました。

 

現在ほど3ポイントシュートが主流ではなかった時代に活躍していたにも関わらずキャリア通算3ポイント成功率は40.2%と非常に高く、3ポイントがより重要視される現代バスケだったらより偉大な選手になっていたかもしれませんね。

 

伝説的エピソード③:史上2人目となる「50-40-90クラブ」達成者

最後にご紹介するエピソードは、正真正銘のエリートシューターの証「50-40-90クラブ」の達成です。

「50-40-90クラブ」とは1シーズンを通してフィールドゴール成功率50%以上、3ポイントシュート成功率40%以上、フリースロー成功率90%以上をすべて同時に記録した選手だけが入ることのできる聖域であり、NBAの歴史でも数える程の選手しか達成していません。

 

マーク・プライスは1988–89シーズンにフィールドゴール成功率52.6%、3ポイントシュート成功率44.1%、フリースロー成功率90.1%を記録してそのボーダーを楽々クリア。

当時はラリー・バードに次ぐ史上2人目の達成者であり、ドラフト前の過小評価をひっくり返す最大の要因となったのです。

 

まとめ

今回はクリーブランド・キャバリアーズに黄金期をもたらしたレジェンド「マーク・プライス」についてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

マイケル・ジョーダンという偉大すぎる選手の影に隠れてあまり語られない選手の1人ではありますが、シューターとしての実力はNBAの歴史を見てもトップクラスのものであったことは間違いないでしょう。

もし3ポイントが主流の2010年以降のNBAでプレーをしていたらどうなっていたのか、、、なんて妄想するのもファンの醍醐味ではないでしょうか。

 

マーク・プライスの低身長ながらにスキルとシュート力で相手をねじ伏せるプレーは非常に爽快ですので、まだ彼のプレーを見たことがない方はこの機会にぜひハイライト集などを視聴してみてくださいね!

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