皆さんは「リック・バリー」という選手をご存知でしょうか?
フリースローの概念を覆す「下投げフリースロー」があまりにも有名な選手であり、リック・バリーは知らないけどそのシーンだけは見たことがあるという方も多いかもしれませんね。
ただ、当然「フリースローが凄い」にとどまるような選手ではなく、1987年のバスケットボール殿堂入りが示すように、プレイヤーとしてもジュリアス・アービングやビル・ラッセルら往年のレジェンド達と肩を並べるほどの活躍を残しているんですよ!
そこでこの記事では、そんな「リック・バリー」とはどんなプレイヤーだったのかについてご紹介していこうと思います。
彼が残した功績や伝説のパフォーマンスを通じてリック・バリーの魅力を存分に語っていきますので、興味がある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
ウォリアーズに19年ぶりの優勝をもたらした伝説的フォワード
1965年NBAドラフトにて全体2位でサンフランシスコ・ウォリアーズ(現ゴールデンステイト・ウォリアーズ)から指名から指名を受けてNBA入りを果たし、NBAとABAという2つのリーグにおいて時代を代表するフォワードの1人として活躍した「リック・バリー」。
合計15シーズンという非常に長いキャリアの中で何度かトレードを経験したものの、再びウォリアーズに戻ってきた際にはチームを19年ぶりの優勝に導きファイナルMVPを受賞したレジェンドです。
冒頭でもご紹介した「下投げフリースロー」があまりにも有名な選手ではありますが、鋭いドライブや高確率のアウトサイドシュートを武器にコートのどこからでも得点が取れるリーグ屈指のスコアラーでもあり、NBAとABAの両方で得点王に輝いたのはNBA史上リック・バリーただ1人。
NBAとABA合わせて合計12回のオールスター選出、10回のオールNBAチーム選出を果たすなど個人としての功績も素晴らしく、優勝をもたらしたウォリアーズでは永久欠番となった背番号「24」と共に後世に語り継がれる存在となっています。
【リック・バリーの主な功績】
●ABA時代
ABAチャンピオン:1回(1969)
ABAオールスター:4回(1969〜1972)
オールABAチーム
・ファーストチーム:4回(1969〜1972)
ABA得点王:1回(1972)
●NBA時代
NBAチャンピオン:1回(1975)
ファイナルMVP:1回(1975)
NBAオールスター:8回(1966, 1967, 1973〜1978)
NBAオールスターMVP:1回(1967)
オールNBAチーム
・ファーストチーム:5回(1966, 1967, 1974〜1976)
・セカンドチーム:1回(1973)
NBA得点王:1回(1967)
NBAスティール王:1回(1975)
非常に高い確率を誇った代名詞「下投げフリースロー」
リック・バリーという選手を語る上で、代名詞とも言える「下投げフリースロー」を避けて通ることはできないでしょう。
フリースローといえば頭の上から通常のシュートと同じフォームで打つことが一般的ですが、そんな固定概念を覆す「両手で下から投げる」という独特なフォームを極めたのがリック・バリーという男でした。
緊迫する場面が多いフリースローにおいて両手投げは力みによるミスが生じやすいように感じてしまいますが、バリーはキャリア通算90%という驚異的な成功率によって周囲からの疑問や批判を黙らせました。
NBAに所属した10シーズンのうち6シーズンでリーグ最高のフリースロー成功率を叩き出しており、そのあまりの成功率の高さに真似し始める選手が現れるほど。
リック・バリーの引退後も「下投げフリースロー」に挑戦している選手はちらほら見られますが、バリーほどに高い実績を残した選手はおらず、彼の繊細なシュートタッチがあったからこその離れ業だったと言えるでしょう!
【プレースタイル】コートのあらゆる場所から得点可能な生粋のスコアラー
先ほどもお伝えしたように、高精度のアウトサイドシュートとスピードのあるドライブ、高精度のフリースローを武器に戦うスコアラーである「リック・バリー」。
ただ自分の得点能力が高いだけでなく、高いバスケIQと優れたパスセンスによって味方へのアシストするゲームメイク力も兼ね備えた選手でした。
高確率のフリースローはバリーのボールを持つプレースタイルと相性が良く、ディフェンスはファウルせずにバリーを止めなければならないため非常に守りにくい選手だったことでしょう。
また、優秀なディフェンダーとまではいかないもののスティールの技術は非常に高く、1975年にはシーズン平均2.9本でスティール王も受賞。
相手の先を読む能力に長けた選手であり、対人でと言うよりもチームディフェンスの流れの中で相手のパスコースを読んでカットしている姿が印象的な選手でした。
凄いのはフリースローだけじゃない!?
リック・バリーが残した伝説のパフォーマンス3選
ここまでお読みいただいた方にはリック・バリーがフリースローだけの選手でないことはご理解いただけたのではないでしょうか?
そこで最後はリック・バリーの魅力をより深く知っていただくために、彼がキャリアで残した数々のパフォーマンスの中から特に伝説的と言われるものを3つ厳選してご紹介しようと思います。
伝説のパフォーマンス①:1967年 NBAファイナル 第3戦
まず初めにご紹介するのは、リック・バリーが1967年のNBAファイナル第3戦で見せた伝説的なスコアリングパフォーマンスです。
NBAファイナルの相手はウィルト・チェンバレン要するフィラデルフィア・76ersであり、当時得点王を争っていたチャンバレンとバリーによる直接対決が注目された決勝カードでした。
バリーはこの試合、当時のNBAファイナル記録である55得点を叩き出し、0勝2敗と劣勢に立たされていたチームに反撃の狼煙となる大きな勝利を献上。
結果的にウォリアーズは2勝4敗で優勝を果たすことができなかったものの、このシリーズで平均39.2点というモンスターパフォーマンスをのこしたリック・バリーの最も印象的だった一戦として語り継がれています。
伝説のパフォーマンス②:1975年 NBAファイナル 全4試合
続いてご紹介するのは、リック・バリーがキャリア唯一のNBA優勝を成し遂げた1975年のNBAファイナルでの伝説的パフォーマンスです。
決勝の相手はウェス・アンセルドやエルヴィン・ヘイズ要するワシントン・ブレッツであり、試合前はブレッツがウォリアーズを下して勝利すると予想されていました。
しかし、そんな世間の評価とは裏腹にリック・バリーによって統率されたウォリアーズが4勝0敗でブレッツを粉砕し優勝。
シリーズ平均29.5得点、5.0アシストを記録したリック・バリーは、自身初となるファイナルMVPを受賞しています。
リーダーとしてチームをまとめ上げ、見事優勝を成し遂げたこのシリーズは、リック・バリーにとってキャリア最大のハイライトと言えるでしょう!
伝説のパフォーマンス③:1975年 カンファレンス・セミファイナル 第1戦
最後は、ここまでのスコアリングとはまた違った、ディフェンスで大きなインパクトを残した一戦をご紹介します。
圧倒的なスコアリング能力ばかりフォーカスされることが多いリック・バリーですが、ことスティールに関して言えば、長い手足と予測によって高い実力を持っていたのです。
舞台となったのは、シアトル・スーパーソニックスと激突した1975年 のカンファレンス・セミファイナル第1戦。
この試合、リック・バリーは当時のNBAプレイオフ記録となる8スティールを決め、大事な初戦においてチームを123-96と見事勝利に導いたのです。
この一戦は、彼がディフェンスにおいても支配的な活躍ができることを証明した試合と言われています。
まとめ
今回は、圧倒的なスコアリング能力でウォリアーズを19年ぶりのNBA優勝に導いたレジェンド「リック・バリー」についてご紹介しました。
いかがでしたか?
ドラックや飲酒が横行し、人気も低迷していた1970年代はNBAの歴史でも暗黒期と呼ばれ、他の時代と比較して改めて語られることがあまりない時代。
そんな時代に活躍したリック・バリーはやはりどうしても影が薄い存在になってしまいがちですが、ウォリアーズを優勝に導いた彼の存在はレジェンドと呼ぶに相応しいものだったと言えるでしょう。
代名詞のフリースローは必見ですので、まだ見たことのない方はぜひこの機会にリック・バリーのハイライトを視聴してみてくださいね!