1980年代のレイカーズにおいて3度の優勝を果たしたレジェンド「ジェームズ・ウォージー」。
当時のNBAを語る上では欠かすことのできない選手の1人ですが、全盛期がかなり昔ということもあって最近NBAを見始めたばかりの方はその実力を知らないのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんな「ジェームズ・ウォージー」が現役時代どんな選手だったのかをご紹介していこうと思います。
彼が残した功績や伝説の試合などを元にジェームズ・ウォージーの魅力を存分に語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
1980年代のNBAを席巻した“ショータイム・レイカーズ”の一員
ジェームズ・ウォージーの選手像について語っていく前に、彼がNBAで活躍していた1980年代のNBAに触れないわけにはいかないでしょう。
1980年代のNBAを一言で言うのであれば、マジック・ジョンソンのロサンゼルス・レイカーズとラリー・バードのボストン・セルティックスが頂点を争っていた時代。
当然他にもマイケル・ジョーダンのシカゴ・ブルズやアイザイア・トーマス率いるデトロイト・ピストンズなど数々の強豪がひしめいていました。
この記事の主人公である「ジェームズ・ウォージー」が所属していたのは、マジック・ジョンソンやカリーム・アブドゥル=ジャバーらと共に展開する魔法のようなパスワークによってNBAを席巻した“ショータイム・レイカーズ”。
ここからは、そんなNBAを代表する強豪チームにおいて“ショータイムの要”とまで言われたジェームズ・ウォージーを個人の功績と共に深ぼっていきたいと思います。
レイカーズに3度の優勝をもたらした「ショータイム」の要
ドミニク・ウィルキンスらがドラフトされた1982年NBAドラフトにおいて全体1位でロサンゼルス・レイカーズに指名を受け、大きな期待と共にNBA入りを果たした「ジェームズ・ウォージー」。
206cmという恵まれた身長と卓越した身体能力を活かしたプレーでレイカーズのオフェンスの先頭を走り抜け、ショータイムの要としてレイカーズに3度の優勝をもたらしたレジェンドです。
また、非常に勝負強く大舞台でこそ真価を発揮することから、付けられた愛称は“ビッグゲーム・ジェームズ”。
同じチームにマジック・ジョンソンとカリーム・アブドゥル=ジャバーという歴代屈指のスーパースターたちがいたことで過小評価されがちな選手ではありますが、個人としても7度のオールスター選出や2度のオールNBAチーム選出という十分すぎる評価を受けています。
12シーズンという長いキャリアをレイカーズ一筋で過ごし、ショータイム・レイカーズの一員として黄金期を築いた功績を讃え、レイカーズは彼が着用した背番号「42」を永久欠番に認定しました。
【ジェームズ・ウォージーの主な功績】
NBAチャンピオン:3回(1985, 1987, 1988)
ファイナルMVP:1回(1988)
オールスター:7回(1986〜1992)
オールNBAチーム
・サードチーム:2回(1990, 1991)
【プレースタイル】スピードとフィニッシュ力に秀でた「トランジションオフェンスの申し子」
ジェームズ・ウォージーがショータイム・レイカーズにおいて「ショータイムの要」と称された理由は、その特徴的なプレースタイルにあります。
彼のプレースタイルを一言で表現するのであれば、「トランジションオフェンスの申し子」。
スモールフォワードとしては非常に早いスピードとスタミナ、さらには走りながらの高確率なフィニッシュ力を兼ね備えたウォージーは、速攻を多用する“ショータイム・レイカーズ”において強力なパスターゲットとなっていました。
ウォージーの持ち味が生きるのはもちろんトランジションの時だけではなく、絶妙なタイミングでのカッティング(ゴール下に走り込む動き)によってマジック・ジョンソンのゲームメイクの幅を広げることも可能。
他のチームであっても輝かしい成績を残していたかもしれませんが、"ショータイム・レイカーズ”というチームでマジック・ジョンソンとプレーしていたからこそ最大限に活躍することができたキャリアだったと言っても過言ではないでしょう。
“ビッグゲーム・ジェームズ”の異名は伊達じゃない!
ジェームズ・ウォージーが残した伝説の試合3選
トランジションを得意とし、ショータイム・レイカーズの中心選手として3度のNBA優勝を果たしているジェームズ・ウォージー。
ただ、彼がレジェンドとして語り継がれる理由はそれだけではないんです。
最後は、“ビッグゲーム・ジェームズ”の真骨頂である、ここぞと言う時に大活躍をのこした伝説の試合を3つ厳選してご紹介し、ジェームズ・ウォージーについてより深く知っていただこうと思います。
伝説の試合①:1988年 NBAファイナル 第7戦 (vs. デトロイト・ピストンズ)
ジェームズ・ウォージーのキャリアで最も有名な試合として挙げられるのが「1988年のNBAファイナル第7戦」です。
ウォージーが所属するレイカーズは1977年にNBA優勝を果たし、連覇に向けて再びNBAファイナルまで辿りつきました。
ディフェンディングチャンピオンとして迎えた相手はあのマイケル・ジョーダンのシカゴ・ブルズを下して上がってきたアイザイア・トーマスらのデトロイト・ピストンズ。
“バッドボーイズ”と呼ばれるピストンズの荒々しいプレイに苦戦を強いられながらもシリーズは互角のまま進み、勝負は運命の第7戦に委ねられたのです。
そんな重要な一戦で、ジェームズ・ウォージーは36得点、16リバウンド、10アシストの大爆発。
キャリア唯一のトリプルダブル(主要スタッツ3項目で2桁以上を記録する偉業)をこれ以上ない舞台で発揮し、レイカーズを連覇に導いたのでした。
この一戦は、ウォージーにとって自身初の受賞となったファイナルMVPと共に、まさに“ビッグゲーム・ジェームズ”を象徴する試合として現在でも語り継がれています。
伝説の試合②:1987年 NBAファイナル 第1戦 (vs. ボストン・セルティックス)
続いては、マジックのレイカーズとバードのセルティックスがNBAファイナルで激突した最後の年である1987年のNBAファイナルから第1戦をピックアップ。
1980年代のNBAを彩ってきたライバルチーム同士の頂上決戦とあって世界中から注目を受けていたこのシリーズにおいて、“ビッグゲーム・ジェームズ”は躍動しないはずがありませんでした。
シリーズの流れを決める重要な初戦、デトロイト・ピストンズとの死闘を制してやや疲労がみられたセルティックスに対し、レイカーズはあえて走力にものを言わせたプレーを展開。
トランジションを得意とするジェームズ・ウォージーはマジックと共に速攻の先頭を走り続け、最終的には33得点9アシストを記録してセルティックスを圧倒したのです。
この初戦での大勝はレイカーズの勢いに繋がり、4勝2敗でのレイカーズ優勝を大きく引き寄せることとなったのでした。
伝説の試合③:1985年 NBAファイナル 第3戦 (vs. ボストン・セルティックス)
最後は、またもラリー・バード率いるセルティックスとの激突となった1985年NBAファイナルの第3戦を紹介。
昨年NBAファイナルで敗れたレイカーズは1年越しにリベンジを果たすべく登ってきたNBAファイナルの舞台で、第1戦から大敗を喫しながらも第2戦で巻き返し、1勝1敗のタイでシリーズの行方を占う第3戦へと臨んだのでした。
試合序盤からセルティックスの猛攻に苦しんだレイカーズでしたが、第2クォーターの中盤でジェームズ・ウォージーを中心とした猛反撃を開始。
10点以上あった点差を一気に巻き返し、そのまま逃げ切る形での勝利を掴み取ったのです。
この重要な一戦でジェームズ・ウォージーはチーム最高の29得点と爆発。
第3戦での勝利はレイカーズがシリーズを優位に進めるための転換機となり、ウォージーはNBAファイナルでレイカーズがセルティックスに初めて勝利した記念すべき優勝の立役者の1人となったのでした。
まとめ
今回は、ショータイムの要としてレイカーズに3度の優勝をもたらしたレジェンド「ジェームズ・ウォージー」についてご紹介しましたが、いかがでしたか?
重要な試合になると活躍する選手は稀にいますが、“ビッグゲーム・ジェームズ”ほどNBAファイナルの舞台に強い選手はそういないと思います。
同じチームのマジック・ジョンソンやカリーム・アブドゥル=ジャバーがいるためどうしても影が薄くなりがちな選手ですので、この機会にジェームズ・ウォージーにも興味を持っていただけたら嬉しいです!
ショータイム・レイカーズでのマジックとウォージーのトランジションは見ていて爽快ですので、まだプレーを見たことがないNBAファンの皆さんはぜひハイライト集を視聴してみてくださいね!