1960年代=1970年代にかけて活躍したNBAレジェンド「ジェリー・ルーカス」。
全盛期をシンシナティ・ロイヤルズで過ごし、脅威的なリバウンド能力でインサイドを支配した、歴史的なパワーフォワードです。
ただ、NBAが選出した「NBA75周年記念リオールタイムチーム」にも名前が挙がる偉大なプレイヤーの1人ではあるものの、活躍したのがかなり昔のこととあって、NBAファンであってもその凄さを知っている方は少ないのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんな「ジェリー・ルーカス」が現役時代どんな選手だったのかをどこよりもわかりやすく紹介します。・
彼が残したスタッツや功績を元に、ジェリー・ルーカスがNBAレジェンドと呼ばれる理由を解き明かしていきますので、興味のある方はぜひ一緒に見ていきましょう!
目次
【プレースタイル】屈強なフィジカルとポジショニングでボールを奪取する“リバウンドマシーン”
まず、ジェリー・ルーカスがレジェンドと呼ばれる所以を知るために、彼が残したキャリアスタッツを元にプレー面での凄さを見ていこうと思います。
ルーカスが11シーズンのNBAキャリアで記録したスタッツを表にまとめましたのでご覧ください!
【レギュラーシーズンのキャリアスタッツ】
| シーズン | チーム | 出場試合 | 出場時間 | フィールドゴール% | 3ポイント% | フリースロー% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1963–64 | シンシナティ ロイヤルズ |
79 | 41.4 | 52.7 | – | 77.9 | 17.4 | 2.6 | – | – | 17.7 |
| 1964–65 | 66 | 43.4 | 49.8 | – | 81.4 | 20.0 | 2.4 | – | – | 21.4 | |
| 1965–66 | 79 | 44.5 | 45.3 | – | 78.7 | 21.1 | 2.7 | – | – | 21.5 | |
| 1966–67 | 81 | 43.9 | 45.9 | – | 79.1 | 19.1 | 3.3 | – | – | 17.8 | |
| 1967–68 | 82 | 44.1 | 51.9 | – | 77.8 | 19.0 | 3.3 | – | – | 21.5 | |
| 1968–69 | 74 | 41.6 | 55.1 | – | 75.5 | 18.4 | 4.1 | – | – | 18.3 | |
| 1969–70 | 4 | 29.5 | 51.4 | – | 71.4 | 11.3 | 2.3 | – | – | 10.3 | |
| サンフランシスコ ウォリアーズ |
63 | 36.5 | 50.7 | – | 78.6 | 14.4 | 2.6 | – | – | 15.4 | |
| 1970–71 | 80 | 40.6 | 49.8 | – | 78.7 | 15.8 | 3.7 | – | – | 19.2 | |
| 1971–72 | ニューヨーク ニックス |
77 | 38.0 | 51.2 | – | 79.1 | 13.1 | 4.1 | – | – | 16.7 |
| 1972–73 | 71 | 28.2 | 51.3 | – | 80.0 | 7.2 | 4.5 | – | – | 9.9 | |
| 1973–74 | 73 | 22.3 | 46.2 | – | 69.8 | 5.1 | 3.2 | 0.4 | 0.3 | 6.2 | |
| 通算 | 829 | 38.8 | 49.9 | – | 78.3 | 15.6 | 3.3 | 0.4 | 0.3 | 17.0 | |
この表の中で特に注目してほしいのはやはり「リバウンド」の行。
キャリアハイは1965-66シーズンに記録した21.1リバウンド、キャリア通算でも15.6リバウンドという圧倒的な数値を叩き出しているのがわかるでしょう。
2025-26シーズンにニコラ・ヨキッチが平均12.9リバウンドでリバウンド王を受賞していることを考えると、ルーカスの異常さがより際立ちます。笑
身長203cmとNBAでは決して高いとは言えない体格でありながら、屈強なフィジカルとポジショニングによって巨人たちに打ち勝っていたルーカスは、まさに「リバウンドマシーン」と呼ぶに相応しいプレイヤーだと言えますね。
また、リバウンドほどではなくとも、全盛期には平均得点も20点以上を記録しているのも注目ポイント。
パワーフォワードでありながら、アウトサイドからの正確なシュートも得意としており、シーズン平均20得点、20リバウンドを記録したことのある数少ない選手の1人です。
伝説の試合!「1試合40リバウンド」という怪記録を樹立
ジェーリ・ルーカスを象徴する記録の1つに「1試合40リバウンド」があります。
身長203cmでパワーフォワードを務めることが多かったルーカスですが、NBAの歴史上、パワーフォワードで40リバウンド以上を記録したのは後にも先にもルーカスただ1人なんですよ!
ルーカスがこの怪記録を樹立したのは、1964年2月29日に行われたシンシナティ・ロイヤルズ対フィラデルフィア・76ersの試合。
勘のいい方はもうお気づきかもしれませんが、この時まだルーキーだったルーカスは、28得点40リバウンドという脅威的なスタッツを残してチームを勝利に導いたのでした。
現代バスケよりもはるかに多いポゼッション数(オフェンスの回数)や低いシュート精度など1960年代という時代背景に支えられての記録であることは間違いありませんが、ジェリー・ルーカスの名をNBAの歴史に刻むには十分すぎる試合だと言えるでしょう!
レジェンドたる所以!
史上唯一の全カテゴリーでの優勝経験者
ここまで読んでいただいた方には、ジェリー・ルーカスがどんなプレーをし、偉大な実績を残してきたことは分かっていただけたはず。
続いては、そんなルーカスがレジェンドと呼ばれる最大の所以、「全カテゴリーでの優勝」という史上唯一の快挙についてご紹介しようと思います。
高校、大学、オリンピック、NBAという4つのカテゴリーそれぞれでの優勝エピソードをまとめますので、一緒に見ていきましょう!
ミドルタウン高校時代
ジェリー・ルーカスが通っていたのは地元オハイオ州にあるミドルタウン高校。
この時点ですでに圧倒的な才能を開花させていたルーカスは、絶対的なチームのエースとして活躍し、在学期間である1955年から1958年にかけて公式戦76連勝という大記録を打ち立てました。
特に1956年、1957年の2年間は負けなしで、ミドルタウン高校は州チャンピオンの座を連覇。
しかし面白いことに、ルーカスが高校時代に喫した唯一の敗北が彼の最終学年の時であり、3連覇がかかった州トーナメント準決勝で63-62での1点差負けだったのです。
有終の美を飾ることはできなかったものの、全芸屈指の高校生という評価を受けていたルーカスは、進学先に注目が集まっていました。
オハイオ州立大学時代
地元オハイオ州立大学を選択したジェリー・ルーカスは、大学ではセンターとして活躍。
1年次からチームの主力として戦うと、1960年〜1962年の間にオハイオ州立大学を3シーズン連続での「ビッグ・テン・カンファレンス」のチャンピオンに導いています。
特に1年目の1960年にはNCAA(全米大学体育教会)トーナメントで見事全米チャンピオンに輝いており、ルーカスは新人ながら「MOP(Most Outstanding Player=最も並外れた選手)」賞を受賞。
それ以外にもその世代の最優秀選手に贈られる数々の賞を受賞したルーカスは、大学No.1選手という評価受け、満を持してNBAドラフトへと臨むこととなったのです。
ローマオリンピック
オハイオ州立大学在学中の1960年、すでに大学No.1プレイヤーという評価を受けていたジェリー・ルーカスは、ローマオリンピックでのバスケ男子アメリカ代表メンバーに選出されました。
オスカー・ロバートソンやウォルト・ベラミーといった実力者揃いのアメリカ代表は、予選ラウンドを全勝で通過すると、決勝トーナメントも難なく勝ち進み、決勝では当時無類の強さを誇ったソビエト連邦を決勝で下して見事金メダルを獲得したのです。
この時はまだNBAもそれほど大きなリーグではなく、バスケ=アメリカのイメージが現在ほど強くない時代。
確かに優勝に相応しいメンバーだったものの、今ほど圧倒的な実力を持たないアメリカ代表でも見事金メダルを獲得しているわけですから、見事という他ないでしょう。
NBA時代
1963年にシンシナティ・ロイヤルズから指名を受けてNBA入りを果たしたジェリー・ルーカス。
7度のオールスターや5度のオールNBAチーム選出など輝かしいキャリアを送ったルーカスですが、彼以外にスター選手のいないロイヤルズではNBA優勝を果たすことはできませんでした。
しかしキャリアの晩年、大型トレードによってニューヨーク・ニックスへ移籍すると、状況は一気に好転。
ルーカス移籍の翌年となる1973年、ウィリス・リードやデイブ・ディバッシャーなどのスター選手を数多く要したニックスは、NBAファイナルでジェリー・ウェスト率いるロサンゼルス・レイカーズを破り、見事NBAチャンピオンに輝いたのです。
当然ルーカスに全盛期のような力はなく控えからの出場だったものの、平均20分以上の出場で7.5得点、5リバウンドを記録するなど確実にチームへ貢献し、悲願のNBA優勝を成し遂げたのでした。
このように、高校、大学、オリンピック、NBAという4つのカテゴリー全てで優勝を経験しているバスケプレイヤーはジェリー・ルーカスただ1人であり、この事実が彼がレジェンドとしてバスケットボール殿堂入りを果たした大きな要因であったことは間違いないでしょう。
まとめ
1960年代〜1970年代にNBAで活躍したスター選手「ジェリー・ルーカス」。
インサイドを主戦場とし、特にリバウンドでは異次元の強さを誇っていた歴代屈指の実力派パワーフォワードです。
スタッツや個人受賞歴だけでも十分NBAレジェンドと呼べる領域にいる選手ではありますが、個人的にはやはり「4カテゴリー全てでの優勝」という唯一無二の記録こそがジェリー・ルーカスを真のレジェンドへと押し上げているなと感じました。
これまでジェリー・ルーカスについてあまり知らなかったという方も多いと思いますので、この記事をきっかけに興味を持っていただけたら、ぜひ彼のハイライト集などを視聴してみてくださいね!
それではまた次の記事でお会いしましょう!