NBA伝説の男たち

クリフ・ヘイガンってどんな選手?ホークスを優勝に導いた1950年代を代表するパワーフォワード

みなさんは「クリフ・ヘイガン」というNBA選手をご存知でしょうか?

1978年にバスケットボール殿堂入りも果たしているNBAレジェンドなのですが、活躍したのが1950年代なので、最近NBAを見始めた人たちが知らないのも当然でしょう。

 

ただ、2016年からNBAにお世話になっている僕としては、NBAレジェンドと称される選手がファンにすら知られていないというのは少し寂しいもの。

そこでこの記事では、そんな「クリフ・ヘイガン」が現役時代どんな選手だったのかを詳しくご紹介。

彼が残した功績や大学、プロ時代のエピソードをもとに、クリフ・ヘイガンがレジェンドとして語り継がれる理由を明らかにしていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!

 

ホークスを優勝に導いた1950年代を代表するパワーフォワード

1953年NBAドラフトにて、3巡目全体21位というやや低めな順位でボストン・セルティックスにドラフトされた「クリフ・ヘイガン」。

彼がNBAレジェンドと呼ばれる理由は、大学とプロの両方で輝かしいキャリアを歩んだからでしょう。

 

193cmというNBAのフォワードとしては小さい身長ながら、代名詞「フックシュート」を武器に自分より大きな選手たち相手に得点を量産。

キャリア2年目にあたる1958年には、プレイオフという極限の舞台でこそ真価を発揮する「勝負強さ」でチームを球団史上初のNBA優勝に導いています。

チームのエースはボブ・ペティットで間違いありませんが、5度のオールスター、2度のオールNBAセカンドチームに選出されているヘイガンは、1950年代を代表するパワーフォワードのの1人であることは間違いないでしょう!

 

【NBA時代の主な功績】

NBAチャンピオン:1回(1958)

オールスター:5回(1958〜1962)

オールNBAチーム
・セカンドチーム:2回(1958, 1959)

 

セルティックスの“王朝”を破った1958年ホークスの主力メンバー

クリフ・ヘイガンを語る上で欠かすことができないのが、自身としてもチームとしても史上初となった1958年のNBA制覇でしょう。

1950年代〜60年代といえばビル・ラッセル率いるボストン・セルティックスが8連覇を含む11度のNBA優勝という意味不明な記録を打ち立てていた時代。

1958年のホークスは、そんなセルティックスの王朝に風穴を空けた、数少ないチームの1つだったのです。

 

もうそれだけでもこの優勝の価値は計り知れないものですが、もう一つ忘れてはいけないのが、ヘイガンとラッセルの因縁の関係性。

1956年にビル・ラッセルがホークスにドラフトされると、どうしてもビル・ラッセルが欲しかったセルティックスは、ヘイガンとのトレードによってビル・ラッセルを獲得しているんです。

このトレードの勝者は流石にビル・ラッセルを獲得したセルティックスですが、ヘイガンを獲得したホークスもまた、そんなセルティックスを破っての優勝を達成。

 

古巣相手の戦いというのは特別なものですが、それをNBA、しかもプレイオフの舞台でやってのけてしまうヘイガンは、さすが持ってるなぁと感じますね!

 

クリフ・ヘイガンのプレーの魅力3選!

ここまでお読みいただいた方には、クリフ・ヘイガンがなぜNBAレジェンドと呼ばれているのかわかってもらえたのではないでしょうか?

そこでここからは、クリフ・ヘイガンのプレースタイルの方に着目し、彼が1950年代のNBAで活躍を残すことができた理由とも言えるプレーの魅力を3つ厳選してご紹介していこうと思います。

 

プレーの魅力①高精度の「フックシュート」

クリフ・ヘイガンのプレーを語るうえで欠かせないのが、彼の代名詞とも言える高精度な「フックシュート」。

身長が193cmとNbAのパワーフォワードとしては低かったヘイガンが、自分よりもはるかに高い身長を持つ選手相手に得点するために習得した技であり、結局NBA入りしたあとも自分のオフェンスを支える大きな武器になったそうです。

 

クリフ・ヘイガンのフックシュートは派手なプレイではないものの、全くリングに触れることなく決まるその軌道が最大の魅力。

あのフックシュートの名手「カリーム・アブドゥル=ジャバー」も若い頃にその技術を参考にしたと言われるほどで、その技術一点に関しては歴代屈指のスキルを持っていたと言っても過言ではないでしょう!

 

プレーの魅力②フィジカルを活かした「リバウンド」

クリフ・ヘイガンのプレーの魅力2つ目は、屈強なフィジカルを活かした「リバウンド」。

身長が低い選手はどうしてもリバウンドが不利になるものですが、ヘイガンはそんなマイナスを屈強なフィジカルとそれを存分に活かせるポジショニングによって、リバウンドを量産していました。

 

実際、全盛期であるキャリア2〜5年目ごろには毎年のようにシーズン平均10リバウンドを記録しており、その実力の高さは証明済み。

1950年代〜60年代のリバウンド本数は多くなりがちではあるものの、ビル・ラッセルやウィルト・チェンバレンらを相手にしても一歩も引かずにリバウンドをもぎ取っていたヘイガンの貢献無くして、ホークスの優勝はなかったと思います。

 

プレーの魅力③フォワードながらに味方をアシストする「パスセンス」

最後にご紹介するプレーの魅力は、意外と知られていないその「パスセンス」。

ポジションレス化が進んでいる昨今のバスケ界においてはフォワードにもパスセンスが求められますが、ヘイガンが活躍した1950年代〜60年代のフォワードに求められていたのはもっぱら特典とリバウンドでした。

 

そんな時代でありながら、キャリアハイにはシーズン4.9アシストを記録したヘイガンのパスセンスはなかなかのもの。

特にゴール下で自分を囮にしてのパスは彼の広い視野があってこそ可能なプレイであり、ホークスのオフェンスをより活性化する潤滑油のような役割を果たしていたと言えるでしょう!

 

まとめ

今回は、ホークスを球団史上初のNBA制覇に導いたフォワード「クリフ・ヘイガン」についてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

ボブ・ペティットという絶対的エースに率いられたチームとして知られる1950年代のセントルイス・ホークス(現アトランタ・ホークス)ですが、時にそのペティットよりも高い得点を記録していたのがクリフ・ヘイガンでした。

キャリア2年目にしてNBAチャンピオンの座に輝いているヘイガンですが、ただでさえ緊張するプレイオフにおいて、数字上はレギュラーシーズン以上の活躍を残してしまうあたり、一番すごいのはメンタリティだったと言えるかもしれませんね!笑

 

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それではまた、次の記事でお会いしましょう!

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