バルセロナオリンピックを圧倒的強さで制覇した男子バスケットボールアメリカ代表。
通称「ドリームチーム」と呼ばれている彼らが見せた異次元のプレイたちは、世界中でバスケットボールブームを巻き起こすきっかけとなりました。
僕は2016年からNBAを見始めたNBAファンですが、その歴史を知れば知るほど、当時の映像をリアルタイムで見ていた方達のことが羨ましくてたまりません。笑
ただ、この記事で着目したいのは、彼らのプレイではなく着用したバッシュの方。
オリンピック前から世界中で話題となっていた「ドリームチーム」のために、各バッシュブランドは契約選手たちのためにこぞって「オリンピック記念モデル」を開発したのです。
伝説のチームの所属した選手たちが履いたバッシュたちなんて、NBA好きはもちろん、バッシュ好きとしてもたまらない内容ですよね・・・!!
この記事では、そんな伝説の「ドリームチーム」の足元を支えた限定モデルたちをまとめてご紹介していこうと思います。
世界中を熱狂させた初代「ドリームチーム」
日本でも空前のバスケットボールブーム到来のきっかけに
マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、ラリー・バード。
錚々たる顔ぶれで世界を熱狂の渦に陥れた初代「ドリームチーム」ですが、そのきっかけは1988年のソウルオリンピックでアメリカが金メダルを逃したことに対する危機感でした。
それまで金銭をもらってプレイしているプロの選手たちはオリンピックの規定によって参加することができませんでしたが、国際的なスポールレベルの向上を理由に、FIBA(国際バスケットボール連盟)が1989年にプロ選手たちの参加をOKに。
この決定を受け、アメリカが作り出したのがNBAスターたちを集結させた「ドリームチーム」だったわけです。
ちなみに、その後もワールドカップやオリンピックでアメリカ代表は「ドリームチーム」と呼ばれていますので、バルセロナオリンピックの時のアメリカ代表を”初代「ドリームチーム」”と呼んだり「ドリームチームⅠ」と呼んだりします。
圧倒的な強さで金メダルを獲得した初代「ドリームチーム」ですが、そのプレイがもたらした熱狂は日本国内も例外ではありません。
当時連載されていた人気漫画「スラムダンク」との相乗効果によって日本には空前のバスケットボールブームが到来し、バスケットボール人口の増加やその後の爆発的なスニーカーブームへとつながっていくんです。
これらの歴史を知った上で初代「ドリームチーム」の着用したバッシュたちを振り返ると、その価値は全く変わって見えると思います。
中には復刻版がリリースされているモデルもあるので、お気に入りのモデルが見つかった方はコレクションとして集めてみるのもいいかもしれませんね!!
初代「ドリームチーム」が着用したバッシュたちをNBAオタクが紹介
さて、それではいよいよ初代「ドリームチーム」が着用したバッシュたちをご紹介していこうと思います。
今回はバッシュがメインですが、NBAオタクなもので、少し選手への愛が漏れ出てしまっているかもしれませんので、ご了承ください!笑
#4 クリスチャン・レイトナー|NIKE AIR FLIGHT HUARACHE
ドリームチームの中で唯一の大学生選手として招集されたプレイヤー。
間違いなく当時の大学No.1プレイヤーであり、卒業後はNBAでも13年間プレーをし、オールスターにも選出されるなど活躍したものの、ドリームチームの他の選手たちと比べるとどうしてもキャリアは見落とりしてしまうところがあります。
着用したバッシュはNIKE(ナイキ)の「AIR FLIGHT HUARACHE(エア フライト ハラチ)」。
ナイキはレイトナーのために「星条旗カラー」の限定モデルを用意したそうですが、レイトナー本人が着用しなかったため、オリンピックモデルになり損ねたという伝説のエピソードはあまりにも有名ですね。笑
#5 デビッド・ロビンソン|NIKE AIR BALISTIC FORCE HIGH
“提督”の異名を持つ筋骨隆々のセンター「デビッド・ロビンソン」。
海軍学校出身ながらNBA選手になるという異色のキャリアの持ち主で、サンアントニオ・スパーズを2度の優勝に導いた立役者です。
着用モデルはNIKE(ナイキ)の「AIR BALISTIC FORCE HIGH(エア バリスティック フォース ハイ)」。
ハイカットバッシュが主流だった90年代でも「やりすぎでは?」と思ってしまうくらいに強固に足首を固定する、センタープレイヤー向けの重量級バッシュ。
NIKE(ナイキ)のオリンピックモデルの中では唯一復刻版が発売されていないモデルです。
#6 パトリック・ユーイング|EWING ECLIPSE
“キングコング”の愛称で親しまれるニューヨーク・ニックスの英雄「パトリック・ユーイング」。
90年代という魔境の時代に活躍した選手のため優勝を果たすことはできなかったものの、当時優勝候補の一角であったニックスの絶対的エースとして活躍した歴代屈指のセンターです。
着用モデルは「EWING ECLIPSE(ユーイング エクリプス)」。
自身のバッシュブランド「EWING ATHLETICS(ユーイング アスレチックス)」製のバッシュを履いていたユーイングですが、ちゃんと星条旗カラーの限定モデルを作っているあたりさすがです。笑
#7 ラリー・バード|CONVERSE U.S. PRO STAR MID
1980年代の“黄金期”ボストン・セルティックスを率いた伝説のプレイヤー。
圧倒的な身体能力は持っていないにも関わらず、類稀なバスケIQとメンタリティでNBAの頂点に君臨し続けたレジェンドです。
着用モデルはCONVERSE(コンバース)の「U.S. PRO STAR MID(ユーエス プロスター ミッド)」。
プロスターは80年代に誕生したコンバースの名作バッシュであり、本戦ではオリンピック仕様で背番号「7」が刺繍された限定モデルを着用し、話題となりました。
#8 スコッティ・ピッペン|NIKE AIR FLIGHT LITE II MID
1990年代のNBAを象徴する伝説のチームで活躍した“史上最高のNo.2プレイヤー”。
攻守に優れたオールラウンダーであり、特にディフェンスにおいてはあの”バスケの神様”をも凌ぐ実力を誇っていたと言われる数少ない選手です。
着用モデルはNIKE(ナイキ)の「AIR FLIGHT LITE II MID(エア フライト ライト 2 ミッド)」。
1991年に誕生した名作バッシュであり、90年代という重量感のあるバッシュが主流だった時代には珍しい“軽量バッシュ”として多くの選手に愛されたモデルです。
#9 マイケル・ジョーダン|NIKE AIR JORDAN 7
もはや説明不要の“バスケの神様”。
スター選手が集った初代「ドリームチーム」においても、絶対的なエースとしてアメリカ代表を率いました。
着用モデルはNIKE(ナイキ)の「AIR JORDAN 7(エア ジョーダン 7)」。
やはりシグネチャーモデルというのは映えますね。
本戦ではオリンピック仕様の星条旗カラーのモデルを着用していましたよ。
#10 クライド・ドレクスラー|AVIA BASKETBALL911 MWXR
マイケル・ジョーダンと同じ時代に生まれなければ、世代最強のシューティングガードは間違いなく彼。
“クライド・ザ・グライド”という愛称の由来にもなった圧倒的な滞空時間で、ジョーダンに空中戦を挑める数少ない存在でした。
着用モデルはAVIA(アヴィア)の「BASKETBALL911 MWXR(バスケットボール911 MWXR)」。
AVIA(アヴィア)は現在バッシュの生産を終了してしまっているので、残念ながら復刻版の生産は望み薄だと思います。
#11 カール・マローン|L.A.GEAR TURBO TECH CATAPULT
“Mail Man(郵便配達員)”という一見「?」が浮かぶニックネームは、ボールを託すと“郵便物のように”必ずゴールに届くことからつけられたもの。
個人的にはNBA史上最強の筋肉系センターと言えばカール・マローンだと思っています。
着用モデルはL.A.GEAR(エルエーギア)の「TURBO TECH CATAPULT(ターボ テック カタパルト)」。
L.A.GEAR(エルエーギア)というブランドを知っている方は少ないんじゃないかと思いますが、他にもカリーム・アブドゥル=ジャバーやアキーム・オラジュワン、さらには“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソンとも契約を結んだことのあるかなりのやり手なんです。
シグネチャーモデルではないものの、「TURBO TECH(ターボテック)」はマローンにとってストックトンに次ぐ相棒のような存在だったそうですよ!
#12 ジョン・ストックトン|NIKE AIR BALISTIC FORCE HIGH
歴代でもぶっちぎりで最多のスティール数とアシスト数を記録した史上最高のポイントガードの1人。
カール・マローンとストックトンの「ピック・アンド・ロール」といえば、NBAの歴史上最も止めるのが難しい必殺技の1つとして有名です。
着用モデルはNIKE(ナイキ)の「AIR BALISTIC FORCE HIGH(エア バリスティック フォース ハイ)」。
お気づきの方も多いかと思いますが、なんとデビッド・ロビンソンと同じモデルです。
ポイントガードながらセンター用の安定感があるモデルを履くというのが、こだわりの強そうなストックトンらしくていいなと思います。
#13 クリス・マリン|NIKE AIR FLIGHT LITE II MID
初代「ドリームチーム」のエースシューター。
インサイド全盛の時代に、現代のステフィン・カリーのような“移動式砲台”として活躍した数少ない選手の1人です。
着用モデルはNIKE(ナイキ)の「AIR FLIGHT LITE II MID(エア フライト ライト 2 ミッド)」。
こちらもスコッティ・ピッペンと同じモデルですね!
コートを動き回るプレースタイルのマリンは、軽量バッシュとの相性抜群だっただろうなと思います。
#14 チャールズ・バークレー|NIKE AIR FORCE 180 LOW
“空飛ぶ冷蔵庫”の異名を持つフィジカルお化けの世代最強パワーフォワード。
90年代のフェニックス・サンズのエースとして活躍し、マイケル・ジョーダンと互角に渡り合った数少ない選手の得人です。
着用モデルはNIKE(ナイキ)の「AIR FORCE 180 LOW(エア フォース 180 ロー)」。
かかと部分のクッション製と安定性に定評のあるモデルであり、バークレーは普段からこのバッシュを愛用していたことで有名でした。
#15 マジック・ジョンソン|CONVERSE ACCELERATOR MID
80年代のNBAの覇権を握った「“ショータイム”・レイカーズ」の主軸を担った伝説のポイントガード。
現代では当たり前になった「ノールック・パス」を流行らせた張本人であり、そのあまりに変幻自在なプレーからつけられた“Magic(魔法)”というニックネームが本名のように呼ばれています。
着用モデルはCONVERSE(コンバース)の「ACCELERATOR MID(アクセレレータ ミッド)」。
こちらもオリンピック仕様のカラーリングで話題を呼んだモデルですね。
まとめ
今回は、バルセロナオリンピックで世界中を熱狂させた伝説の初代「ドリームチーム」において、召集されたメンバーが着用していたバッシュをご紹介しました。
いかがでしたか?
こうしてみると、12人中11人がネイスミスバスケットボール殿堂入りを果たしているわけですから、改めて恐ろしいメンバーですよね。笑
その後もアメリカ代表はスター選手を招集し続けていますが、やはり歴代アメリカ代表の中でも初代「ドリームチーム」は特別だなと感じますね!
今回ご紹介したモデルたちの多くは復刻版がリリースされていますが、今購入するとなるとフリマサイトでの購入が有力だと思います。
コレクションとしては申し分ないバッシュたちだと思いますので、興味のある方はぜひ探してみてはいかがでしょうか?