みなさんは「マイケル・クーパー」という選手をご存知でしょうか?
チームを率いる絶対的なエースという立場ではなかったものの、1980年代のレイカーズにおいて優勝に必要不可欠な存在としてチームに貢献し続け、2024年にはバスケットボール殿堂入りっを果たしたレジェンドです。
当時を知るファンたちからすれば知っていて当然の選手かもしれませんが、かなり昔に活躍した選手ですから、最近NBAを見始めたばかりの人からすれば。クーパーがなぜレジェンドと呼ばれているのか分からないのも当然と言えるのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんな「マイケル・クーパー」が現役時代どんな選手だったのかをご紹介していこうと思います!
彼が残してきた功績や偉大なエピソードをもとに、2016年からNBAを観ている僕の視点から、マイケル・クーパーがNBAレジェンドと称される理由を語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
5度のNBA制覇の経歴を持つ伝説の“名脇役”
マイケル・クーパーという選手について、個人的な印象を一言で表現するのであれば「名脇役」ではないでしょうか。
もはや説明不要の歴代屈指のディフェンス力はもちろん、実はドリブルやパスも得意で、司令塔の役割をこなしつつ、自身はスリーポイントシュートで得点を取ることもできたクーパーは、まさに全てのチームが欲しがるようなスキルを備えた選手だったと言えるでしょう!
しかも、それほどの実力を持ちながら、自分中心のチームで活躍したいというエゴを持たず、マジック・ジョンソンやカリーム・アブドゥル=ジャバーのもとでシックスマンとして役割をまっとうするわけですから、これほどまでに脇役としてキャリアを成功させた選手もなかなか思い浮かびませんね。
レイカーズ一筋12年のキャリアで合計5回のNBA制覇を果たしたことはもちろん凄いのですが、個人としてもチームの守備の要として1度のDPOY(最優秀守備選手賞)や計8回のオールディフェンシブチーム選出など受賞歴は非常に豪華。
レイカーズに黄金期をもたらしたクーパーの活躍は、永久欠番となった背番号「21」と共に後世に語り継がれています。
【NBA時代の主な功績】
NBAチャンピオン:5回(1980, 1982, 1985, 1987, 1988)
NBA最優秀守備選手賞:1回(1987)
オールディフェンシブチーム
・ファーストチーム:5界(1982, 1984, 1985, 1987, 1988)
・セカンドチーム:3回(1981, 1983, 1986)
【プレースタイル】オフェンス力を併せ持つ歴代屈指の“ペリメーターディフェンダー”
歴代屈指のディフェンダーという印象が強い「マイケル・クーパー」ですが、彼が特に得意としていたのが“ペリメーター”と呼ばれるエリアでのディフェンスでした。
「ペリメーター」とはバスケにおいて3ポイントラインの外側からペイントエリアに入るまでの領域のことで、要するにクーパーは外からドライブで霧子んくるプレイヤーに対するディフェンスがズバ抜けて上手かったということです。
非常に長い手足をうまく使い、文字通り相手に何もさせずに封じ込めるクーパーのディフェンスは、まさに“エースキラー”と呼ぶに相応しいものでした。
また、先ほども少し触れましたが、クーパーの魅力はそれだけのディフェンス力を持ちながら、オフェンスもできるところ。
速攻の際にマジック・ジョンソンからのパスを受けてダンクを決める身体能力はもちろん、レイカーズ屈指のアウトサイドシューターとして3ポイントシュートを高確率で決めることもできたのです。
オフェンス、ディフェンスの双方でレイカーズのチーム力を底上げしたクーパーの存在なくして、レイカーズの黄金期はなかったと言っても過言ではないかもしれない。
そう思わせるほどの実力を持った選手でした。
“ショータイム”・レイカーズで5度のNBA制覇に貢献
マイケル・クーパーを語る上で、「ショータイム・レイカーズ」という前説のチームの存在は語らずにはいられません。
1980年代のNBAといえば、マジック・ジョンソンとラリー・バードという2人の天才がリーグを席巻した時代。
特にマジック・ジョンソン率いるレイカーズは、彼の魔法のようなパスワークを中心にとしたまるで“ショー”のような華やかなパフォーマンスで絶大な人気を誇り、わずか10年の間に5度のNBA制覇を果たした伝説のチームとして歴史に刻まれています。
そんな“ショータイム”・レイカーズを代表する選手といえば、チームの中心「マジック・ジョンソン」と歴代屈指のセンター「カリーム・アブドゥル=ジャバー」ですが、その2人と同じくらい欠かせない選手としてチームを支えていたのが「マイケル・クーパー」だったのです。
特にライバルであったラリー・バード率いるボストン・セルティックスとの試合では、クーパーは相手エースの「ラリー・バード」や司令塔の「デニス・ジョンソン」とマッチアップしながら圧倒的なディフェンスを披露。
1978年のNBAドラフトでは3巡目全体60位というかなり低い順位で指名を受けた背番号「21」は、ある意味NBAの歴史を大きく変えてしまったほどのドラフトスティール(低順位でスター選手を引き当てること)だったと言えるかもしれませんね!
シックスマンとして史上初の「DPOY(最優秀守備選手賞)」受賞
マイケル・クーパーのディフェンス力を最も象徴する偉業の1つが「DPOY(最優秀守備選手賞)」でしょう。
ただ忘れてはいけないのが、彼の場合はただの受賞ではなく、「シックスマン」という立場での史上初の受賞者だったのです。
そもそも「DPOY(最優秀守備選手賞)」は得点に直結するゴール下でのシュート阻止が目立つビッグマンの方が受賞しやすい傾向にあり、実際NBAの長い歴史の中でもガードの選手が受賞した年は数えるほどしかありません。
そんな中、スタメンですらないガードの選手が受賞しているわけですから、マイケル・クーパーという男のディフェンス力がどれほど印象的だったかは言うまでもないでしょう。笑
ディフェンシブガードの存在価値は時代が進むにつれて高くなっているので、異なる時代の選手たちを比較するのは難しいですが、クーパーがゲイリー・ペイトンやマーカス・スマートらと並んで歴代屈指の実力者だったことは間違いありませんね。
まとめ
今回は、レイカーズの5度の優勝に貢献したディフェンシブガード「マイケル・クーパー」についてご紹介しました。
いかがでしたか?
マジック・ジョンソンやカリーム・アブドゥル=ジャバーの影に隠れて印象が薄くなりがちな選手ではありますが、ショータイム・レイカーズにとって必要不可欠な存在であったマイケル・クーパー。
そのディフェンス力は歴代屈指であり、ラリー・バードの口から「自分を守った中で最高のディフェンダー」と評されたことが彼の実力の高さを物語っていると言えるでしょう。
特に1987年のNBAファイナルにおけるマイケル・クーパーのディフェンスは圧巻ですので、まだ観たことのない方はこの機会にぜひ観に行ってみてくださいね!
他のNBAレジェンドについても、彼らが「レジェンド」として語り継がれる理由を語った記事がありますので、気になるNBAレジェンドがいる方はサイトホームから選手名を検索していただければと思います。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!