皆さんは「アマレ・スタウダマイヤー」という選手をご存知でしょうか?
フェニックス・サンズで全盛期を過ごしたスターであり、2026年2月にはバスケットボール殿堂入りを果たすなど、正真正銘のNBAレジェンドです。
ただ、一線で活躍していたのが2000年代の選手とあって、最近NBAを見始めたばかりの方は現役時代のプレーを知らないのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんなアマレ・スタウダマイヤーが現役時代どんな選手だったのかについてご紹介していこうと思います。
彼が残した功績や偉業をもとに、2016年からNBAを見まくっている僕の視点から「アマレ・スタウダマイヤー」がNBAレジェンドと称される理由を語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
サンズで活躍した2000年代を代表する“走れるビッグマン”
ヤオ・ミンやカロン・バトラーなどのいぶし銀な名選手たちが指名された2002年NBAドラフトにて、期待の高卒選手として全体9位でフェニックス・サンズに加入した「アマレ・スタウダマイヤー」。
身長208cm、体重107kgという恵まれた体格と、驚異的な跳躍力にガード顔負けのスピードという天性のフィジカルを併せ持っていたスタウダマイヤーは、全盛期にはティム・ダンカンやケビン・ガーネットといったレジェンドたちとリーグNo.1フォワードの座を争うほどの実力を持っていました。
「Standing Tall And Talented(背が高く才能がある)」の頭文字をとった“S.T.A.T.(スタット)”というシンプルな愛称が、彼の凄さを物語っている気がしますよね。笑
リーグ屈指の実力を持っていた一方で、怪我に苦しめられるキャリアを送った選手としても有名で、キャリアの終盤は試合出場もままならないような状況に。
ただ、それでもサンズ時代のスタウダマイヤーはリーグ屈指の“走れるビッグマン”であり、2000年代のNBAを語る上では欠かせない、歴史に名を刻んだNBAレジェンドであることは間違いないでしょう!
【NBA時代の主な功績】
オールスターゲーム:6回(2005, 2007〜2011)
オールNBAチーム
・ファーストチーム:1回(2007)
・セカンドチーム:4回(2005, 2008, 2010, 2011)
新人王:2003
【プレースタイル】ピック&ロールが得意な「アスレチックビッグ」
2000年代を代表するインサイドプレイヤーの1人であったアマレ・スタウダマイヤーですが、そのプレースタイルを一言で表現するならば「アスレチックビッグ」でしょう。
強いフィジカルと圧倒的な身体能力で相手の上からダンクを叩き込む姿は、まさに理想的なNBA選手のプレーと言えるものです。
非常に効率良く得点する選手としても知られ、相棒のスティーブ・ナッシュとの「ピック&ロール」は分かっていても止められない必殺技の1つ。
速攻を先頭で走り抜くことができるほどの走力も併せ持っていて、速攻でも絶好のパスターゲット&フィニッシャーとして活躍していました。
しかも、フリースローもある程度上手かったので、ファウルで止めることもできなかったんですよね。
怪我がちなことと、身体能力にしてはブロックが苦手だったことが欠点ではあったものの、相手チームにとっては非常に守るのが難しい厄介な選手だったことは間違いないでしょう!
革命的な戦術“7秒オフェンス”のマストピースに
アマレ・スタウダマイヤーのキャリアを語る上で、フェニックス・サンズ時代に体現した革命的な戦術「7秒オフェンス」について話さないわけにはいきません。
「7秒オフェンス」とは“名将”マイク・ダントーニがか初した、その名の通りオフェンスを7秒以内に完結させるというもの。
それまで1on1スキルが重視され、ローペースな試合展開が一般的だったNBAにおいて、「7秒オフェンス」という速攻とパスワークを主軸に置いたオフェンスは革命的だったことでしょう。
スティーブ・ナッシュという広大や視野と類稀なパスセンスを持った司令塔の存在によって完成したこの戦術において、アマレ・スタウダマイヤーはナッシュからのパスを受けてシュートを決めるという非常にシンプルな役割を担当。
数年間にわたってリーグトップクラスの成績を残し続けたフェニックス・サンズにおいて、アマレ・スタウダマイヤーが替えの効かない必要不可欠な存在だったことは間違いないでしょう。
“S.T.A.T.”アマレ・スタウダマイヤーが成した偉業2選
ここまでお読みいただいた方には、アマレ・スタウダマイヤーが偉大な選手であることは分かっていただけたのではないでしょうか?
さて続いては、そんなスタウダマイヤーが殿堂入りした理由でもある2つの偉業について語っていきたいと思います。
偉業その①:高卒選手として初の「新人王」を受賞
アマレ・スタウダマイヤーの偉業1つ目は、高卒選手としては史上初となる「新人王」を受賞したこと。
1年目にして71試合に先発として出場し、1試合平均13.5得点、8.8リバウンド、1.1ブロックを記録したスタウダマイヤーは、ドラフト1位指名を受けたヤオ・ミンを抑えての受賞となりました。
ケビン・ガーネットやコービー・ブライアント、ドワイト・ハワードといった高卒からスターに成り上がった選手たちもすでに多く存在していましたが、これまで「新人王」を受賞したことはなかったんだとか。
スタウダマイヤーの翌年にはレブロン・ジェームズも高卒選手ながら新人王受賞を果たしますが、“史上初”の座に輝いたのはアマレ・スタウダマイヤーであることを覚えておきましょう!
偉業その②:2007年にはオールNBAファーストチーム選出
2007年に選出された「オールNBAファーストチーム」もまたアマレ・スタウダマイヤーの偉業の1つではないでしょうか。
オールNBAファーストチームとは、そのシーズンに最も優れた活躍を残した5人の選手を選出するアワード。
つまり、アマレ・スタウダマイヤーはこの年、NBAでNo.1のセンターになったということですね。
同じ年のセカンドチームに選出されたセンターが「ヤオ・ミン」であることからも、ピーク時のスタウダマイヤーの凄さが分かりますね。
アマレ・スタウダマイヤーがファーストチーム選出を受けたのはこの1年のみですが、たとえわずかな時間であっても世界最高の選手の1人になった功績は偉業と呼ぶに相応しいでしょう。
まとめ
今回は、2000年代を代表する“走れるビッグマン”「アマレ・スタウダマイヤー」をご紹介しました。
いかがでしたでしょうか?
ピーク時のキャリアが短く、歴史的にはやや影が薄くなりがちな選手ではあるものの、一時はリーグ最強のインサイドプレイヤーにまで上り詰めた実力は本物。
その圧倒的な身体能力から繰り出されるスラムダンクは必見ですので、まだ彼のプレーを見たことがない方は、ぜひこの機会に一度ハイライト集などを見てみてくださいね!
他のNBAレジェンドについても、彼らが「レジェンド」として語り継がれる理由を語った記事がありますので、気になるNBAレジェンドがいる方はサイトホームから選手名を検索していただければと思います。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!