皆さんこんにちは!
NBA好きブログライターのおしょうサンドです。
国際バスケットボール連盟(FIBA)によると、全世界のバスケットボールの競技人口はなんと4.5億人。
これはバレーボールの5億人に次いで全スポーツの中で2番目に多い数字です。
一方で、NBAでプレイをすることができる選手はたったの450人。
その確率は脅威の0.0001%。
例えではなく「ほんの一握り」しか所属することができないリーグです。
そんな世界最高峰のリーグに所属するすべての選手たちが求める高み、それが「NBAチャンピオン」。
本物の天才たちが生活のすべてをバスケに注ぎ、それでもなお1度も手が届かない選手がいる頂です。
そこを目指す選手たちが本気でぶつかるからこそ、プレーオフ(NBAの決勝トーナメント)では数多くの伝説が生まれます。
特にその年のチャンピオンを決める戦いである「NBAファイナル」はどの年も世界最高の試合が行われてきました。
その当時の最高の選手、最高のチーム、最高の戦術がぶつかり合うNBAファイナルは、もはやNBAの歴史そのものだと僕は思います。
今回はその中から「NBAファイナル1978 ワシントン・ブレッツ VS シアトル・スーパーソニックス」の対決をご紹介しましょう!
NBAをよく知らないという方にもわかりやすく説明していきますのでぜひ最後までお読みくださいね!
それではティップオフ!!
NBAファイナル1978に出場したチームの背景を知ろう!
1978年NBAファイナルはイースタン・カンファレンスチャンピオンの「ワシントン・ブレッツ」とウエスタン・カンファレンスチャンピオンの「シアトル・スーパーソニックス」の戦いでした。
まずはそれぞれのチームの背景から見ていきましょう!
ワシントン・ブレッツ
1977-78シーズン ファイナルまでの試合成績 | |
レギュラーシーズン | 44勝38敗(カンファレンス3位) |
プレーオフ1回戦 | 2勝0敗(VS アトランタ・ホークス) |
カンファレンス・セミファイナル | 4勝2敗(VS サンアントニオ・スパーズ) |
カンファレンス・ファイナル | 4勝2敗(VS フィラデルフィア・76ers) |
「ワシントン・ブレッツ」はアメリカ合衆国ワシントンD.C.に拠点を置くチームです。
この年のチームはディック・モッタHCのもと、アール・モンローやウェス・アンセルドなどのメンバーを中心に構成されていました。
レギュラーシーズンを勝敗のカンファレンス位で終えると、プレーオフでは1回戦にピート・マラビッチ率いる「アトランタ・ホークス」を、準決勝ではカンファレンス2位の「サンアントニオ・スパーズ」をアップセットし、決勝戦で昨年イーストを制した「フィラデルフィア・76ers」を倒し、NBAファイナルに進みました。
この年優勝を果たしたワシントン・ブレッツがNBAファイナルに至るまでどのようなシーズンを過ごしたのか気になるという方は、こちらの記事もぜひお読みください!
シアトル・スーパーソニックス
1977-78シーズン ファイナルまでの試合成績 | |
レギュラーシーズン | 47勝35敗(カンファレンス4位) |
プレーオフ1回戦 | 2勝1敗(VS ロサンゼルス・レイカーズ) |
カンファレンス・セミファイナル | 4勝2敗(VS ポートランド・トレイルブレイザーズ) |
カンファレンス・ファイナル | 4勝2敗(VS デンバー・ナゲッツ) |
「シアトル・スーパーソニックス」はワシントン州シアトルに拠点を置くチームです。
この年のチームはジャック・シクマやデニス・ジョンソンなどのオールスターメンバーを中心に構成されていました。
レギュラーシーズンを勝敗のカンファレンス位で終えると、プレーオフでは1回戦にカリーム・アブドゥル=ジャバー率いる「ロサンゼルス・レイカーズ」を、準決勝では昨年王者の「ポートランド・トレイルブレイザーズ」を、決勝戦でデビッド・トンプソンやダン・イッセルの「デンバー・ナゲッツ」を倒し、NBAファイナルに進みました。
NBAファイナル1978の出場選手・ロスター
次にNBAファイナル1978で各チームに所属していた選手達を見ていきましょう!
ワシントン・ブレッツの出場選手一覧
表は左方向にスクロールすることが可能です。
ポジション | 背番号 | 名前 | 身長(cm) | 体重(kg) | 生年月日 |
SF | 10 | ボブ・ダンドリッジ(Bob Dandridge) | 198 | 88 | 1947年11月15日 |
SG | 15 | チャールズ・ジョンソン(Charles Johnson) | 183 | 77 | 1949年3月31日 |
PF | 11 | エルヴィン・ヘイズ(Elvin Hayes) | 206 | 107 | 1945年11月17日 |
SF | 42 | グレッグ・バラード(Greg Ballard) | 201 | 98 | 1955年1月29日 |
C | 44 | ジョー・ペース(Joe Pace) | 208 | 100 | 1953年12月18日 |
SF | 35 | ケヴィン・グレビー(Kevin Grevey) | 196 | 95 | 1953年5月12日 |
PG | 32 | ラリー・ライト(Larry Wright) | 185 | 73 | 1954年11月23日 |
PF | 25 | ミッチ・カプチャック(Mitch Kupchak) | 206 | 104 | 1954年5月24日 |
SG | 45 | フィル・シェニエ(Phil Chenier) | 191 | 82 | 1950年10月30日 |
SG | 20 | フィル・ウォーカー(Phil Walker) | 191 | 82 | 1956年3月20日 |
PG | 14 | トム・ヘンダーソン(Tom Henderson) | 191 | 86 | 1952年1月26日 |
C | 41 | ウェス・アンセルド(Wes Unseld) | 201 | 111 | 1946年3月14日 |
PG | ポイントガード |
SG | シューティングガード |
SF | スモールフォワード |
PF | パワーフォワード |
C | センター |
シアトル・スーパーソニックスの出場選手一覧
表は左方向にスクロールすることが可能です。
ポジション | 背番号 | 名前 | 身長(cm) | 体重(kg) | 生年月日 |
SF | 30 | アル・フレミング(Al Fleming) | 201 | 98 | 1954年4月5日 |
SF | 45 | ブルース・シールズ(Bruce Seals) | 203 | 95 | 1953年6月18日 |
PF | 20 | ディーン・トルソン(Dean Tolson) | 203 | 86 | 1951年11月25日 |
SG | 24 | デニス・ジョンソン(Dennis Johnson) | 193 | 84 | 1954年9月18日 |
SG | 32 | フレッド・ブラウン(Fred Brown) | 191 | 83 | 1948年8月7日 |
PG | 1 | ガス・ウィリアムズ(Gus Williams) | 188 | 79 | 1953年10月10日 |
PF | 43 | ジャック・シクマ(Jack Sikma) | 211 | 104 | 1955年11月14日 |
SG | 10 | ジョー・ハセット(Joe Hassett) | 195 | 81 | 1955年9月11日 |
SF | 27 | ジョン・ジョンソン(John Johnson) | 201 | 91 | 1947年10月18日 |
C | 40 | マービン・ウェブスター(Marvin Webster) | 216 | 102 | 1952年4月13日 |
C | 23 | マイク・グリーン(Mike Green) | 208 | 91 | 1951年8月6日 |
PF | 35 | ポール・サイラス(Paul Silas) | 201 | 100 | 1943年7月12日 |
PG | 13 | スリック・ワッツ(Slick Watts) | 85 | 79 | 1951年7月22日 |
SF | 42 | ウォーリー・ウォーカー(Wally Walker) | 201 | 86 | 1954年7月18日 |
SF | 42 | ウィリー・ワイズ(Willie Wise) | 195 | 95 | 1947年3月3日 |
PG | ポイントガード |
SG | シューティングガード |
SF | スモールフォワード |
PF | パワーフォワード |
C | センター |
NBAファイナル1978のシリーズ概要
それではいよいよNBAファイナル1978の試合の結果を見ていきましょう!
1977-78シーズンのNBAチャンピオンは「ワシントン・ブレッツ」。
チームとしては史上初の優勝となりました。
対戦成績は4勝3敗。
詳細な試合結果は以下のとおりです。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム |
---|---|---|---|---|
1 | 5月21日 | ワシントン・ブレッツ | 102-106 | シアトル・スーパーソニックス |
2 | 5月25日 | シアトル・スーパーソニックス | 98-106 | ワシントン・ブレッツ |
3 | 5月28日 | シアトル・スーパーソニックス | 93-92 | ワシントン・ブレッツ |
4 | 5月30日 | ワシントン・ブレッツ | 120-116 | シアトル・スーパーソニックス |
5 | 6月2日 | ワシントン・ブレッツ | 94-98 | シアトル・スーパーソニックス |
6 | 6月4日 | シアトル・スーパーソニックス | 82-117 | ワシントン・ブレッツ |
7 | 6月7日 | ワシントン・ブレッツ | 105-99 | シアトル・スーパーソニックス |
ファイナルMVPは「ウェス・アンセルド」。
リバウンドやスクリーンアウトなどの泥臭い役割に徹し、チームに多大な貢献をしたアンセルドは自身初のファイナルMVPに輝きました。
NBAファイナル1978の試合の概要
ここからは試合のさらに詳細な流れをお伝えしていきます。
ワシントン・ブレッツの黄金期が始まったシーズンのNBAファイナルを一緒に見ていきましょう!
第1戦(102-106 シアトル・スーパーソニックス Win)
NBAファイナルの1回戦はシアトル・スーパーソニックスのホーム「シアトル・センター・コロシアム」で始まりました。
カンファレンス3位のブレックスとカンファレンス4位のスーパーソニックスによる決勝戦という下剋上の果てに誕生したこのマッチアップ。
試合は序盤からアウェイのブレッツがスーパーソニックスを突き放しにかかります。
第1Qで6点のリードで終えると、その後もリードを広げ続け、第4Qが始まる頃には11点の差が開いていました。
しかし第4Qに入るとスーパーソニックスが反撃を開始。
この日30得点のフレッド・ブラウンが残り9分から16得点を決める活躍でブレッツを圧倒し、スーパーソニックスを勝利に導きました。
ブレッツはケヴィン・グレビーがチームハイの27得点を記録しました。
第2戦(98-106 ワシントン・ブレッツ Win)
スーパーソニックスリードで迎えた第2戦。
この日ブレッツを救ったのはこの日わずか2得点を記録したウェス・アンセルドでした。
アンセルドは得点こそからっきしだったものの、スーパーソニックスの若手であるマービン・ウェブスターやジャック・シクマをそれぞれ10点と12点に抑え込み、自身は15リバウンド5アシスト3スティールを記録してブレッツを波に乗らせませんでした。
一方スーパーソニックスはボブ・ダンドリッジが34得点、エルヴィン・ヘイズが25得点、トム・ヘンダーソンが20得点と十分すぎる援護射撃をし、試合を終始リードして進め勝利しました。
第3戦(93-92 シアトル・スーパーソニックス Win)
1-1のタイで迎えた第3戦。
この試合はシリーズ屈指の接戦となります。
第2戦でアンセルドに抑え込まれたインサイドを改善するために、ブレッツはベテランのポール・サイラスを投入し、シクマやウェブスターら若手をサポート。
さらにデニス・ジョンソンがこの試合驚異の7ブロックとマークマンのケヴィン・クレヴィを完璧に抑え、スーパーソニックスのわずかなリードを保ちました。
しかし試合残り10秒でデニスのスローインをブレッツのトム・ヘンダーソンがスティールしそのまま速攻で得点したことで92-93と点差はついに1点に。
次のスローインはポール・サイラスでしたが、緊張からかスローインの際にベースラインを踏んでしまいまたもブレッツボールとなります。
スーパーソニックスがホームで大逆転を喫するかと思われましたが、ボブ・ダンドリッジが放ったラストショットが運よくはずれ、スーパーソニックスは命拾いする形で勝利を掴みました。
第4戦(120-116 ワシントン・ブレッツ Win)
再度スーパーソニックスリードで迎えた第4戦。
舞台はシアトルに戻りますが、この日の試合はスーパーソニックスのホームアリーナである「シアトル・センター・コロシアム」の都合で使用できなかったため、それよりはるかにキャパシティが大きい「シアトル・キングドーム」で行われました。
そのためこの日の観客動員数は39,457人と当時のNBAでは驚異的な数字を記録しました。
そんな中始まった試合はファンの声援に押され前半はスーパーソニックスがリードを広げる展開に。
そのまま勝利もあるかと思われましたが、第3Q中盤にデニス・ジョンソンが接触で肋骨を痛め一時ベンチに下がるとブレッツが点差を縮め始めます。
そして試合終盤ついにブレッツが逆転しに成功。
しかしここでデニス・ジョンソンが試合に復帰しアリーナは大歓声に包まれました。
ジョンソンはコートに戻るとすぐに同点のシュートを決め、さらにリバウンドでのプッシングファールを奪い103-104と逆転し返します。
一方ブレッツは先ほどブロックされたボブ・ダンドリッジが意地の3点プレイを決めすぐさまブレッツが再逆転。
試合時間は残り2秒でブレッツの勝利が決まったかに思われましたが、フレッド・ブラウンが土壇場で同点のシュートを決め試合は延長戦に突入します。
延長戦ではスーパーソニックスが同点に追いついた勢いそのままに勝つかと思われましたが、ブレッツの伏兵チャールズ・ジョンソンがスーパーソニックスに止めとなるシュートを決め、大勢のスーパーソニックスファンの前でブレッツが大きな勝利を収めました。
第5戦(94-98 シアトル・スーパーソニックス Win)
またも2-2のタイで迎えた第5戦。
会場はシアトル・センター・コロシアムに戻って行われました。
試合は前半でホームのスーパーソニックスが第2Qに11点のリードを奪って前半を折り返し、後半はそのリードを守り抜くことで勝利しました。
この日スーパーソニックスはフレッド・ブラウンがベンチから26得点を奪う活躍でチームのリードを広げました。
一方ブレッツはボブ・ダンドリッジが21得点10リバウンド、アンセルドが13得点14リバウンドと揃ってダブルダブルを記録しましたが、勝利には届きませんでした。
第6戦(82-117 ワシントン・ブレッツ Win)
スーパーソニックスが再三のリードを奪って迎えた第6戦。
舞台はブレッツのホーム「キャピタル・センター」に移ります。
この日はブレッツのディック・モッタHCの采配が光る試合となりました。
負傷したケヴィン・グレヴィの代わりにグレッグ・バラードをスモールフォワードとして先発させ、代わりにエースのボブ・ダンドリッジをスモールフォワードとして起用。
これがどハマりし、前半から17点差をつけて折り返すと後半にはブレッツが覚醒。
後半だけで70得点を記録してスーパーソニックスを粉砕すると大差で勝利しました。
この日の35点差での勝利は当時のNBAファイナル記録です。
この日のブレッツはベンチが躍動しており、ベンチから63得点を記録。
スーパーソニックスのベンチが32得点だったため、ベンチの時間で31点の差がついた試合となりました。
第7戦(105-99 ワシントン・ブレッツ Win)
運命の第7戦。
舞台はスーパーソニックスのホーム「シアトル・センター・コロシアム」。
ここまで交互に3勝ずつを記録しており、この試合はホームでもあり手番でもあるスーパーソニックスが有利と考えられていました。
しかし第7戦というのはやはり特別なものなのか、ここまでスーパーソニックスを引っ張ってきたNBA2年目のデニス・ジョンソンが14本のシュートを全て外す大乱調。
試合は終始ブレッツリードで進みます。
それでもホームで優勝を決めたいスーパーソニックスはインサイド陣がデニスの不調を補う活躍で点差を広げさせず、残り9秒で101-97と4点差まで詰め寄ります。
さらにその後の攻撃でフレッド・ブラウンのミスショットをシクマが押し込み点差は2点に。
しかし直後、アンセルドがインサイドでファールを奪いフリースロー2本を獲得。
レギュラーシーズン55%のアンセルドでしたが、この土壇場で強心臓を発揮し2本とも沈めたことでスーパーソニックスの逆転のチャンスをほぼ消しました。
最後はボブ・ダンドリッジがダンクを決め試合終了。
ワシントン・ブレッツが敵地で決戦を制し、チーム初となる優勝を決めました。
まとめ
今回は「NBAファイナル1978 ワシントン・ブレッツ VS シアトル・スーパーソニックス」の対決をご紹介しました。
いかがだったでしょうか?
どちらも本命ではない両チームでしたが若くして実力のある選手が揃っており、非常に見応えのあるファイナルとなりました。
この2チームはこの年の経験を経て一皮も二皮も剥け、来年は強豪同士となって再度ファイナルで激突することとなります。
やはりNBAファイナルはドラマがあって面白いですね!
他の年のNBAファイナルも同じように紹介していますので、ぜひそちらもご覧ください!
それではまた次の記事でお会いしましょう!