1980年代を代表するスーパースターであり、史上最高のスラムダンカーの1人であるドミニク・ウィルキンス。
その類稀な身体能力から繰り出されるダイナミックなダンクシュートは、後世のプレイヤーたちに多大な影響を与えたと言われています。
この記事ではそんなドミニク・ウィルキンスについてご紹介します。
プロフィールやプレイスタイルはもちろん、着用バッシュ、やキャリアスタッツについても詳しく解説しますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
目次
【プロフィール】“ヒューマンハイライトフィルム”ドミニク・ウィルキンスってどんな選手?
1980年代〜1990年代を代表するレジェンドであるドミニク・ウィルキンス。
実際にその頃のNBAを見たことがある方はほとんどいないでしょうから、彼の名前は知っていてもどんな選手だったのかは知らないという方も多いでしょう。
そこでまずは、ドミニク・ウィルキンスのプロフィールをご紹介していこうと思います。
2度のスラムダンクコンテスト優勝を誇る歴代最高ダンカーの1人
ドミニク・ウィルキンスは主にアトランタ・ホークスのエースとして活躍し、キャリア通算26,668点で歴代19位(2026年3月1日時点)にランキングされる史上最高のスモールフォワードの1人です。
テクニックで得点を取ることが主流だった時代にウィルキンスの迫力満点なダンクシュートはファンの心を鷲掴みにし、毎試合ハイライトを生み出すことから“ヒューマンハイライトフィルム”というニックネームで愛されていました。
ダンクの実力だけで言えば間違いなく世界最高峰で、特にマイケル・ジョーダンと戦った2度のスラムダンクコンテストは現在でも史上最高のダンクコンテストとして語り継がれています。
キャリアで9度のオールスター、7度のオールNBAチーム選出、1度の得点王、2度のダンクコンテスト優勝という輝かしい実績を残し、2006年に殿堂入りを果たしたドミニク・ウィルキンス。
アキレス腱断裂という大怪我に悩まされたキャリアではあったものの、その芸術的なダンクと共に構成に語り継がれるに相応しいレジェンドであることは間違いないでしょう。
最大の功績!?多彩なパフォーマンスでダンクの常識を変えた男
ドミニク・ウィルキンスは当然1人の選手としてもNBAトップクラスの実力を誇っていましたが、それだけでは彼のキャリアはここまで偉大なものとして語られてはいないでしょう。
1980年代はマジック・ジョンソンやラリー・バード、マイケル・ジョーダンなどのスーパースターが登場し、NBAが黄金時代へと突入した年代であることはご存知の方も多いと思いますが、それまでのNBAは強固なディフェンスやフックシュートなどのテクニックによる得点がトレンドだった時代。
そこに現れた高い身体能力と空中での突出したバランス感覚でバリエーション豊富なダンクを叩きこむウィルキンスの存在はまさに新時代の幕開けの象徴だったと言えるでしょう。
特に3年遅れてNBAに入ってきたマイケル・ジョーダンとのライバル関係は当時のNBAが世界的なリーグにまで成長した要因の1つであり、特に超満員のシカゴ・スタジアムで行われた1988年のダンクコンテストはNBA史上最高峰の対決として現在でも語り継がれる時代のハイライトの1つとなっています。
ウィルキンスが魅せた数々のダンクは後世のプレイヤーたちに大きく影響を与えており、そのダンクの常識をかえたという功績が彼をより偉大にしていることは間違い無いでしょう。
ドミニク・ウィルキンスのプレイスタイルは?
爆発的なジャンプ力と類稀な身体能力を武器に得点を量産するスコ
やはりダンクコンテストのイメージが強いですが、
アイソレーションからの得点パターンも豊富であり、
ただ、やはり代名詞は身長201cm、
毎試合ハイライトに残るプレーで多くのファンを魅了したウィルキ
「The Human Highlight Film(ヒューマンハイライト)」
着用していたのは1990年代のリーボック製名作バッシュ「ポンプ オムニ ゾーン」
ドミニク・ウィルキンスはNBAの世界においてリーボックの知名度を飛躍的に高めた選手としても知られています。
リーボックが開発した画期的なクッション技術「ザ・ポンプ」が搭載されたバッシュをNBA選手として初めて着用したのがウィルキンスであり、1990年のダンクコンテストでリーボック製のバッシュを着用しながら優勝したことで、リーボックのバッシュは全米から注目を受けるようになりました。
このダンクコンテストにてドミニク・ウィルキンスが着用していたのが、1990年代を代表する名作「ポンプ オムニ ゾーン(Pump Omni Zone)」。
シグネチャーモデルではありませんが、バッシュ好きの間ではもはやウィルキンスといえばこれ!というほどにアイコニックなバッシュとなっていますよ。
復刻版も多く販売されてる現在でも根強い人気を誇るモデルの1つであり、2010年には441足限定という超プレミアで「リーボック ポンプ オムニ ゾーン ドミニク ウィルキンス」という限定モデルもリリースされています。
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ドミニク・ウィルキンスのキャリアスタッツ
最後に、ドミニク・ウィルキンスのキャリアスタッツを「レギュラーシーズン」と「プレイオフ」とに分けてご紹介していこうと思います。
レギュラーシーズン(1982–83シーズン〜1998–99シーズン)
| シーズン | チーム | 出場試合 | スタメン出場 | 出場時間 | フィールドゴール成功率% | 3P成功率% | フリースロー成功率% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1982–83 | ATL | 82 | 82 | 32.9 | .493 | .182 | .682 | 5.8 | 1.6 | 1.0 | .8 | 2.2 | 17.5 |
| 1983–84 | 81 | 81 | 36.6 | .479 | .000 | .770 | 7.2 | 1.6 | 1.4 | 1.1 | 2.7 | 21.6 | |
| 1984–85 | 81 | 81 | 37.3 | .451 | .309 | .806 | 6.9 | 2.5 | 1.7 | .7 | 2.8 | 27.4 | |
| 1985–86 | 78 | 78 | 39.1 | .468 | .186 | .818 | 7.8 | 2.6 | 1.8 | .6 | 3.2 | 30.3 | |
| 1986–87 | 79 | 79 | 37.6 | .463 | .292 | .818 | 6.3 | 3.3 | 1.5 | .6 | 2.7 | 29.0 | |
| 1987–88 | 78 | 76 | 37.8 | .464 | .295 | .826 | 6.4 | 2.9 | 1.3 | .6 | 2.8 | 30.7 | |
| 1988–89 | 80 | 80 | 37.5 | .464 | .276 | .844 | 6.9 | 2.6 | 1.5 | .7 | 2.3 | 26.2 | |
| 1989–90 | 80 | 79 | 36.1 | .484 | .322 | .807 | 6.5 | 2.5 | 1.6 | .6 | 2.2 | 26.7 | |
| 1990–91 | 81 | 81 | 38.0 | .470 | .341 | .829 | 9.0 | 3.3 | 1.5 | .8 | 2.5 | 25.9 | |
| 1991–92 | 42 | 42 | 38.1 | .464 | .289 | .835 | 7.0 | 3.8 | 1.2 | .6 | 2.9 | 28.1 | |
| 1992–93 | 71 | 70 | 37.3 | .468 | .380 | .828 | 6.8 | 3.2 | 1.0 | .4 | 2.6 | 29.9 | |
| 1993–94 | 49 | 49 | 34.4 | .432 | .308 | .854 | 6.2 | 2.3 | 1.3 | .4 | 2.3 | 24.4 | |
| LAC | 25 | 25 | 37.9 | .453 | .247 | .835 | 7.0 | 2.2 | 1.2 | .3 | 2.4 | 29.1 | |
| 1994–95 | BOS | 77 | 64 | 31.5 | .424 | .388 | .782 | 5.2 | 2.2 | .8 | .2 | 2.1 | 17.8 |
| 1996–97 | SAS | 63 | 26 | 30.9 | .417 | .293 | .803 | 6.4 | 1.9 | .6 | .5 | 2.1 | 18.2 |
| 1998–99 | ORL | 27 | 2 | 9.3 | .379 | .263 | .690 | 2.6 | .6 | .1 | .0 | 0.9 | 5.1 |
キャリア終盤こそさまざまなチームを転々とすることになったドミニク・ウィルキンスですが、全盛期はやはり合計12シーズンを過ごしたアトランタ・ホークスでしょう。
1985-86シーズン〜1943-94シーズンまでの9シーズン連続でオールスターに選出された経歴をもち、平均30.3得点を記録した1985-86シーズンにはキャリア唯一の得点王を受賞しています。
ただ、平均得点のキャリアハイを記録したのは1987–88シーズンであり、この年MVPを受賞したマイケル・ジョーダンに惜しくも得点王の座を譲ったものの、ライバル同士として見られていた2人の熾烈な得点王争いはNBAを大いに盛り上げました。
プレイオフ(計10シーズン)
| シーズン | チーム | 出場試合 | スタメン出場 | 出場時間 | フィールドゴール成功率% | 3P成功率% | フリースロー成功率% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1983 | ATL | 3 | 3 | 36.3 | .405 | 1.000 | .857 | 5.0 | .3 | .7 | .3 | 3.3 | 15.7 |
| 1984 | 5 | 5 | 34.4 | .417 | .000 | .839 | 8.2 | 2.2 | 2.4 | .2 | 3.0 | 19.2 | |
| 1986 | 9 | 9 | 40.0 | .433 | .439 | .861 | 6.0 | 2.8 | 1.0 | .2 | 3.3 | 28.6 | |
| 1987 | 9 | 9 | 40.0 | .410 | .415 | .892 | 7.8 | 2.8 | 1.8 | .9 | 2.9 | 26.8 | |
| 1988 | 12 | 12 | 39.4 | .457 | .222 | .768 | 6.4 | 2.8 | 1.3 | .5 | 2.5 | 31.2 | |
| 1989 | 5 | 5 | 42.4 | .448 | .294 | .711 | 5.4 | 3.4 | .8 | 1.6 | 2.4 | 27.2 | |
| 1991 | 5 | 5 | 39.0 | .372 | .133 | .914 | 6.4 | 2.6 | 1.8 | 1.0 | 2.2 | 20.8 | |
| 1993 | 3 | 3 | 37.7 | .427 | .250 | .767 | 5.3 | 3.0 | 1.0 | .3 | 3.3 | 30.0 | |
| 1995 | BOS | 4 | 4 | 37.5 | .426 | .471 | .889 | 10.8 | 2.0 | .5 | .8 | 2.3 | 19.0 |
| 1999 | ORL | 1 | 0 | 3.0 | .500 | .000 | .000 | .0 | .0 | .0 | .0 | 0.0 | 2.0 |
1980年代のNBAは群雄割拠であり、いかにドミニク・ウィルキンスが偉大な選手といえど、プレイオフで成果を上げるのは非常に難しいことでした。
マイケル・ジョーダンですら1990年代に入るまでNBA優勝どころかNBAファイナルに進出することすらできておらず、マジック・ジョンソンのロサンゼルス・レイカーズやラリー・バードのボストン・セルティックス、アイザイア・トーマスらの”バッドボーイ”ピストンズによって支配されていたのです。
さらに1990年代に入ってからはシカゴ・ブルズの王朝が始まっており、ドミニク・ウィルキンスのように実力者ながらNBA優勝を経験していない猛者は数多くいます。
それでも、ドミニク・ウィルキンスはプレイオフになるとギアを上げる選手として知られており、チームは敗北したもののウィルキンスが孤軍奮闘した試合は数え切れません。
まとめ
毎試合ハイライトダンクを連発することから、“ヒューマンハイライトフィルム”というニックネームで親しまれた「ドミニク・ウィルキンス」。
オールスター選出や得点王受賞などの偉大なキャリアを歩みながらも、群雄割拠の時代に埋もれ、ついにNBA優勝を果たすことができずに引退することとなったレジェンドでもあります。
それでも、マイケル・ジョーダンと争った史上最高峰のダンクコンテストや彼が生み出した数々のダンクシーンのハイライトは、選手やファンによって後世に引き継がれるに相応しいでしょう。
特に1990年の伝説のダンクコンテストはバスケ好きなら一度は見て見てほしい動画ですので、まだ見たことがないという方はぜひ一度YouTubeで検索をして見てくださいね!