NBA伝説の男たち

ヤオ・ミン|"歩く万里の長城”の異名を持つNBAにおけるアジア人選手の先駆者

2016年にバスケットボール殿堂入りを果たしたレジェンド「ヤオ・ミン」。

229cmという規格外の身長を誇る中国出身の選手であり、怪我によってわずか8年でNBAキャリアを終えてしまったものの、全盛期にはあのシャキール・オニールと並んでリーグ最強センターを争うほどの実力を持ったプレイヤーでした。

NBAファンであれば一度はその名を耳にしたことがあるほどに有名な選手ですが、最近NBAを見始めたばかりの方はその実力をあまりよく知らないケースの多いのではないでしょうか?

 

そこでこの記事では、そんな「ヤオ・ミン」が現役時代にどんな選手だったのかを詳しくご紹介していこうと思います。

彼が残した功績やプレースタイルなどを交えてヤオ・ミンの魅力を語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!

 

NBAにおけるアジア人評価を高めた偉大な開拓者

アマレ・スタウダマイヤーやカロン・バトラー、カルロス・ブーザーといった数々の名選手たちを輩出した2002年NBAドラフト。

その中で、多くのアメリカ人選手たちを差し置いてヒューストン・ロケッツから全体1位指名を受けた人物こそが、この記事の主人公である「ヤオ・ミン」でした。

中国のプロバスケットボール選手だった両親の愛大に生まれたヤオ・ミンは、その巨体と類稀なスキルを評価され、外国人として市場春となるドラフト全体1位指名を受けつこととなったオンです。

 

自分から望んで全体1位指名になったわけではないものの、その重圧は計り知れず、少しでも良く無いプレーをすれば「アジア人」という理由だけで批判を受ける日々。

ただ、それでも諦めることなく活躍を続け、ジェレミー・リンや渡邊雄太、八村塁といったのちのアジア系の選手たちのNBA挑戦のハードルを下げたのです。

 

オールスターやオールNBAチームなど数々の個人賞を受賞したヤオ・ミンですが、「アジア人」と呼ばれる選手たちの評価を高め、道を切り開く、そんな彼の偉大なキャリアこそが彼をレジェンドと呼ぶ大きな理由だとえるでしょう。

さてここからは、そんなアジア人評価を覆した“開拓者”とも言えるヤオ・ミンがいったいどんなキャリアを送ったのかなどについて一緒に詳しく見ていけたらと思います。

 

229cmの巨体と卓越したシュートスキルでインサイドを支配したセンター

2m超えの選手たちがゴロゴロ在籍するNBAにおいて文字通り頭ひとつ抜けたような圧倒的な存在感を誇り、彼の出身地も相まって”歩く万里の長城”という異名を持っていたセンター「ヤオ・ミン」。

身長229cm、体重114kgという巨体でありながら、高確率のミドルシュートやフックシュートなどの卓越したシュートスキルを併せ持ち、全盛期にはあの怪物センター「シャキール・オニール」と互角に渡り合うことができた数少ない選手の1人としても知られています。

 

実働キャリア8シーズンで8度のオールスター選出、5度のオールNBAチーム選出という輝かしい功績を持ち、アジア出身の選手としては最も成功したプレイヤーであることは間違いないでしょう。

キャリア晩年は怪我によってほとんど試合に出ることができなかったシーズンを送ることになってしまったものの、キャリアの全てを捧げた彼の功績を讃え、ヒューストン・ロケッツはヤオ・ミンが着用した背番号「11」を永久欠番に指定しました。

 

【ヤオ・ミンの主な功績】

オールスター:8回(2003〜2009, 2011)

オールNBAチーム
・セカンドチーム:2回(2007, 2009)
・サードチーム:3回(2004, 2006, 2008)

 

怪我によりわずか8年で終わってしまったNBAキャリア

アジア人選手のパイオニアとして輝かしい活躍を残したヤオ・ミンですが、怪我によってキャリアが非常に短命になってしまった選手としても知られています。

最も深刻だったのは左足の「ストレス骨折」であり、229cm、114kgというヤオ・ミンの巨体を支えていた足が負担に耐えきれなくなってしまうというどうしようもないもの。

 

キャリア4年目以降に何度も手術とリハビリを繰り返し、最終的には2009年のカンファレンス・セミファイナルで起きた大怪我によって2009–10シーズンに全休をし、その後はうまく復帰が叶わず引退することとなってしまいました。

全盛期には当時リーグ屈指のスター選手だったトレイシー・マグレディと強力なデュオを組んでいただけに、怪我さえなければプレイオフでの成績もより良いものになっていたかもしれないと思うと悔やまれますね、、、。

 

巨体によるフィジカルプレーだけじゃない!
“歩く万里の長城”ヤオ・ミンのプレーの魅力3選

ここまでお読みいただいた方には、ヤオ・ミンがどんなキャリアを送った選手だったのかはわかっていただけたのではないでしょうか?

最後は、よりヤオ・ミンのプレースタイルに着目し、巨体によるフィジカルプレーを得意とする選手だと思われがちな彼のプレーの魅力を3つ厳選してお伝えしていこうと思います。

 

プレーの魅力①:高いバスケIQとパスセンス

ヤオ・ミンのプレーの魅力1つ目は「高いバスケIQとパスセンス」。

当然ポイントガードのようなゲームメイクができるわけではありませんでしたが、味方のカッティングに合わせてパスを出したり、コーナーでフリーになっている選手にパスを捌いたりと味方を生かすプレーも一流でした。

 

229cmのヤオ・ミンをなんとか止めるために相手チームは2人がかりでヤオ・ミンにプレッシャーをかけてきますが、ヤオ・ミンは難なくパスを捌いて味方をアシストしてしまうため、ディフェンからすると厄介この上ない選手だったことは間違いないでしょう。

 

プレーの魅力②:代名詞「シャンハイ・シェイク」

プレーの魅力2つ目は、ヤオ・ミンの代名詞とも言える「シャンハイ・シェイク」です。

ゴールしたで多彩なフットワークから繰り出されるポストムーブの総称であり、かの有名なポストムーブの使い手・アキーム・オラジュワンの必殺技「ドリーム・シェイク」にちなんで名付けられました。

誰が最初に言ったのかはわかりませんが、ヤオ・ミンの出身地を交えたネーミングには非常にセンスを感じますよね。笑

 

229cmの巨体から繰り出されるスピンやフェイクはディフェンスからすればそれだけで脅威であり、滑らかな動きから淡々とゴール下のシュートを決める続けるプレーが印象的でした。

 

プレーの魅力③:高精度のフリースロー

ヤオ・ミンのプレーの魅力3つ目は「高確率のフリースロー」。

一般的に身長が高い手は手に対してボールが小さすぎるという理由でフリースローを苦手としている選手が多い傾向にありますが、ヤオ・ミンは圧倒的な身長を持ちながら繊細なシュートタッチも兼ね備えた選手でした。

 

ライバルであったシャキール・オニールがフリースローを苦手としていたため、わざとファールをしてシャックにフリースローを打たせる「ハック・ア・シャック」という戦術が誕生しましたが、ヤオ・ミンの場合は逆効果。

ただでさえ得意のフットワークを止めるのが一苦労だというのに、一度ファールをしてしまえばフリースローで点を稼がれてしまうわけですから、ディフェンスからすればかなり対策の難しい選手だったと言えるでしょう。

 

まとめ

今回は2000年代に活躍した中国出身のセンター「ヤオ・ミン」について詳しくご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

2001年にはアメリカ人以外の選手としては初のNBAドラフト全体1位指名を受け、アジア人のパイオニアとしてオールスターやオールNBAチームに選出されるなど輝かしいキャリアを送ったヤオ・ミン。

大きな体でのジャンプやフットワークが足への負担となってしまうことはどうしようもないですが、全盛期は間違いなくリーグ最高のセンターの1人だっただけにどうしても「もし健康な状態だったら、、、」と考えてしまいますね。

 

当然フィジカルは大きな武器ですが、意外にフィジカルに頼らないスキルフルなプレーが多い選手ですので、まだヤオ・ミンのプレーを見たことがない方はぜひこの機会にハイライト集などをご覧になってみてくださいね!

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