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【NBAファイナル1981】ボストン・セルティックス VS ヒューストン・ロケッツ 全6試合の結果や流れを詳しく解説!

皆さんこんにちは!

NBA好きブログライターのおしょうサンドです。

 

国際バスケットボール連盟(FIBA)によると、全世界のバスケットボールの競技人口はなんと4.5億人。

これはバレーボールの5億人に次いで全スポーツの中で2番目に多い数字です。

一方で、NBAでプレイをすることができる選手はたったの450人。

その確率は脅威の0.0001%。

例えではなく「ほんの一握り」しか所属することができないリーグです。

 

そんな世界最高峰のリーグに所属するすべての選手たちが求める高み、それが「NBAチャンピオン」。

本物の天才たちが生活のすべてをバスケに注ぎ、それでもなお1度も手が届かない選手がいる頂です。

 

そこを目指す選手たちが本気でぶつかるからこそ、プレーオフ(NBAの決勝トーナメント)では数多くの伝説が生まれます。

特にその年のチャンピオンを決める戦いである「NBAファイナル」はどの年も世界最高の試合が行われてきました。

その当時の最高の選手、最高のチーム、最高の戦術がぶつかり合うNBAファイナルは、もはやNBAの歴史そのものだと僕は思います。

 

今回はその中から「NBAファイナル1981 ボストン・セルティクス VS ヒューストン・ロケッツ」の対決をご紹介しましょう!

NBAをよく知らないという方にもわかりやすく説明していきますのでぜひ最後までお読みくださいね!

それではティップオフ!!

 

NBAファイナル1981に出場したチームの背景を知ろう!

1981年NBAファイナルはイースタン・カンファレンスチャンピオンの「ボストン・セルティクス」とウエスタン・カンファレンスチャンピオンの「ヒューストン・ロケッツ」の戦いでした。

まずはそれぞれのチームの背景から見ていきましょう!

 

ボストン・セルティクス

1980-81シーズン ファイナルまでの試合成績
レギュラーシーズン 62勝20敗(カンファレンス1位)
プレーオフ1回戦 シード権
カンファレンス・セミファイナル 4勝0敗(VS シカゴ・ブルズ)
カンファレンス・ファイナル 4勝3敗(VS フィラデルフィア・76ers)

 

「ボストン・セルティクス」はマサチューセッツ州ボストンに拠点を置くチームです。

エースは「ラリー・Legend(レジェンド)・バード」。

レギュラーシーズンを62勝20敗のカンファレンス1位で終えると、プレーオフでは準決勝でレジー・セウスらの「シカゴ・ブルズ」を、決勝戦でジュリアス・アービング要する「フィラデルフィア・76ers」を倒し、NBAファイナルに進みました。

 

ヒューストン・ロケッツ

1980-81シーズン ファイナルまでの試合成績
レギュラーシーズン 40勝42敗(カンファレンス5位)
プレーオフ1回戦 2勝1敗(VS ロサンゼルス・レイカーズ)
カンファレンス・セミファイナル 4勝3敗(VS サンアントニオ・スパーズ)
カンファレンス・ファイナル 4勝1敗(VS カンザスシティ・キングス)

 

「ヒューストン・ロケッツ」はテキサス州ヒューストンに拠点を置くチームです。

エースは”Chairman of the Boards(取締役会議長)”「モーゼス・マローン」。

レギュラーシーズンを40勝42敗のカンファレンス位で終えると、プレーオフでは1回戦に若きマジック・ジョンソン要する「ロサンゼルス・レイカーズ」を、準決勝ではジョージ・ガービン率いる「サンアントニオ・スパーズ」を、決勝戦でコットン・フィッチシモンズHC率いる「カンザスシティ・キングス」を倒し、NBAファイナルに進みました。

 

NBAファイナル1981の出場選手・ロスター

次にNBAファイナル1981で各チームに所属していた選手達を見ていきましょう!

 

ボストン・セルティクスの出場選手一覧

表は左方向にスクロールすることが可能です。

ポジション 背番号 名前 身長(cm) 体重(kg) 生年月日
SF 31 セドリック・マックスウェル(Cedric Maxwell) 203 93 1955年11月21日
SG 42 クリス・フォード(Chris Ford) 195 86 1949年1月11日
C 45 エリック・フェルンステン(Eric Fernsten) 208 93 1953年11月1日
PG 43 ジェラルド・ヘンダーソン(Gerald Henderson) 188 79 1956年1月16日
PF 32 ケビン・マクヘイル(Kevin McHale) 208 95 1957年12月19日
PF 33 ラリー・バード(Larry Bird) 206 100 1956年12月7日
SF 30 M・L・カー(M.L. Carr) 198 93 1951年1月9日
C 53 リック・ロービー(Rick Robey) 211 104 1956年1月30日
C 0 ロバート・パリッシュ(Robert Parish) 216 104 1953年8月30日
SG 40 テリー・デュエロド(Terry Duerod) 188 82 1956年7月29日
PG 7 ネイト・アーチボルド(Tiny Archibald) 185 68 1948年9月2日
SG 20 ウェイン・クレクロウ(Wayne Kreklow) 193 79 1957年1月4日

※ G:ガード、F:フォワード、C:センターのこと

 

ヒューストン・ロケッツの出場選手一覧

表は左方向にスクロールすることが可能です。

ポジション 背番号 名前 身長(cm) 体重(kg) 生年月日
PG 30 アレン・リーヴェル(Allen Leavell) 185 77 1957年5月27日
SF 32 ビル・ウィロビー(Bill Willoughby) 203 93 1957年5月20日
PF 5 ビリー・ポールツ(Billy Paultz) 211 107 1948年7月30日
SF 0 カルバン・ギャレット(Calvin Garrett) 201 86 1956年7月11日
PG 23 カルビン・マーフィー(Calvin Murphy) 175 75 1948年5月9日
SF 42 ジョン・ストラウド(John Stroud) 201 98 1957年10月29日
PF 1 リー・ジョンソン(Lee Johnson) 211 93 1957年6月16日
PF 11 メイジャー・ジョーンズ(Major Jones) 206 102 1953年7月9日
SG 10 マイク・ダンリービー(Mike Dunleavy) 190 81 1957年10月29日
C 24 モーゼス・マローン(Moses Malone) 208 98 1955年3月23日
SF 50 ロバート・リード(Robert Reid) 203 93 1955年3月23日
PF 45 ルディ・トムヤノビッチ(Rudy Tomjanovich) 203 99 1948年11月24日
SG 6 トム・ヘンダーソン(Tom Henderson) 191 86 1952年1月26日

※ G:ガード、F:フォワード、C:センターのこと

 

NBAファイナル1981のシリーズ概要

それではいよいよNBAファイナル1981の試合の結果を見ていきましょう!

1980-81シーズンのNBAチャンピオンは「ボストン・セルティクス」。

チームとしては5年ぶり14回目の優勝となりました。

対戦成績は4勝2敗。

詳細な試合結果は以下のとおりです。

試合 日付 アウェイ 結果 ホーム
1 5月5日 ヒューストン・ロケッツ 95-98 ボストン・セルティクス
2 5月7日 ヒューストン・ロケッツ 92-90 ボストン・セルティクス
3 5月9日 ボストン・セルティクス 94-71 ヒューストン・ロケッツ
4 5月10日 ボストン・セルティクス 86-91 ヒューストン・ロケッツ
5 5月12日 ヒューストン・ロケッツ 80-109 ボストン・セルティクス
6 5月14日 ボストン・セルティクス 102-91 ヒューストン・ロケッツ

 

ファイナルMVPは「セドリック・マックスウェル」。

3戦目の勝利に大きく貢献し、セルティクス優勝の立役者となったマックスウェルは自身初となるファイナルMVPを受賞しました。

 

NBAファイナル1981の試合の概要

ここからは試合のさらに詳細な流れをお伝えしていきます。

復活した古豪とカンファレンス5位からの下剋上チームとの戦いとなったNBAファイナルを一緒に見ていきましょう!

 

第1戦(95-98 ボストン・セルティクス Win)

NBAファイナルの1回戦はボストン・セルティクスのホーム「ボストン・ガーデン」で始まりました。

レギュラーシーズンの勝率1位とプレーオフ出場チームの中では勝率最下位のチームが激突捨こととなった非常に珍しいNBAファイナル。

ロケッツは快進撃を続けてきたもののやはりメディアやファンの事前予想ではセルティクスが圧倒的に有利と見られていました。

しかし予想とは裏腹に、第1戦はの序盤はロケッツがペースを握る展開となります。

マローンがセルティクスのインサイドに果敢に挑みリバウンドをもぎ取ると、この日好調だったロバート・リードが次々に得点を決めチームを牽引。

前半終了時点で57-51とロケッツが6点リードで前半を折り返します。

しかし後半になるとセルティクスも巻き返しを始め、勝負は第4Qに突入します。

第4Qには後のラリー・バードの代表的なプレイ集にも収載されるスーパープレイである、自らのシュートを自らリバウンドし、そのまま空中でシュートするという離れ技が披露され、エースの活躍に感化されたセルティクスが最後にロケッツを捲る形で勝利を掴みました。

この試合バードは18得点21リバウンド9アシストを記録。

一方ロケッツはリードが27得点、マローンが13得点15リバウンドを記録しましたが、地力の差で敗北することとなりました。

 

第2戦(92-90 ヒューストン・ロケッツ Win)

セルティクスリードで迎えた第2戦。

ホームで2連勝したいセルティクスでしたが、この日はこのシリーズ最大の障害となるマローンのインサイドプレイを全く止めることができず手痛い敗戦を喫することとなります。

とくにオフェンスリバウンドをマローン1人に7本も許し、たとえマローンがシュートを外しても自らリバウンドをとり最後ポストプレイをするといったシーンが目立ち、結果としてマローンに31得点15リバウンド2ブロックを許すこととなります。

セルティクスもバードが19得点21リバウンドと孤軍奮闘しますが、マローンの勢いを止めるには至らず勝利には届きませんでした。

 

第3戦(94-71ボストン・セルティクス Win)

対戦成績1-1のタイとして迎えた第3戦。

舞台はロケッツのホームアリーナ「ザ・サミット」に移ります。

チーム史上初のファイナル出場に歓喜に沸くロケッツのホームアリーナでしたが、試合はみるに耐えない展開となります。

試合開始からシュート精度やターンオーバーに悩まされたロケッツは前半わずか30得点しか取ることができず、セルティクスもバードが8得点に止まるなど決して好調ではなかったものの、マックスウェルがその穴を埋める活躍で点差はみるみるうちに開いていきました。

後半に入ってもロケッツの調子は上がらず、そのままセルティクスが大差をつける形で勝利。

この日ロケッツはマローンが23得点15リバウンドと孤軍奮闘しますが、時点でベンチ出場のビル・ウィロビーの12得点、その他の選手はいずれも1桁得点にとどまるなど全く援護がない状態で敗戦となりました。

 

第4戦(86-91ヒューストン・ロケッツ Win)

セルティクスリードで迎えた第4戦。

前回に引き続きセルティクスがロケッツを圧倒するかと思われましたが、この日の前半はどちらも全く譲らない接戦となります。

特にロケッツはロバート・リードがバードをわずか8得点に封じる完璧なディフェンスを見せ、セルティクスをなみに乗らせませんでした。

一方オフェンスでは相変わらずマローンがインサイドを蹂躙すると、マイク・ダンリービーやリードが次々にシュートを決めてみせ、第3Qでついに8点のリードを奪うことに成功。

終盤もバードが不発に終わったことでセルティクスの得点が伸びず、そのままリードを守ったロケッツが勝利しました。

この日マローンは24得点22リバウンド、ダンリービーが28得点、リードが19得点を記録。。

一方セルティクスはセドリック・マクスウェルが24得点、ロバート・パリッシュが18得点を決めるなどエースの不調を支えましたが、ロケッツの勢いに飲み込まれる形で敗戦となりました。

 

第5戦(80-109 ボストン・セルティクス Win)

またも対戦成績タイで迎えた第5戦。

多くのファンがロケッツの強さを認め始めていましたが、マローンが第4戦の勝利後インタビューで「セルティック相手なら自分の故郷のストリートバスケをやっている連中でも勝てる」と発言したことが火種となりセルティクスの闘志が着火。

セルティクスファンがマローンにブーイングを浴びせながら始まった試合は序盤からセルティクスがロケッツを圧倒します。

前半で37-59の大量リードを奪ったセルティクスは後半やや失速しますが、ロケッツが最後の反撃に移る頃には30点以上の差が開いており、危なげなく大差でセルティクスが勝利しました。

 

第6戦(102-91 ボストン・セルティクス Win)

運命の第6戦。

舞台は再度ロケッツのホームに戻ります。

セルティクス王手の状況をホームで勝利し第7戦に持ち込みたいロケッツでしたが、よりにもよってこの重要な試合でここまで絶不調だったラリー・バードが復活してしまいます。

バードは第3戦から第5戦までの3試合で平均9.3得点に沈んでいましたが、この試合は27得点13リバウンドと完全に本来の調子を取り戻し、セルティクスを牽引。

前半を53-47とセルティクス6点リードで折り返すと後半に入ってもそのリードを広げ続け、最後にロケッツの反撃を受けるもののバードが3ポイントシュートを決めロケッツに引導を渡しました。

これによりセルティクスがアウェイで勝利を納め、5年ぶり14回目の優勝を決めました。

 

まとめ

今回は「NBAファイナル1981 ボストン・セルティクス VS ヒューストン・ロケッツ」の対決をご紹介しました。

いかがだったでしょうか?

このシーズンのロケッツの快進撃は目を見張るものがあり、ファイナルでのマローンの言動も決して聞いていて気持ちのいいものではありませんが、ファイナルを盛り上げるうえでああいったトラッシュトークは欠かせないので終わってみれば醍醐味の1つだったかなと思います。

バード政権となってからのセルティクスは東の強豪であり続けたもののしばらく優勝からは遠ざかっていたため、古豪の復活としてNBAが多くき盛り上がった瞬間となりました。

やはりNBAファイナルはドラマがあって面白いですね!

他の年のNBAファイナルも同じように紹介していますので、ぜひそちらもご覧ください!

それではまた次の記事でお会いしましょう!

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