史上最高のスコアラーの1人である「カール・マローン」。
19年という長いキャリアの中でNBA史上3位となる36,928点を積み上げ、2010年にはバスケットボール殿堂入りを果たしたレジェンドです。
この記事では、そんなカール・マローンがどんな選手だったのかについてご紹介していこうと思います。
彼が残した功績やNBA時代のエピソードなどを交えてカール・マローンの魅力を存分にお伝えしていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧ください!
目次
カール・マローンってどんな選手?
それでは早速、カール・マローンがどんな選手なのかという疑問にお答えしていこうと思います。
筋骨隆々な肉体と繊細なシュートタッチを持つビッグマンの理想系
1985年のNBAドラフトにて全体13位で指名を受けてユタ・ジャズに加入したのち、キャリアのほとんどとなる18シーズンをジャズで過ごしたカール・マローン。
独自の極秘トレーニングで鍛え上げた筋骨隆々な肉体と繊細なシュートタッチを持ち、リーグ屈指の得点力を誇った“ビッグマンの理想系”と言える選手です。
キャリアを通じて非常に効率的なスコアラーであり続け、2度のシーズンMVP、14回のオールスター選出、計14回のオールNBAチーム選出など数々の個人賞を受賞しました。
マイケル・ジョーダンのシカゴ・ブルズに阻まれNBA優勝こそ手が届かなかったものの、終わってみればキャリア通算36,928得点で歴代3位(2026年3月7日時点)の座を獲得。
彼が着用していた背番号「32」はユタ・ジャズの永久欠番であり、間違いなく後世に語り継がれるべきレジェンドだと言えるでしょう。
【カール・マローンの主な功績】
2× NBAシーズンMVP (1997, 1999)
14× NBAオールスター (1988-1998, 2000-2002)
2× NBAオールスターゲームMVP (1989, 1993)
11× オールNBAファーストチーム (1989-1999)
2× オールNBAセカンドチーム (1988, 2000)
オールNBAサードチーム (2001)
3× NBAオールディフェンシブ・ファーストチーム (1997-1999)
NBAオールディフェンシブ・セカンドチーム (1988)
ユタ・ジャズでストックトンとの“黄金コンビ”を結成
ジョン・ストックトンとの“黄金コンビ”なくしてカール・マローンは語れません。
先ほどご紹介したような数々の功績も、同じユタ・ジャズにジョン・ストックトンというパスの名手がいなければ、かなり数を減らしていたことでしょう。
ストックトンとマローンは「ピック&ロール」というバスケットボールの超基本的なオフェンス戦術を極めたコンビとして知られており、一瞬の隙も逃さず正確無比なパスを出すことができるストックトンからリーグ屈指の得点力を誇るマローンへのアシストは「止めるのは不可能」と言われるほどでした。
終わってみれば、ストックトンは歴代1位の15,806アシスト、マローンは歴代3位の36,928得点を記録。
ユタ・ジャズの黄金期を築き上げた2人は、NBAの歴史を見ても最強クラスのコンビとして名を残すこととなったのです。
愛称は「Mail Man(郵便配達員)」!?
NBA史上最高のスコアラーの1人であるカール・マローンですが、現役時代のニックネームは「Mail Man(郵便配達員)」でした。
発端はルイジアナ工科大学時代にあり、ある新聞記者がどれだけディフェンスに邪魔されようとも確実に得点をとっていくマローンの姿を「雨の日も雪の日も欠かさず郵便を届ける郵便配達員」と表現したんだそう。
その時ついたニックネームがそのままNBAでも使われることになったというわけですね!
結果的にNBA史上第3位の得点数を記録するほどの選手になったわけですから、確実にゴールにボールを届ける「Mail Man(郵便配達員)」のニックネームはまさにカール・マローンの凄さをうまく表現したものだったと言えるでしょう。
スタッツから見るカール・マローンの“凄さ”
ここまで読んでいただいた方には、カール・マローンがどれだけ偉大な選手だったのかは伝わっているはず。
続いては、そんな偉大なマローンの“凄さ”をより深く知ってもらうために、キャリアスタッツをもとに特徴的なポイントをご紹介していこうと思います!
下にカール・マローンのレギュラーシーズンのキャリアスタッツを載せておきますので参考にしてくださいね。
【カール・マローンのキャリアスタッツ】
| シーズン | チーム | 出場試合 | 先発出場 | 出場時間 | フィールドゴール% | 3P% | フリースロー% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | ターンオーバー | 得点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1985-86 | UTA | 81 | 76 | 30.6 | .496 | .000 | .481 | 8.9 | 2.9 | 1.3 | 0.5 | 3.4 | 14.9 |
| 1986-87 | UTA | 82 | 82 | 34.8 | .512 | .000 | .598 | 10.4 | 1.9 | 1.3 | 0.7 | 2.9 | 21.7 |
| 1987-88 | UTA | 82 | 82 | 39.0 | .520 | .000 | .700 | 12.0 | 2.4 | 1.4 | 0.6 | 4.0 | 27.7 |
| 1988-89 | UTA | 82 | 82 | 39.0 | .519 | .313 | .766 | 10.7 | 2.7 | 1.8 | 0.9 | 3.6 | 29.1 |
| 1989-90 | UTA | 82 | 82 | 38.1 | .562 | .372 | .762 | 11.1 | 2.8 | 1.5 | 0.6 | 3.2 | 31.0 |
| 1990-91 | UTA | 82 | 82 | 40.3 | .527 | .286 | .770 | 11.8 | 3.3 | 1.1 | 1.0 | 3.3 | 29.0 |
| 1991-92 | UTA | 81 | 81 | 37.7 | .526 | .176 | .778 | 11.2 | 3.0 | 1.3 | 0.6 | 2.8 | 28.0 |
| 1992-93 | UTA | 82 | 82 | 37.8 | .552 | .200 | .740 | 11.2 | 3.8 | 1.5 | 1.0 | 3.2 | 27.0 |
| 1993-94 | UTA | 82 | 82 | 40.6 | .497 | .250 | .694 | 11.5 | 4.0 | 1.5 | 1.5 | 3.3 | 25.0 |
| 1994-95 | UTA | 82 | 82 | 38.1 | .536 | .268 | .742 | 10.6 | 3.5 | 1.6 | 1.0 | 3.3 | 26.7 |
| 1995-96 | UTA | 82 | 82 | 38.0 | .519 | .400 | .723 | 9.8 | 4.2 | 1.7 | 0.7 | 3.0 | 25.7 |
| 1996-97 | UTA | 82 | 82 | 36.6 | .550 | .000 | .755 | 9.9 | 4.5 | 1.4 | 0.6 | 2.6 | 27.4 |
| 1997-98 | UTA | 81 | 81 | 37.4 | .530 | .333 | .761 | 10.3 | 3.9 | 1.2 | 0.9 | 2.9 | 27.0 |
| 1998-99 | UTA | 49 | 49 | 37.4 | .493 | .000 | .788 | 9.4 | 4.1 | 1.3 | 0.6 | 2.7 | 23.8 |
| 1999-00 | UTA | 82 | 82 | 35.9 | .509 | .250 | .797 | 9.5 | 3.7 | 1.0 | 0.9 | 2.8 | 25.5 |
| 2000-01 | UTA | 81 | 81 | 35.7 | .498 | .400 | .793 | 8.3 | 4.5 | 1.1 | 0.8 | 2.7 | 23.2 |
| 2001-02 | UTA | 80 | 80 | 38.0 | .454 | .360 | .797 | 8.6 | 4.3 | 1.9 | 0.7 | 2.9 | 22.4 |
| 2002-03 | UTA | 81 | 81 | 36.2 | .462 | .214 | .763 | 7.8 | 4.7 | 1.7 | 0.4 | 2.5 | 20.6 |
| 2003-04 | LAL | 42 | 42 | 32.7 | .483 | .000 | .747 | 8.7 | 3.9 | 1.2 | 0.5 | 2.8 | 13.2 |
参考:Basketba12年連続で平均20得点、10リバウンドll Reference
12年連続で平均20得点、10リバウンドという「安定性」
まず特筆すべきは「12年連続で平均20得点、10リバウンド」を記録する安定性です。
1986-87シーズンから1997-98シーズンにかけての12年間もの間、得点では21.7点以上、リバウンドでは9.8リバウンド(ほぼ10)以上を取り続け、リーグ屈伸のインサイドプレイヤーの座を確固たるものとしました。
その後も引退に至るまでの間ずっと得点とリバウンドでチームに貢献し続けた結果、36,928点(歴代3位)、14,968リバウンド(歴代7位)という偉業を成し遂げるに至ったというわけです。
ほとんど試合を欠場しない「鉄人」っぷり
もう一つ、カール・マローンを象徴するスタッツといえば「出場試合数」でしょう。
マローンは最後のシーズンを除いた18年間で欠場がわずか10試合のみであり、相手との接触も多いインサイドプレイヤーでありながらのこの数字はまさに「鉄人」と呼ぶに相応しい肉体を持っていたと言わざるを得ないでしょう。
ユタ・ジャズ時代の相棒ジョン・ストックトンも非常に怪我の少ない選手として知られており、「鉄人コンビ」として黄金期のジャズを支え続けました。
カール・マローンのシグネチャーモデルはある?
最後に、カール・マローンが着用していたバッシュについてご紹介しようと思います。
結論からお伝えすると、カール・マローンのシグネチャーモデルは存在しませんが、オリンピック仕様のカール・マローン専用モデルなら存在します。
その名も「CATAPULT “TURBO TECH” 4265 OLYMPIC(カタパルト "ターボ・テック"4265オリンピック)」。
製造会社はあの“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソンもスポンサー契約を結んでいた「LAギア」でした。
カール・マローンがバルセロナオリンピックで「初代ドリームチーム」のメンバーとして参加した際に着用したモデルであり、かかとにニックネーム“MAIL MAN”のロゴがプリントされた使用です。
現在製造は終了しており中古のみの取り扱いがされている状況ですが、オークションサイトであれば購入することができるかもしれませんね!
まとめ
今回は、筋骨隆々な肉体で歴代屈指の得点力を誇ったビックマン「カール・マローン」についてご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
マイケル・ジョーダンと同じ時代に生まれてしまったがためにキャリアで1度も優勝を果たすことができませんでしたが、圧倒的な個人成績を叩き出し続けたマローン。
類稀な得点能力を持つ選手に対して正確なパスが入るとどれほどアンストッパブルなオフェンスが展開されるのかを証明してくれたキャリアだったと思います。
ジョン・ストックトンとのピック&ロールはもはや芸術の域ですので、バスケ好きな方は必見です。
まだカール・マローンのプレーを見たことがないという方は、YouTubeでハイライトを視聴することができますのでぜひ一度見て見てくださいね!