1960年代後半〜70年代にかけて活躍し、NBAに大きな影響を与えた男「アール・モンロー」。
NBA公式の選出する「NBA75周年記念チーム」にも選出されている正真正銘のレジェンドなのですが、他の殿堂入り選手たちと比較するとオールスターやオールNBAチームといった受賞歴が少なく、彼がなぜレジェンドと呼ばれているのか分からない方も多いのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんな「アール・モンロー」が現役時代どんな選手だったのかを紹介していこうと思います。
彼がNBAに与えた影響を踏まえて、なぜアール・モンローという男がレジェンドと呼ばれるのかについて語っていきますので、NBAの歴史に興味のある方はぜひ一緒に彼の偉大なNBAキャリアを解き明かしていきましょう!
目次
ストリート仕込みの“魅せるバスケ”で「アール・ザ・パール(真珠)」と呼ばれた男
1967年のNBAドラフトにて全体2位指名を受け、ボルティモア・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)でNBAキャリアをスタートさせた「アール・モンロー」。
ストリートバスケ出身の実践派プレイヤーであり、その滑らかで芸術的なプレーの数々から”アール・ザ・パール(真珠)”という愛称で親しまれていた選手です。
当時のNBAはまだ「硬派で紳士的なバスケ」が主流でしたが、モンローは自身のルーツであるストリートバスケをNBAに持ち込み、堅苦しかったバスケットボールという競技をより華やかでより面白いスポーツへと昇華させたのでした。
彼がいなければNBA人気の拡大はかなり遅れていたでしょうから、NBAの歴史をみても非常に重要な人物であることが分かりますね!
ただ、アール・モンローの実績はそれだけには留まらず、1973年にはニューヨーク・ニックスにて同期のウォルト・フレイジャーと共にNBA優勝を経験。
その偉大なNBAキャリアを讃え、ドラフトで入団したブレッツと優勝を果たしたニックスの2チームで、彼が着用した背番号が永久欠番となっています。
【NBA時代の功績】
NBAチャンピオン:1回(1973)
オールスター:4回(1969, 1971, 1975, 1977)
オールNBA1stチーム:1回(1969)
永久欠番
・ワシントン・ウィザーズ「10」
・ニューヨーク・ニックス「15」
ニックスを優勝に導いた「ロールス・ロイス・バックコート」の1人
アール・モンローのNBAキャリアにおいて最大のハイライトとも言えるのが、1973年に成し遂げたニューヨーク・ニックスでのNBA優勝でしょう。
1971-72シーズンの途中にニックスへとトレードされたモンローは、「得点王」ウィリス・リードや「司令塔」ウォルト・フレイジャーといったスーパースターが揃うチームのスタメンSG(シューティングガード)として活躍。
特にウォルト・フレイジャーと共に組んだガードコンビは「ロールス・ロイス・バックコート」と呼ばれ、NBAチャンピオンの座までチームを牽引していました。
ボルティモア・ブレッツ時代は個人技全開の鮮やかなプレーが中心でしたが、ニューヨーク・ニックスではそのエゴを捨て、チームの優勝に命を賭けていた姿が印象的。
元々スコアリング能力も高かったモンローは、「ニューヨーク・ニックス」の優勝に得点やアシストで大きく貢献したのでした。
“NBAの常識を変えた男”
アール・モンローがNBAに持ち込んだスキル3選
当時のNBAに“魅せるバスケ”という新たな風を吹き入れ、常識を変えた男「アール・モンロー」。
この記事では最後に、アール・モンローがNBAに持ち込んだ、もしくは流行らせた代表的なプレーを3つご紹介し、彼の現代バスケに与えた影響力を語っていきたいと思います!
スキル①:代名詞「スピンムーブ」
多彩なドリブルスキルを有していたアール・モンローですが、中でも代名詞とも呼べるスキルこそが「スピンムーブ」です。
「スピンムーブ」とは、ドリブルの最中に体を一回転させてディフェンスを抜き去るスキルであり、現代バスケではミニバスの選手たちでも練習している基本技術の1つ。
しかし、アール・モンローがNBAに入った当初はやっている選手がおらず、ハイライトなどを見てもモンローのスピンムーブで相手ディフェンダーが完全に置き去りにされるシーンが数多く出てきます。
当時のNBAは個人よりもチームでのバスケが主流でだったそうで、ディフェンダーに張り付かれたら味方にパスが基本。
モンローのように1対1で抜き去ろうという選手が少なかったということなのでしょう。
スピンムーブのないバスケって今NBA観戦をしている人からすれば想像できないと思いますが、そんな時代もあったんですね、、、。
スキル②:魅せるドリブルの基礎「ヘジテーション」
緩急を使って相手を騙し、生じたズレを使って相手を抜き去るドリブルスキル「ヘジテーション」。
ドリブルの上手いガードの選手たちが使用する“魅せるドリブル”の基礎スキルだと思いますが、これもまたアール・モンローがNBAに流行らせたものの1つです。
アール・モンローは当然パフォーマンスのためだけにやっている訳ではなく、速攻のシーンなどではヘジテーションだけでゴール下まで入り込み、得点につなげることもしばしば。
「へじテーション」もまた、個人で相手を抜き去るスキルですから、アール・モンローの登場まではその必要性に気づいていなかったということでしょう。
スキル③:独特な滞空時間の「フェイダウェイジャンパー」
もう一つ、これは持ち込んだというよりは流行らせたものなのですが、「フェイダウェイジャンパー」もまたアール・モンローの影響を大きく受けた技術の1つ。
体を後方に傾け、相手との距離を開けながらジャンプシュートを放つ「フェイダウェイジャンパー」ですが、NBAで一番初めに打ったのは1960年代に活躍した「ディック・バーネット(Dick Barnett)」という選手だったそう。
しかし、その後はあまり使用する選手がおらず、アール・モンローの登場をきっかけにNBA全体へ広まっていったスキルなんですよ!
「フェイダウェイジャンパー」の名手といえばマイケル・ジョーダンやダーク・ノビツキーなどが有名だとは思いますが、アール・モンローもまたフェイダウェイジャンパーを得意としていた選手の1人。
やや高軌道で独特な滞空時間のシュートは非常にブロックしづらく、アール・モンローにとって大きな武器の1つとなっていました。
まとめ
今回は、”NBAの常識を超えた男”「アール・モンロー」について、その現役時代の選手像を語ってきました。
いかがでしたか?
「スピンムーブ」、「へじテーション」、「フェイダウェイジャンパー」と数多くのストリートスキルをNBAに持ち込み、バスケットボールを硬派なスポーツからエンタメに変えた功績は計り知れないものだと思います。
確かに優勝回数や個人の受賞歴は他のレジェンドと比較しても見劣りするものではありますが、NBA全体に影響を及ぼした功績は、それだけでレジェンドと呼ばれるに相応しいものだと言えるのではないでしょうか?
ボールが手に吸い付いているかのような巧みなボールハンドリングで、華麗に相手を抜き去り得点する姿は見ていて楽しいですよね。
まだアール・モンローのプレーを見たことがない方は、ぜひこの機会にハイライト集などを視聴してみてはいかがでしょうか?