こんにちは!
NBA好きブロガーのおしょうサンドです。
NBAに属する全ての選手とチームが目指す目標である「NBAチャンピオン」。
多くのNBA選手が生涯に1度もつかむことができず引退していくほどに険しい道のりです。
NBAチャンピオンになった1チームは、翌年のNBAの中心となります。
他の29チームは、その1チームを倒すために新たな選手を獲得したり、戦術を取り入れたりと対策を講じていきます。
それゆえNBAの頂点を決める戦いである「NBAファイナル」は、例外なくそのシーズンの集大成であり、NBAの歴史そのものと言えるのです。
もちろんNBAファイナルだけを見ても十分面白いと思います。
ただ、NBAファイナルに至るまでにも毎年数々のドラマがあります。
進出したチームの辿ってきた軌跡を知ることで、NBAファイナルはさらに面白くなります!!!
つまり、NBAチャンピオンになったチームの背景を知ることは「NBAの歴史をより深く知ること」であり、NBAの”沼”により深くはまっていくきっかけの1つというわけですね!笑
そこで今回は1985-86シーズンを制したボストン・セルティックス(BOS)の優勝への軌跡をご紹介しようと思います。
ボストン・セルティックスは優勝までにどのような軌跡を辿ってきたのでしょうか??
存分に見ていきましょう!
それではさっそく、ティップオフ!!
目次
ドラフト
NBAにおいて、オフシーズン最大のイベントは「NBAドラフト」ですよね!
世界最高のリーグであるNBAには、毎年世界最高の選手たちがドラフトされます。
将来チームの中心になりうる逸材や即戦力となる選手をリスクなく獲得できるため、すべてのチームにとって欠かせないイベントです。
ボストン・セルティックスは1985年のNBAドラフトにて 名の選手をドラフトしました。
【指名選手】
巡 | 指名順位 | 選手名 | ポジション | 国籍 | 出身大学 | 前所属チーム(リーグ/国名) |
年ドラフトでの が持っていた自前の指名権は 枚で、 巡目 位で を指名しました。
もう一枚、
年NBAドラフトで指名された選手の一覧を見たいという方はこちらの記事をご覧ください!
リンクカード
NBAファイナルまでの道のり:1985-86 ボストン・セルティクスのレギュラーシーズン
まずは1985-86レギュラーシーズンがボストン・セルティクスにとってどんな1年だったのかを見ていきましょう!
【オフシーズンの動き】
昨シーズン、リーグ最高の勝率を残しながらもNBAファイナルでマジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズに敗れたボストン・セルティクス。
しかも史上初めてボストン・セルティクスのホームで相手チームのNBA優勝を許すという屈辱を味わったセルティクスはリベンジを誓います。
オフシーズンにかつてリーグを代表するセンターであったビル・ウォルトンを獲得し、フロントコートの選手層をさらに厚くしてレギュラーシーズンに臨みました。
【レギュラーシーズンの結果】
ラリー・バード、ケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュのBIG3に加えビル・ウォルトンを加えたフロントコートを誇るセルティクスは他のチームを圧倒し続け、67勝15敗という成績を残します。
特にホームコートでは無類の強さを誇り、ホーム戦40勝1敗の勝率97.6%はNBA史上最高勝率です。
ラリー・バードは史上3人目となる3年連続シーズンMVPを受賞し、堂々のイースタン・カンファレンス1位でプレイオフに進出しました。
ボストン・セルティクスはアトランティック・ディビジョンで1位を獲得しました。
【1985-86レギュラーシーズン アトランティック・ディビジョンの結果】
アトランティック・ディビジョン | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | ホーム | ロード | Div | GP |
ボストン・セルティクス | 67 | 15 | 0.817 | – | 40–1 | 27–14 | 18–6 | 82 |
フィラデルフィア・76ers | 54 | 28 | 0.659 | 13 | 31–10 | 23–18 | 15–9 | 82 |
ワシントン・ブレッツ | 39 | 43 | 0.476 | 28 | 26–15 | 13–28 | 11–13 | 82 |
ニュージャージー・ネッツ | 39 | 43 | 0.476 | 28 | 26–15 | 13–28 | 11–13 | 82 |
ニューヨーク・ニックス | 23 | 59 | 0.280 | 44 | 15–26 | 8–33 | 5–19 | 82 |
ボストン・セルティクスはイースタン・カンファレンスで1位を受賞し、プレイオフに進出しました。
【1985-86レギュラーシーズン イースタン・カンファレンスの結果】
イースタン・カンファレンス | ||||||
# | チーム | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | GP |
1 | ボストン・セルティクス | 67 | 15 | 0.817 | – | 82 |
---|---|---|---|---|---|---|
2 | ミルウォーキー・バックス | 57 | 25 | 0.695 | 10 | 82 |
3 | フィラデルフィア・76ers | 54 | 28 | 0.659 | 13 | 82 |
4 | アトランタ・ホークス | 50 | 32 | 0.610 | 17 | 82 |
5 | デトロイト・ピストンズ | 46 | 36 | 0.561 | 21 | 82 |
6 | ワシントン・ブレッツ | 39 | 43 | 0.476 | 28 | 82 |
7 | ニュージャージー・ネッツ | 39 | 43 | 0.476 | 28 | 82 |
8 | シカゴ・ブルズ | 30 | 52 | 0.366 | 37 | 82 |
9 | クリーブランド・キャバリアーズ | 29 | 53 | 0.354 | 38 | 82 |
10 | インディアナ・ペイサーズ | 26 | 56 | 0.317 | 41 | 82 |
11 | ニューヨーク・ニックス | 23 | 59 | 0.280 | 44 | 82 |
NBAファイナルまでの道のり:1985-86 ボストン・セルティクスのプレイオフ
次にボストン・セルティクスが1985-86プレイオフをどのようにして勝ち抜いたのか見ていきましょう!
【1985-86プレイオフの背景】
1985-1986シーズンのプレイオフは1986年4月18日に開始し、6月8日に終了しました。
ファーストラウンド(1回戦)対シカゴ・ブルズ:3勝0敗
プレイオフのファーストラウンド(1回戦)はマイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズと対戦し、3勝0敗で難なく勝利してカンファレンス・セミファイナルに進みました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1986年4月17日 | シカゴ・ブルズ | 104-123 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン | |
第2戦 | 1986年4月20日 | シカゴ・ブルズ | 131-135 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン | |
第3戦 | 1986年4月22日 | ボストン・セルティクス | 122-104 | シカゴ・ブルズ | シカゴ・スタジアム |
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)対アトランタ・ホークス:4勝1敗
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)ではドミニク・ウィルキンスやケヴィン・ウィルスらのアトランタ・ホークスと対戦し、4勝1敗で危なげなく勝利してカンファレンス・ファイナルへと駒を進めました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1986年4月27日 | アトランタ・ホークス | 91-103 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン | |
第2戦 | 1986年4月29日 | アトランタ・ホークス | 108-119 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン | |
第3戦 | 1986年5月2日 | ボストン・セルティクス | 111-107 | アトランタ・ホークス | オムニ・コロシアム | |
第4戦 | 1986年5月4日 | ボストン・セルティクス | 94-106 | アトランタ・ホークス | オムニ・コロシアム | |
第5戦 | 1986年5月6日 | アトランタ・ホークス | 99-132 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン |
カンファレンス・ファイナル(東地区決勝)対ミルウォーキー・バックス:4勝0敗
カンファレンス・ファイナルではテリー・カミングスやポール・プレッシーらを擁するミルウォーキー・バックスとの対戦となり、これを4勝0敗と圧倒してNBAファイナルへと進出しました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1986年5月13日 | ミルウォーキー・バックス | 96-128 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン | |
第2戦 | 1986年5月15日 | ミルウォーキー・バックス | 111-122 | ボストン・セルティクス | ボストン・ガーデン | |
第3戦 | 1986年5月17日 | ボストン・セルティクス | 111-107 | ミルウォーキー・バックス | MECCAアリーナ | |
第4戦 | 1986年5月18日 | ボストン・セルティクス | 111-98 | ミルウォーキー・バックス | MECCAアリーナ |
こうして迎えた1986年のNBAファイナルでは、ボストン・セルティクスがアキーム・オラジュワン擁するヒューストン・ロケッツを4勝2敗で破り2年ぶり16回目となるNBA優勝を果たしました。
1986年のNBAファイナルについての詳しい内容を知りたいという方はこちらの記事もぜひお読みください!
まとめ:ボストン・セルティクスがNBA史上最多となる16回目の優勝
今回は「1986年のNBAファイナルで優勝を果たした”ボストン・セルティクス”のチーム背景と優勝への軌跡」についてご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
NBA優勝を果たすまでの道のりの険しさを知ると、NBAファイナルをより深く楽しむことができますよね!
ボストン・セルティクスはこの優勝によりもともとNBA史上最多であった優勝回数を16回に伸ばしました。
また、エースの”ラリー・バード”はシリーズ平均24得点10リバウンド10アシストで平均トリプルダブル記録し、自身2度目となるファイナルMVPを受賞しました。
他のシーズンについても優勝チームの軌跡についてご紹介している記事がありますので、そちらもぜひご覧くださいね!
それではまた次の記事でお会いしましょう!