こんにちは!
NBA好きブロガーのおしょうサンドです。
NBAに属する全ての選手とチームが目指す目標である「NBAチャンピオン」。
多くのNBA選手が生涯に1度もつかむことができず引退していくほどに険しい道のりです。
NBAチャンピオンになった1チームは、翌年のNBAの中心となります。
他の29チームは、その1チームを倒すために新たな選手を獲得したり、戦術を取り入れたりと対策を講じていきます。
それゆえNBAの頂点を決める戦いである「NBAファイナル」は、例外なくそのシーズンの集大成であり、NBAの歴史そのものと言えるのです。
もちろんNBAファイナルだけを見ても十分面白いと思います。
ただ、NBAファイナルに至るまでにも毎年数々のドラマがあります。
進出したチームの辿ってきた軌跡を知ることで、NBAファイナルはさらに面白くなります!!!
つまり、NBAチャンピオンになったチームの背景を知ることは「NBAの歴史をより深く知ること」であり、NBAの”沼”により深くはまっていくきっかけの1つというわけですね!笑
そこで今回は1982-83シーズンを制したフィラデルフィア・76ers(PHI)の優勝への軌跡をご紹介しようと思います。
フィラデルフィア・76ersは優勝までにどのような軌跡を辿ってきたのでしょうか??
存分に見ていきましょう!
それではさっそく、ティップオフ!!
目次
ドラフト
NBAにおいて、オフシーズン最大のイベントは「NBAドラフト」ですよね!
世界最高のリーグであるNBAには、毎年世界最高の選手たちがドラフトされます。
将来チームの中心になりうる逸材や即戦力となる選手をリスクなく獲得できるため、すべてのチームにとって欠かせないイベントです。
フィラデルフィア・76ersは1982年のNBAドラフトにて 名の選手をドラフトしました。
【指名選手】
巡 | 指名順位 | 選手名 | ポジション | 国籍 | 出身大学 | 前所属チーム(リーグ/国名) |
年ドラフトでの が持っていた自前の指名権は 枚で、 巡目 位で を指名しました。
もう一枚、
年NBAドラフトで指名された選手の一覧を見たいという方はこちらの記事をご覧ください!
リンクカード
NBAファイナルまでの道のり:1982-83 フィラデルフィア・76ersのレギュラーシーズン
まずは1982-83レギュラーシーズンがフィラデルフィア・76ersにとってどんな1年だったのかを見ていきましょう!
【オフシーズンの動き】
1976年にABAリーグ出身のスーパースター、ジュリアス・アービングを中心としたチームで毎年60勝以上をあげるリーグ屈指の強豪でしたが、あと一歩で優勝を逃す年が続いていました。
そこで、優勝を目指したシクサーズはオフにフリーエージェントのモーゼス・マローンを獲得。
アービングとマローンという2人のスターを中心としたチームでレギュラーシーズンに挑みました。
【レギュラーシーズンの結果】
新加入のマローンが驚異的な活躍を残し、シクサーズはリーグ首位の65勝17敗でプレイオフに進出。
マローンは自身初となるシーズンMVPを受賞しました。
フィラデルフィア・76ersはアトランティック・ディビジョンで1位を獲得しました。
【1982-83レギュラーシーズン アトランティック・ディビジョンの結果】
アトランティック・ディビジョン | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | ホーム | ロード | Div | GP |
フィラデルフィア・76ers | 65 | 17 | 0.793 | – | 35–6 | 30–11 | 15–9 | 82 |
ボストン・セルティクス | 56 | 26 | 0.683 | 9 | 33–8 | 23–18 | 14–10 | 82 |
ニュージャージー・ネッツ | 49 | 33 | 0.598 | 16 | 30–11 | 19–22 | 11–13 | 82 |
ニューヨーク・ニックス | 44 | 38 | 0.537 | 21 | 26–15 | 18–23 | 10–14 | 82 |
ワシントン・ブレッツ | 42 | 40 | 0.512 | 23 | 27–14 | 15–26 | 10–14 | 82 |
フィラデルフィア・76ersはイースタン・カンファレンスで1位を受賞し、プレイオフに進出しました。
【1982-83レギュラーシーズン イースタン・カンファレンスの結果】
イースタン・カンファレンス | ||||||
# | チーム | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | GP |
1 | フィラデルフィア・76ers | 65 | 17 | 0.793 | – | 82 |
---|---|---|---|---|---|---|
2 | ミルウォーキー・バックス | 51 | 31 | 0.622 | 14 | 82 |
3 | ボストン・セルティクス | 56 | 26 | 0.683 | 9 | 82 |
4 | ニュージャージー・ネッツ | 49 | 33 | 0.598 | 16 | 82 |
5 | ニューヨーク・ニックス | 44 | 38 | 0.537 | 21 | 82 |
6 | アトランタ・ホークス | 43 | 39 | 0.524 | 22 | 82 |
7 | ワシントン・ブレッツ | 42 | 40 | 0.512 | 23 | 82 |
8 | デトロイト・ピストンズ | 37 | 45 | 0.451 | 28 | 82 |
9 | シカゴ・ブルズ | 280 | 54 | 0.341 | 37 | 82 |
10 | クリーブランド・キャバリアーズ | 23 | 59 | 0.280 | 42 | 82 |
11 | インディアナ・レイサーズ | 20 | 62 | 0.244 | 45 | 82 |
NBAファイナルまでの道のり:1982-83 フィラデルフィア・76ersのプレイオフ
次にフィラデルフィア・76ersが1982-83プレイオフをどのようにして勝ち抜いたのか見ていきましょう!
【1982-83プレイオフの背景】
1982-1983シーズンのプレイオフは1983年4月19日に開始し、5月31日に終了しました。
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)対ニューヨーク・ニックス:4勝0敗
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)ではバーナード・キング擁するニューヨーク・ニックスと対戦し、4勝0敗で危なげなく勝利してカンファレンス・ファイナルに進出しました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1983年4月24日 | ニューヨーク・ニックス | 102-112 | フィラデルフィア・76ers | ザ・スペクトラム | |
第2戦 | 1983年4月27日 | ニューヨーク・ニックス | 91-98 | フィラデルフィア・76ers | ザ・スペクトラム | |
第3戦 | 1983年4月30日 | フィラデルフィア・76ers | 107-105 | ニューヨーク・ニックス | マディソン・スクエア・ガーデン | |
第4戦 | 1983年5月1日 | フィラデルフィア・76ers | 105-102 | ニューヨーク・ニックス | マディソン・スクエア・ガーデン |
カンファレンス・ファイナル(東地区決勝)対ミルウォーキー・バックス:4勝1敗
カンファレンス・ファイナルではマーカス・ジョンソンやボブ・レイニアらのミルウォーキー・バックスとの対戦となり、これを4勝1敗で制してNBAファイナルに進出しました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1983年5月8日 | ミルウォーキー・バックス | 109-111 | フィラデルフィア・76ers | ザ・スペクトラム | |
第2戦 | 1983年5月11日 | ミルウォーキー・バックス | 81-87 | フィラデルフィア・76ers | ザ・スペクトラム | |
第3戦 | 1983年5月14日 | フィラデルフィア・76ers | 104-96 | ミルウォーキー・バックス | MECCAアリーナ | |
第4戦 | 1983年5月15日 | フィラデルフィア・76ers | 94-100 | ミルウォーキー・バックス | MECCAアリーナ | |
第5戦 | 1983年5月18日 | ミルウォーキー・バックス | 103-115 | フィラデルフィア・76ers | ザ・スペクトラム |
こうして迎えた1983年のNBAファイナルでは、フィラデルフィア・76ersがマジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズを4勝0敗(スイープ)で破り、16年ぶり3回目の優勝を果たしました。
1983年のNBAファイナルについての詳しい内容を知りたいという方はこちらの記事もぜひお読みください!
まとめ:シクサーズが16年ぶりのNBA優勝!
今回は「1983年のNBAファイナルで優勝を果たした”フィラデルフィア・76ers”のチーム背景と優勝への軌跡」についてご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
NBA優勝を果たすまでの道のりの険しさを知ると、NBAファイナルをより深く楽しむことができますよね!
モーゼス・マローンがプレイオフ開幕前のインタビューで残した名言”Fo, Fo, and Fo.”。
この宣言通りとはいかなかったものの、フィラデルフィア・76ersはそれに限りなく近い12勝1敗という圧倒的な強さを誇りました。
また、インサイドにおいて絶大な存在感を示し、優勝に貢献したマローンは自身初となるファイナルMVPを獲得し、シーズンMVPとファイナルMVPを同じ年に受賞した史上3人目の選手となりました。
他のシーズンについても優勝チームの軌跡についてご紹介している記事がありますので、そちらもぜひご覧くださいね!
それではまた次の記事でお会いしましょう!