こんにちは!
NBA好きブロガーのおしょうサンドです。
NBAに属する全ての選手とチームが目指す目標である「NBAチャンピオン」。
多くのNBA選手が生涯に1度もつかむことができず引退していくほどに険しい道のりです。
NBAチャンピオンになった1チームは、翌年のNBAの中心となります。
他の29チームは、その1チームを倒すために新たな選手を獲得したり、戦術を取り入れたりと対策を講じていきます。
それゆえNBAの頂点を決める戦いである「NBAファイナル」は、例外なくそのシーズンの集大成であり、NBAの歴史そのものと言えるのです。
もちろんNBAファイナルだけを見ても十分面白いと思います。
ただ、NBAファイナルに至るまでにも毎年数々のドラマがあります。
進出したチームの辿ってきた軌跡を知ることで、NBAファイナルはさらに面白くなります!!!
つまり、NBAチャンピオンになったチームの背景を知ることは「NBAの歴史をより深く知ること」であり、NBAの”沼”により深くはまっていくきっかけの1つというわけですね!笑
そこで今回は1987-88シーズンを制したロサンゼルス・レイカーズ(LAL)の優勝への軌跡をご紹介しようと思います。
ロサンゼルス・レイカーズは優勝までにどのような軌跡を辿ってきたのでしょうか??
存分に見ていきましょう!
それではさっそく、ティップオフ!!
目次
ドラフト
NBAにおいて、オフシーズン最大のイベントは「NBAドラフト」ですよね!
世界最高のリーグであるNBAには、毎年世界最高の選手たちがドラフトされます。
将来チームの中心になりうる逸材や即戦力となる選手をリスクなく獲得できるため、すべてのチームにとって欠かせないイベントです。
ロサンゼルス・レイカーズは1987年のNBAドラフトにて 名の選手をドラフトしました。
【指名選手】
巡 | 指名順位 | 選手名 | ポジション | 国籍 | 出身大学 | 前所属チーム(リーグ/国名) |
年ドラフトでの が持っていた自前の指名権は 枚で、 巡目 位で を指名しました。
もう一枚、
年NBAドラフトで指名された選手の一覧を見たいという方はこちらの記事をご覧ください!
リンクカード
NBAファイナルまでの道のり:1987-88 ロサンゼルス・レイカーズのレギュラーシーズン
まずは1987-88レギュラーシーズンがロサンゼルス・レイカーズにとってどんな1年だったのかを見ていきましょう!
【オフシーズンの動き】
マジック・ジョンソンを中心とした華やかな速攻を得意とするプレイスタイルから”ショータイム”レイカーズと呼ばれたロサンゼルス・レイカーズは1980年代を代表する強豪チームであり、昨シーズンはここ10年で4度目のNBA優勝を成し遂げました。
ただ、”ショータイム”レイカーズとして連覇を成し遂げた経験はなく、今シーズンこそは連覇を果たすべくレギュラーシーズンに臨みました。
【レギュラーシーズンの結果】
ディフェンディング・チャンピオンとして挑んだロサンゼルス・レイカーズは例年通りウエスタン・カンファレンスの強豪として君臨し、62勝20敗というリーグ最高勝率でプレイオフに進出しました。
ロサンゼルス・レイカーズはパシフィック・ディビジョンで1位を獲得しました。
【1987-88レギュラーシーズン パシフィック・ディビジョンの結果】
パシフィック・ディビジョン | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | ホーム | ロード | Div | GP |
ロサンゼルス・レイカーズ | 62 | 20 | 0.756 | – | 36–5 | 26–15 | 23–7 | 82 |
ポートランド・トレイルブレイザーズ | 53 | 29 | 0.646 | 9 | 33–8 | 20–21 | 23–7 | 82 |
シアトル・スーパーソニックス | 44 | 38 | 0.537 | 18 | 32–9 | 12–29 | 19–11 | 82 |
フェニックス・サンズ | 28 | 54 | 0.341 | 34 | 22–19 | 6–35 | 11–19 | 82 |
ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 20 | 62 | 0.244 | 42 | 16–25 | 4–37 | 7–23 | 82 |
ロサンゼルス・クリッパーズ | 17 | 65 | 0.207 | 45 | 14–27 | 3–38 | 7–23 | 82 |
ロサンゼルス・レイカーズはウエスタン・カンファレンスで1位を受賞し、プレイオフに進出しました。
【1987-88レギュラーシーズン ウエスタン・カンファレンスの結果】
ウエスタン・カンファレンス | ||||||
# | チーム | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | GP |
1 | ロサンゼルス・レイカーズ | 62 | 20 | 0.756 | – | 82 |
---|---|---|---|---|---|---|
2 | デンバー・ナゲッツ | 54 | 28 | 0.659 | 8 | 82 |
3 | ダラス・マーベリックス | 53 | 29 | 0.646 | 9 | 82 |
4 | ポートランド・トレイルブレイザーズ | 53 | 29 | 0.646 | 9 | 82 |
5 | ユタ・ジャズ | 47 | 35 | 0.573 | 15 | 82 |
6 | ヒューストン・ロケッツ | 46 | 36 | 0.561 | 16 | 82 |
7 | シアトル・スーパーソニックス | 44 | 38 | 0.537 | 18 | 82 |
8 | サンアントニオ・スパーズ | 31 | 51 | 0.378 | 31 | 82 |
9 | フェニックス・サンズ | 28 | 54 | 0.341 | 34 | 82 |
10 | サクラメント・キングス | 24 | 58 | 0.293 | 38 | 82 |
11 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 20 | 62 | 0.244 | 42 | 82 |
12 | ロサンゼルス・クリッパーズ | 17 | 65 | 0.207 | 45 | 82 |
NBAファイナルまでの道のり:1987-88 ロサンゼルス・レイカーズのプレイオフ
次にロサンゼルス・レイカーズが1987-88プレイオフをどのようにして勝ち抜いたのか見ていきましょう!
【1987-88プレイオフの背景】
1987-1988シーズンのプレイオフは1988年4月28日に開始し、6月21日に終了しました。
ファーストラウンド(1回戦)対サンアントニオ・スパーズ:3勝0敗
プレイオフのファーストラウンド(1回戦)はアルヴィン・ロバートソンやウォルター・ベリーらのサンアントニオ・スパーズとの対戦となり、3勝0敗で危なげなく勝利しカンファレンス・セミファイナルへ進みました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1988年4月29日 | サンアントニオ・スパーズ | 110-122 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第2戦 | 1988年5月1日 | サンアントニオ・スパーズ | 112-130 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第3戦 | 1988年5月3日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 109-107 | サンアントニオ・スパーズ | ヘミスフェア・アリーナ |
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)対ユタ・ジャズ:4勝3敗
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)ではカール・マローンとジョン・ストックトンを擁するユタ・ジャズと対戦し、4勝3敗でなんとか破りカンファレンス・ファイナルへと駒を進めました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1988年5月8日 | ユタ・ジャズ | 91-110 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第2戦 | 1988年5月10日 | ユタ・ジャズ | 101-97 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第3戦 | 1988年5月13日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 89-96 | ユタ・ジャズ | ソルト・パレス | |
第4戦 | 1988年5月15日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 113-100 | ユタ・ジャズ | ソルト・パレス | |
第5戦 | 1988年5月17日 | ユタ・ジャズ | 109-111 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第6戦 | 1988年5月19日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 80-108 | ユタ・ジャズ | ソルト・パレス | |
第7戦 | 1988年5月21日 | ユタ・ジャズ | 98-109 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム |
カンファレンス・ファイナル(東地区決勝)対ダラス・マーベリックス:4勝3敗
カンファレンス・ファイナルではマーク・アグワイアやデレック・ハーパーらを擁するダラス・マーベリックスとの対戦となり、またもや4勝3敗の接戦を制する形で破り連覇をかけたNBAファイナルへの切符をつかみました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1988年5月23日 | ダラス・マーベリックス | 98-113 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第2戦 | 1988年5月25日 | ダラス・マーベリックス | 101-123 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第3戦 | 1988年5月27日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 94-106 | ダラス・マーベリックス | リユニオン・アリーナ | |
第4戦 | 1988年5月29日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 104-118 | ダラス・マーベリックス | リユニオン・アリーナ | |
第5戦 | 1988年5月31日 | ダラス・マーベリックス | 102-119 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム | |
第6戦 | 1988年6月2日 | ロサンゼルス・レイカーズ | 103-105 | ダラス・マーベリックス | リユニオン・アリーナ | |
第7戦 | 1988年6月4日 | ダラス・マーベリックス | 102-117 | ロサンゼルス・レイカーズ | ザ・フォーラム |
こうして迎えた1988年のNBAファイナルでは、ロサンゼルス・レイカーズがアイザイア・トーマスらの”バッドボーイズ”ピストンズを4勝3敗で破り、2年連続11回目の優勝を果たしました。
1988年のNBAファイナルについての詳しい内容を知りたいという方はこちらの記事もぜひお読みください!
まとめ:”ショータイム”・レイカーズが連覇を達成
今回は「1988年のNBAファイナルで優勝を果たした”デトロイト・ピストンズ”のチーム背景と優勝への軌跡」についてご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
NBA優勝を果たすまでの道のりの険しさを知ると、NBAファイナルをより深く楽しむことができますよね!
この優勝により、ロサンゼルス・レイカーズは2年連続11回目となるNBA制覇を果たしました。
また、NBAファイナル第7戦で36得点16リバウンド10アシストというキャリア初のトリプルダブルを叩き出した”ジェームズ・ウォージー”がファイナルMVPを受賞しました。
他のシーズンについても優勝チームの軌跡についてご紹介している記事がありますので、そちらもぜひご覧くださいね!
それではまた次の記事でお会いしましょう!