みなさんは「デイブ・ディバッシャー」という選手を知っていますか?
ニューヨーク・ニックスが史上初のNBA優勝を成し遂げた時の優勝メンバーの1人であり、歴代ディフェンダーランキングなどでもしばしば名前を聞く選手ではあるのですが、正直あまり認知度は高くない選手だと思います。
ただ、2021年にNBA公式が発表した「NBA75周年記念チーム」にも選出された正真正銘のレジェンドがNBAファンの中でも“認知度が低い”というのは、NBA好きとして少し悲しい事実。
そこでこの記事では、そんな「デイブ・ディバッシャー」が現役時代どんな選手だったのかを詳しくご紹介していこうと思います!
彼が残した功績やニックスでの優勝エピソードはもちろん、古い映像でしか見ることのできないプレースタイルの全貌も合わせて語っていきますので、デイブ・ディバッシャーという男がNBAレジェンドとして語り継がれる理由を一緒に紐解いていきましょう!
目次
“Big D”と呼ばれたディフェンスの名手
ミシガン州デトロイトに生まれ、1962年のNBAドラフトにて「地域指名」でデトロイト・ピストンズからNBAキャリアをスタートさせた「デイブ・ディバッシャー」。
198cmの身長と長い手足を使った対人ディフェンス能力は当時リーグ最強で、ディフェンス(Defense)とディバッシャー(DeBusschere)のダブルミーニングで“Big D”という愛称が付けられるほど恐れられていたそうです。
また、ディバッシャーはNBA選手として唯一無二の経歴を持つことでも有名で、ドラフトされた1962年から2シーズンに渡ってMLB(メジャーリーグ)のシカゴ・ホワイトソックスとも契約を結び野球とバスケを両立したかと思うと、1964年からは若干24歳にしてデトロイト・ピストンズの選手兼ヘッドコーチとして3シーズンチームを率いているんです。
日本では”二刀流”という言葉が流っていますが、さすがにMLBとNBAの二刀流は今後出てくることはないでしょう。笑
最終的にバスケ選手一本に落ち着き、12シーズンという長いキャリアを送ったディバッシャー。
2度のNBA優勝や8度のオールスター選出、6度のオールディフェンシブファーストチーム選出など、全盛期にはリーグを代表する選手の1人として君臨した彼のキャリアは、NBAレジェンドと呼ぶに申し分ないものだったと言えるでしょう。
【NBA時代の主な功績】
NBAチャンピオン:2回(1970, 1973)
オールスター:8回(1966〜1968, 1970〜1974)
オールNBAチーム
・セカンドチーム:1回(1969)
オールディフェンシブチーム
・ファーストチーム:6回(1969〜1974)
ニックスで2度のNBA制覇に大きく貢献
デイブ・ディバッシャーを語る上で欠かせないのが、ニューヨーク・ニックスで果たした2度のNBA制覇でしょう。
1967-68シーズン、ヘッドコーチにレッド・ホルツマンが就任したニックスは、大型ルーキー「ウォルト・フレイジャー」とリーグ屈指のスコアラー「ウィリス・リード」を中心としたチーム構築をしていましたが、チームとしてディフェンス力に課題を残している状況でした。
そこで白羽の矢が立ったのが「デイブ・ディバッシャー」であり、リーグ屈指のディフェンダーであるディバッシャーの加入によってニックスは黄金期へと突入したんです。
迎えた1969-70シーズン、攻守にバランスの取れたチームを完成させたニックスは、レギュラーシーズンを60勝22敗で終えるとプレイオフでも躍進を続け、NBAファイナルではジェリー・ウェストやエルジン・ベイラーらを要するレイカーズを破って球団史上初の優勝を成し遂げたのです。
連覇こそならなかったものの"黄金期”が続いたニックスは、1972-73シーズンにもNBA優勝を達成。
どちらの年もディブ・ディバッシャーはスタメンパワーフォワードとして名を連ねていて、優勝チームの最後のピースとしてチームに貢献したディバッシャー。
その功績を讃え、ニックスは彼の着用した背番号「22」を永久欠番として認定しています。
【プレースタイル】アウトサイドシュートで得点も取れる「ディフェンシブ・ストッパー」
“黄金期”ニックスの守備のエースとして活躍し、2度のNBA制覇の影の立役者としてチームに貢献した「デイブ・ディバッシャー」。
屈強なフィジカルと巧みなフットワーク、さらに高いバスケットボールIQを備えた彼のプレースタイルを一言で言うなら、相手エースを封殺する「ディフェンシブ・ストッパー」でしょう。
"Big D”という愛称と6年連続でのオールディフェンシブファーストチーム選出という実績がその実力の高さを物語っていますよね、、、。
リバウンドやルーズボールへの飛び込みなど"泥臭いプレー”を率先してやるチームプレイヤーとしても知られ、まさに「一家に一台」ならぬ「1チームに1人」欲しい選手だったと言えます。
また、驚異的なディフェンスによって忘れられがちですが、オフェンス面でも高い実力を持っていたことで知られ、特にアウトサイドシュートは大きな武器の1つ。
当時のパワーフォワードとしては相当珍しいプレースタイルだったようですが、現代でいう「ストレッチ4」のようにインサイドのスペースを開けてガードの選手たちが攻撃しやすい状況を作ることのできる選手でした。
ディフェンス力は歴代最高クラス!!
スタッツから見るディブ・ディバッシャーの“凄さ”
さて、この記事では最後に、デイブ・ディバッシャーが残したキャリアスタッツをご紹介しようと思います。
数多くの受賞歴を持ち、歴代屈指のディフェンダーとして語り継がれるディバッシャーの“凄さ”をデータをもとに解き明かしていきましょう!
レギュラーシーズン(1962–63シーズン〜1973–74シーズン)
| シーズン | チーム | 出場試合 | 出場時間 | フィールドゴール% | フリースロー% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1962–63 | デトロイト ピストンズ |
80 | 29.4 | 43.0 | 71.8 | 8.7 | 2.6 | — | — | 12.7 |
| 1963–64 | 15 | 20.3 | 39.1 | 58.1 | 7.0 | 1.5 | — | — | 8.6 | |
| 1964–65 | 79 | 35.1 | 42.5 | 70.0 | 11.1 | 3.2 | — | — | 16.7 | |
| 1965–66 | 79 | 34.1 | 40.8 | 65.9 | 11.6 | 2.6 | — | — | 16.4 | |
| 1966–67 | 78 | 37.1 | 41.5 | 70.5 | 11.8 | 2.8 | — | — | 18.2 | |
| 1967–68 | 80 | 39.1 | 44.2 | 66.4 | 13.5 | 2.3 | — | — | 17.9 | |
| 1968–69 | 29 | 37.7 | 44.7 | 72.3 | 12.2 | 2.2 | — | — | 16.3 | |
| 1968–69 | ニューヨーク ニックス |
47 | 39.4 | 44.2 | 68.2 | 11.4 | 2.7 | — | — | 16.4 |
| 1969–70 | 79 | 33.3 | 45.1 | 68.8 | 10.0 | 2.5 | — | — | 14.6 | |
| 1970–71 | 81 | 35.7 | 42.1 | 69.6 | 11.1 | 2.7 | — | — | 15.6 | |
| 1971–72 | 80 | 38.4 | 42.7 | 72.8 | 11.3 | 3.6 | — | — | 15.4 | |
| 1972–73 | 77 | 36.7 | 43.5 | 74.6 | 10.2 | 3.4 | — | — | 16.3 | |
| 1973–74 | 71 | 38.0 | 46.1 | 75.6 | 10.7 | 3.6 | 0.9 | 0.5 | 18.1 | |
| 通算 | 875 | 35.7 | 43.2 | 69.9 | 11.0 | 2.9 | 0.9 | 0.5 | 16.1 | |
デトロイト・ピストンズとニューヨーク・ニックスで合計12シーズンのNBAキャリアを送った「デイブ・ディバッシャー」。
キャリア初期からチームの主力メンバーとして活躍したディバッシャーですが、個人的にはその“継続性”が最大の“凄さ”だと思います。
上のスタッツ表を見ると、ベンチから出場していた最初の2シーズンを除いて引退を表明したシーズンに至るまで一度もシーズン平均10得点10リバウンド(ダブルダブル)を下回っていないことに気づくのではないでしょうか。
キャリア通算16.1得点、11.0リバウンドは当然偉大な記録なのですが、毎シーズン安定した成績を残し続けたこの継続性こそがディバッシャーのキャリアをより偉大にしていることは間違いないでしょう!
プレイオフ(計12シーズン)
| シーズン | チーム | 出場試合 | 出場時間 | フィールドゴール% | フリースロー% | リバウンド | アシスト | スティール | ブロック | 得点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1962–63 | デトロイト ピストンズ |
4 | 39.8 | 42.4 | 68.2 | 15.8 | 1.5 | — | — | 20.0 |
| 1967-68 | 6 | 43.8 | 42.5 | 57.8 | 16.2 | 2.2 | — | — | 19.3 | |
| 1968-69 | ニューヨーク ニックス |
10 | 41.9 | 35.1 | 82.0 | 14.8 | 3.3 | — | — | 16.3 |
| 1969-70 | 19 | 36.9 | 42.1 | 66.2 | 11.6 | 2.4 | — | — | 16.1 | |
| 1970-71 | 12 | 40.7 | 41.6 | 65.9 | 13.0 | 1.8 | — | — | 16.4 | |
| 1971-72 | 16 | 38.5 | 45.0 | 75.0 | 12.1 | 2.3 | — | — | 16.6 | |
| 1972-73 | 17 | 37.1 | 44.2 | 77.5 | 10.5 | 3.4 | — | — | 15.6 | |
| 1973-74 | 12 | 33.7 | 38.0 | 62.1 | 8.3 | 3.2 | 0.6 | 0.3 | 12.0 | |
| 通算 | 96 | 38.4 | 41.6 | 69.8 | 12.0 | 2.6 | 0.6 | 0.3 | 16.0 | |
デトロイト・ピストンズでキャリアをスタートさせたディバッシャーでしたが、チームは弱く、在籍した7シーズンでプレイオフに出場できたのはわずか2シーズンのみ。
ただ、そこから優勝候補のニューヨーク・ニックスに移籍したことで、毎シーズンプレイオフに出場し、しかも上位まで勝ち残ることが当然とされる環境に身を置くことになったのです。
そんな突然の環境変化の中でも、デイブ・ディバッシャーという男は落ち着いて実力を発揮しました。
プレイオフという極限の環境で萎縮してしまう選手も多い中、レギュラーシーズンと何ら変わらぬパフォーマンスを残すことができる「メンタルの強さ」は彼の“凄さ”と言えるでしょう!
まとめ
今回は”Big D”の愛称で親しまれた歴代屈指のディフェンダー「デイブ・ディバッシャー」について語ってきました。
いかがでしたか?
より多くの得点をとった方が勝利するバスケットボールというスポーツにおいて、オフェンスの方が注目されがちなのは仕方のないこと。
ただ、「"Offense sells tickets, defense wins championships."(オフェンスはチケットを売り、ディフェンスはチャンピオンシップを勝ち取る)」という名言があるように、優勝を目指すチームにとってディフェンス力を高めてくれる選手は必要不可欠な存在なんです。
デイブ・ディバッシャーはニューヨーク・ニックスにおいてまさにこの役割を担った選手であり、だからこそ2度の優勝を果たすに相応しいNBAレジェンドとして語り継がれているんだと思います。
ちょっと昔すぎて映像が白黒のものしかありませんが、まだ彼のプレーを見たことがない方は、この機会にデイブ・ディバッシャーのハイライト集を見てもらえたらNBA好きとしてはこの記事を書いた甲斐があるというものです。
他のNBAレジェンドについても、彼らが「レジェンド」として語り継がれる理由を語った記事がありますので、気になるNBAレジェンドがいる方はサイトホームから選手名を検索していただければと思います。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!