皆さんこんにちは!
NBA好きブログライターのおしょうサンドです。
国際バスケットボール連盟(FIBA)によると、全世界のバスケットボールの競技人口はなんと4.5億人。
これはバレーボールの5億人に次いで全スポーツの中で2番目に多い数字です。
一方で、NBAでプレイをすることができる選手はたったの450人。
その確率は脅威の0.0001%。
例えではなく「ほんの一握り」しか所属することができないリーグです。
そんな世界最高峰のリーグに所属するすべての選手たちが求める高み、それが「NBAチャンピオン」。
本物の天才たちが生活のすべてをバスケに注ぎ、それでもなお1度も手が届かない選手がいる頂です。
そこを目指す選手たちが本気でぶつかるからこそ、プレーオフ(NBAの決勝トーナメント)では数多くの伝説が生まれます。
特にその年のチャンピオンを決める戦いである「NBAファイナル」はどの年も世界最高の試合が行われてきました。
その当時の最高の選手、最高のチーム、最高の戦術がぶつかり合うNBAファイナルは、もはやNBAの歴史そのものだと僕は思います。
今回はその中から「NBAファイナル1960 ボストン・セルティックス VS セントルイス・ホークス」の対決をご紹介しましょう!
NBAをよく知らないという方にもわかりやすく説明していきますのでぜひ最後までお読みくださいね!
それではティップオフ!!
NBAファイナル1960に出場したチームの背景を知ろう!
1960年NBAファイナルはイースタン・カンファレンスチャンピオンの「ボストン・セルティックス」とウエスタン・カンファレンスチャンピオンの「セントルイス・ホークス」の戦いでした。
まずはそれぞれのチームの背景から見ていきましょう!
ボストン・セルティックス
1959-60シーズン ファイナルまでの試合成績 | |
レギュラーシーズン | 59勝16敗(カンファレンス1位) |
プレーオフ1回戦 | - |
カンファレンス・セミファイナル | シード権 |
カンファレンス・ファイナル | 4勝2敗(VS フィラデルフィア・ウォリアーズ) |
「ボストン・セルティックス」はマサチューセッツ州ボストンに拠点を置くチームです。
エースは「ビル・ラッセル」。
レギュラーシーズンを勝敗のカンファレンス位で終えると、プレーオフではカンファレンス決勝でウィルト・チェンバレン要する「フィラデルフィア・ウォリアーズ」を倒し、NBAファイナルに進みました。
この年優勝を果たしたボストン・セルティックスがNBAファイナルに至るまでどのようなシーズンを過ごしたのか気になるという方は、こちらの記事もぜひお読みください!
セントルイス・ホークス
1959-60シーズン ファイナルまでの試合成績 | |
レギュラーシーズン | 46勝29敗(カンファレンス1位) |
プレーオフ1回戦 | - |
カンファレンス・セミファイナル | シード権 |
カンファレンス・ファイナル | 4勝3敗(VS ミネアポリス・レイカーズ) |
「セントルイス・ホークス」は に拠点を置くチームです。
エースは「ボブ・ペティット」。
レギュラーシーズンを勝敗のカンファレンス位で終えると、プレーオフではカンファレンス決勝でエルジン・ベイラー要する「ミネアポリス・レイカーズ」を倒し、NBAファイナルに進みました。
NBAファイナル1960の出場選手・ロスター
次にNBAファイナル1960で各チームに所属していた選手達を見ていきましょう!
ボストン・セルティックスの出場選手一覧
表は左方向にスクロールすることが可能です。
ポジション | 背番号 | 名前 | 身長(cm) | 体重(kg) | 生年月日 |
C | 6 | ビル・ラッセル(Bill Russell) | 208 | 98 | 1934年2月12日 |
SG | 21 | ビル・シャーマン(Bill Sharman) | 185 | 79 | 1926年5月25日 |
PG | 14 | ボブ・クージー(Bob Cousy) | 183 | 79 | 1928年8月9日 |
SG | 23 | フランク・ラムゼィ(Frank Ramsey) | 191 | 86 | 1931年7月13日 |
PF | 17 | ジーン・コンリー(Gene Conley) | 203 | 102 | 1930年11月10日 |
SF | 20 | ジーン・グアリリア(Gene Guarilia) | 196 | 100 | 1937年9月13日 |
SF | 18 | ジム・ロスカトフ(Jim Loscutoff) | 196 | 100 | 1930年2月4日 |
C | 16 | ジョン・リクター(John Richter) | 206 | 102 | 1937年3月12日 |
PG | 25 | K・C・ジョーンズ(K.C. Jones) | 185 | 91 | 1932年5月25日 |
PG | 19 | モーリス・キング(Maurice King) | 188 | 88 | 1935年3月12日 |
SF | 24 | サム・ジョーンズ(Sam Jones) | 193 | 90 | 1933年6月24日 |
PF | 15, 20 | トム・ヘインソーン(Tom Heinsohn) | 201 | 99 | 1934年8月26日 |
PG | ポイントガード |
SG | シューティングガード |
SF | スモールフォワード |
PF | パワーフォワード |
C | センター |
セントルイス・ホークスの出場選手一覧
表は左方向にスクロールすることが可能です。
ポジション | 背番号 | 名前 | 身長(cm) | 体重(kg) | 生年月日 |
SG | 11 | アル・フェラーリ(Al Ferrari) | 193 | 86 | 1933年7月6日 |
C | 20 | ボブ・フェリー(Bob Ferry) | 203 | 104 | 1937年5月31日 |
PF | 9 | ボブ・ペティット(Bob Pettit) | 206 | 93 | 1932年12月12日 |
SF | 13 | カル・ラムジー(Cal Ramsey) | 193 | 91 | 1937年7月13日 |
C | 13 | チャック・シェアー(Chuck Share) | 211 | 107 | 1927年3月14日 |
SF | 16 | クリフ・ヘイガン(Cliff Hagan) | 193 | 95 | 1931年12月9日 |
C | 34 | クライド・ラブレット(Clyde Lovellette) | 206 | 106 | 1929年9月7日 |
SF | 12 | デイブ・ガンビー(Dave Gambee) | 198 | 98 | 1937年4月16日 |
SF | 12, 25 | デイブ・ピオンテック(Dave Piontek) | 198 | 104 | 1934年8月27日 |
C | 19 | ハブ・リード(Hub Reed) | 206 | 98 | 1936年10月4日 |
PG | 21 | ジャック・マクマホン(Jack McMahon) | 185 | 84 | 1928年12月3日 |
SG | 15 | ジョニー・マッカーシー(Johnny McCarthy) | 185 | 84 | 1934年4月25日 |
C | 13 | ラリー・ファウスト(Larry Foust) | 206 | 98 | 1928年6月24日 |
PG | 17 | シー・グリーン(Si Green) | 188 | 84 | 1933年8月20日 |
PG | 22 | スレーター・マーティン(Slater Martin) | 178 | 77 | 1933年8月20日 |
PG | ポイントガード |
SG | シューティングガード |
SF | スモールフォワード |
PF | パワーフォワード |
C | センター |
NBAファイナル1960のシリーズ概要
それではいよいよNBAファイナル1960の試合の結果を見ていきましょう!
1959-60シーズンのNBAチャンピオンは「ボストン・セルティクス」。
チームとしては2年連続3回目の優勝となりました。
対戦成績は4勝3敗。
詳細な試合結果は以下のとおりです。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム |
---|---|---|---|---|
1 | 3月27日 | セントルイス・ホークス | 122−140 | ボストン・セルティクス |
2 | 3月29日 | セントルイス・ホークス | 113-103 | ボストン・セルティクス |
3 | 4月2日 | ボストン・セルティクス | 102-86 | セントルイス・ホークス |
4 | 4月3日 | ボストン・セルティクス | 96-106 | セントルイス・ホークス |
5 | 4月5日 | セントルイス・ホークス | 102-127 | ボストン・セルティクス |
6 | 4月7日 | ボストン・セルティクス | 102-105 | セントルイス・ホークス |
7 | 4月9日 | セントルイス・ホークス | 103-122 | ボストン・セルティクス |
NBAファイナル1960の試合の概要
ここからは試合のさらに詳細な流れをお伝えしていきます。
対戦結果が1勝1敗の両者による3度目の対決となったNBAファイナルを一緒に見ていきましょう!
第1戦(122-140 ボストン・セルティクス Win)
NBAファイナルの1回戦はボストン・セルティクスのホーム「ボストン・ガーデン」で始まりました。
2年ぶり3度目の激突となった両者でしたが、セルティクスはビル・ラッセル、ボブ・クージー、ビル・シャーマンの3人が更なる成長をとげた状態であったのに対し、ホークスはメンツを大きく変更していました。
2年前の主力のうちボブ・ペティットとクリフ・ヘイガンは健在だったものの、ジャック・コールマンとチャーリー・シェアはチームを去っており、代わりにクライド・ラブレットとラリー・ファウストが加入していました。
接戦が予想されるシリーズでしたが、第1戦は両者大量得点を記録する大味な展開から始まりました。
前半はホームのセルティクスがホークスを圧倒しており、第2Qに46点のビッグクォーターを記録すると前半を51-76の25点リードで折り返します。
第3Qもセルティクスが優勢ではあったもののホークスも調子を上げてきており、第4Qにはついにホークスが流れを掴みます。
試合終盤にかけて猛追を図ったものの、そこまででついた点差があまりにも大きく、セルティクスが悠々と勝利を決めました。
この試合セルティクスはトム・ヘインソーン、シャーマン、フランク・ラムジー、クージーの4人が20得点以上を記録。
セルティクスもクリフ・ヘイガンが25得点12リバウンド、ボブ・ペティットが20得点17リバウンドを記録しました。
第2戦(113-103 セントルイス・ホークス Win)
セルティクスリードで迎えた第3戦。
第1戦を落としたホークスでしたが、この日はボブ・ペティットが爆発。
35得点22リバウンドとチームを牽引し、エースに鼓舞されたホークスは後半にセルティクスを圧倒。
前半についていた7点のビハインドをあっという間に取り返すと、そのままリードを奪って勝利してしまいました。
セルティクスもシャーマンが30得点、ラッセルが21得点40リバウンドと活躍しますが、終盤の低調ぶりが敗戦を招くことになりました。
第3戦(102-86 ボストン・セルティクス Win)
対戦成績を1-1のタイに戻して迎えた第3戦。
舞台はセントルイス・ホークスのホーム「キール・オーディトリアム」に移ります。
この日はセルティクスのリーグ屈指のディフェンスがホークスのオフェンスを制圧する試合となりました。
序盤こそホームの声援に背中を押され、ホークスも互角のオフェンスを繰り広げていましたが、ハーフタイムでセルティクスがディフェンスを修正すると途端に失速の一途をたどります。
ホークスは後半に合計で31得点しか決めることができず、セルティクスも決して好調ではなかったもののみるみる点差は開いていきました。
アウェイでセルティクスが勝利し、シリーズを再度リードします。
第4戦(96-106 セントルイス・ホークス Win)
再度セルティクスリードで迎えた第4戦。
第3戦で抑え込まれたホークスでしたが、第4戦はペティットとヘイガンがうまくディフェンスを切り裂き得点を重ねることに成功します。
一方のセルティクスはこの日ボブ・クージーがシュートスランプに陥り、13本中1本成功のわずか6得点に終わります。
オフェンスエースの不調を支えたいところでしたが、他の選手も最高得点がラムジーとシャーマンの20得点に終わり、得点を伸ばすことができませんでした。
試合は序盤に2桁以上のリードを得たホークスがそのまま逃げ切り勝利。
ペティットは32得点11リバウンド、ヘイガンは25得点10リバウンドを記録し、勝利に貢献しました。
第5戦(102-127 ボストン・セルティクス Win)
再び対戦成績タイとなって迎えた第5戦。
舞台はセルティクスのホーム「ボストン・ガーデン」に戻ります。
第4戦不調だったクージーは第5戦には復調しており、この日は21得点10アシストとオフェンスを加速させる役割を担いました。
これによりバスを受け取ったトム・ヘインソーンやビル・シャーマンがそれぞれ34点、26点と躍動し、試合を終始セルティクスが支配する形で勝利を決めました。
セルティクスはクリフ・ヘイガンが28得点12リバウンド、ボブ・ペティットが23得点8リバウンドを記録しました。
第6戦(102-105 セントルイス・ホークス Win)
セルティクスが優勝に王手をかけて迎えた第6戦。
舞台はホークスのホーム「キール・オーディトリアム」に移ります。
崖っぷちとなったホークスでしたが、この大一番で36得点13リバウンドを記録したクリフ・ヘイガンが序盤からセルティクスに猛攻を仕掛けます。
前半こそ52-54とほとんど差はなかったものの、第3Qついにホークスが流れを掴み点差を一気に26点まで広げることに成功。
もはやホークスの勝利は決まったかのように思われました。
しかし第4Qに入ると、一転してホークスのシュートが全く入らない状態に陥ります。
これによりまだ勝機ありと見たセルティクスが猛攻を仕掛け、試合終盤にはついに1点差に。
しかしホームのホークスが意地の2点を取りきり、セルティクスの逆転の芽を潰す形で勝利を掴みました。
この日セルティクスは誰1人20得点を超えた選手がおらず、後一歩が足りなかった試合となりました。
第7戦(103-122 ボストン・セルティクス Win)
運命の第7戦。
舞台はセルティクスのホーム「ボストン・ガーデン」。
3年前も第7戦までもつれ込む激闘を繰り広げた両者でしたが、メンツが変わってもなお力を拮抗しているように思われました。
しかし最終戦は意外にもあっけなく終了します。
ビル・ラッセルが22得点35リバウンドとインサイドを制圧すると、他の選手が多彩な攻撃を繰り広げ、前半で17点のリードを形成。
後半ホークスも反撃を試みますが、セルティクスの固いディフェンスがそれをことごとく防ぎ、結局前半のリードをほとんど削られることなくセルティクスが勝利。
2週間にわたる激戦を制し、セルティクスが2連覇を達成しました。
まとめ
今回は「NBAファイナル1960 ボストン・セルティックス VS セントルイス・ホークス」の対決をご紹介しました。
いかがだったでしょうか?
セルティクスのライバルといえばレイカーズを思い浮かべる方も多いかと思いますが、レイカーズがジェリー・ウエストやエルジン・ベイラーを獲得するまではホークスがライバルの立ち位置を占拠していました。
この2チームの戦いはここでは終わらず、来年も決勝で激突することとなります。
やはりNBAファイナルはドラマがあって面白いですね!
他の年のNBAファイナルも同じように紹介していますので、ぜひそちらもご覧ください!
それではまた次の記事でお会いしましょう!