皆さんこんにちは!
NBA好きブログライターのおしょうサンドです。
国際バスケットボール連盟(FIBA)によると、全世界のバスケットボールの競技人口はなんと4.5億人。
これはバレーボールの5億人に次いで全スポーツの中で2番目に多い数字です。
一方で、NBAでプレイをすることができる選手はたったの450人。
その確率は脅威の0.0001%。
例えではなく「ほんの一握り」しか所属することができないリーグです。
そんな世界最高峰のリーグに所属するすべての選手たちが求める高み、それが「NBAチャンピオン」。
本物の天才たちが生活のすべてをバスケに注ぎ、それでもなお1度も手が届かない選手がいる頂です。
そこを目指す選手たちが本気でぶつかるからこそ、プレーオフ(NBAの決勝トーナメント)では数多くの伝説が生まれます。
特にその年のチャンピオンを決める戦いである「NBAファイナル」はどの年も世界最高の試合が行われてきました。
その当時の最高の選手、最高のチーム、最高の戦術がぶつかり合うNBAファイナルは、もはやNBAの歴史そのものだと僕は思います。
今回はその中から「NBAファイナル1999 サンアントニオ・スパーズ VS ニューヨーク・ニックス」の対決をご紹介しましょう!
皆さんがNBAの歴史を知り、もっともっとNBAを好きになるきっかけになることができれば光栄です。
それではティップオフ!!
目次
NBAファイナル1999に出場したチームの背景を知ろう!
1999年NBAファイナルはウエスタン・カンファレンスチャンピオンの「サンアントニオ・スパーズ」とイースタン・カンファレンスチャンピオンの「ニューヨーク・ニックス」の戦いでした。
まずはそれぞれのチームの背景から見ていきましょう!
サンアントニオ・スパーズ
1998-99シーズン ファイナルまでの試合成績 | |
レギュラーシーズン | 37勝13敗(カンファレンス1位) |
プレーオフ1回戦 | 3勝1敗(VS ミネソタ・ティンバーウルブズ) |
カンファレンス・セミファイナル | 4勝0敗(VS ロサンゼルス・レイカーズ) |
カンファレンス・ファイナル | 4勝0敗(VS ポートランド・トレイルブレイザーズ) |
「サンアントニオ・スパーズ」はテキサス州サンアントニオに拠点を置くチームです。
エースは”The big fundamental”「ティム・ダンカン」。
この年はデビッド・ロビンソンとティム・ダンカンの”ツインタワー”を中心にマリオ・エリーとジェローム・カーシーといったベテランを補強して挑んだシーズンであり、ロックアウト(選手のストライキ)で短縮されたシーズンではありましたが高い勝率を残しました。
レギュラーシーズンを37勝13敗のカンファレンス1位で終えると、プレーオフでは1回戦にケビン・ガーネット要する「ミネソタ・ティンバーウルブズ」を、準決勝ではシャックとコービーの「ロサンゼルス・レイカーズ」を、決勝戦でクライド・ドレクスラーを要する「ポートランド・トレイルブレイザーズ」を倒し、NBAファイナルに進みました。
この年優勝を果たしたサンアントニオ・スパーズがNBAファイナルに至るまでどのようなシーズンを過ごしたのか気になるという方は、こちらの記事もぜひお読みください!
ニューヨーク・ニックス
1998-99シーズン ファイナルまでの試合成績 | |
レギュラーシーズン | 27勝23敗(カンファレンス8位) |
プレーオフ1回戦 | 3勝2敗(VS マイアミ・ヒート) |
カンファレンス・セミファイナル | 4勝0敗(VS アトランタ・ホークス) |
カンファレンス・ファイナル | 4勝0敗(VS インディアナ・ペイサーズ) |
「ニューヨーク・ニックス」は に拠点を置くチームです。
エースはビッグマンの「パトリック・ユーイング」。
この年はユーイングを中心としたチームとして10年以上強豪であり続けたものの優勝が叶わないという状況から、結果が残せなければチームの再建を考える必要があるというある種最後の希望を胸に挑んだシーズンとなりました。
ユーイングを中心に作られたチームではあったものの年齢からくる衰えを隠しきれなくなってえおり、実際の主力は若手のアラン・ヒューストンとラトレル・スプリーウェルのバックコートコンビニ移りつつありました。
レギュラーシーズンを27勝23敗のカンファレンス8位で終えると、プレーオフでは1回戦にパット・ライリーHC率いる「マイアミ・ヒート」を、準決勝ではレニー・ウィルケンズHC率いる「アトランタ・ホークス」を、決勝戦でレジー・ミラー要する「インディアナ・ペイサーズ」を倒し、NBAファイナルに進みました。
NBAファイナル1999の出場選手・ロスター
次にNBAファイナル1999で各チームに所属していた選手達を見ていきましょう!
サンアントニオ・スパーズの出場選手一覧
表は左方向にスクロールすることが可能です。
ポジション | 背番号 | 名前 | 身長(cm) | 体重(kg) | 生年月日 |
PG | 33 | アントニオ・ダニエルズ(Antonio Daniels) | 193 | 88 | 1975年3月19日 |
PF | 21 | ティム・ダンカン(Tim Duncan) | 211 | 113 | 1976年4月25日 |
SG | 17 | マリオ・エリー(Mario Elie) | 196 | 95 | 1963年11月26日 |
SF | 32 | ショーン・エリオット(Sean Elliott) | 203 | 93 | 1968年2月2日 |
SG | 10 | アンドリュー・ゲイズ(Andrew Gaze) | 201 | 93 | 1965年7月24日 |
SG | 2 | ジャレン・ジャクソンJr.(Jaren Jackson) | 193 | 86 | 1967年10月27日 |
PG | 6 | エイブリー・ジョンソン(Avery Johnson) | 178 | 79 | 1965年3月25日 |
PG | 4 | スティーブ・カー(Steve Kerr) | 191 | 79 | 1965年9月27日 |
SF | 25 | ジェローム・カーシー(Jerome Kersey) | 201 | 98 | 1962年6月26日 |
SF | 54 | ジェラルド・キング(Gerard King) | 206 | 104 | 1972年11月25日 |
C | 41 | ウィル・パデュー(Will Perdue) | 213 | 109 | 1965年8月29日 |
C | 50 | デビッド・ロビンソン(David Robinson) | 215 | 107 | 1965年8月6日 |
PF | 31 | マリック・ローズ(Malik Rose) | 201 | 113 | 1974年11月23日 |
SG | 11 | ブランドン・ウィリアムズ(Brandon Williams) | 198 | 98 | 1975年2月27日 |
PG | ポイントガード |
SG | シューティングガード |
SF | スモールフォワード |
PF | パワーフォワード |
C | センター |
ニューヨーク・ニックスの出場選手一覧
表は左方向にスクロールすることが可能です。
ポジション | 背番号 | 名前 | 身長(cm) | 体重(kg) | 生年月日 |
SG | 20 | アラン・ヒューストン(Allan Houston) | 198 | 91 | 1971年4月20日 |
PF | 4 | ベン・デイビス(Ben Davis) | 206 | 109 | 1972年12月26日 |
PG | 21 | チャーリー・ウォード(Charlie Ward) | 188 | 86 | 1970年10月12日 |
PG | 1 | クリス・チャイルズ(Chris Childs) | 191 | 88 | 1967年11月20日 |
C | 14 | クリス・ダドリー(Chris Dudley) | 211 | 107 | 1965年2月22日 |
SG | 26 | デイビット・ウィンゲート(David Wingate) | 196 | 84 | 1963年12月15日 |
SF | 3 | デニス・スコット(Dennis Scott) | 203 | 104 | 1968年9月5日 |
C | 32 | ハーブ・ウィリアムズHerb Williams | 208 | 110 | 1958年2月16日 |
PF | 40 | カート・トーマス(Kurt Thomas) | 206 | 104 | 1972年10月4日 |
PF | 2 | ラリー・ジョンソン(Larry Johnson) | 201 | 113 | 1969年3月14日 |
SF | 8 | ラトレル・スプリーウェル(Latrell Sprewell) | 196 | 86 | 1970年9月8日 |
C | 23 | マーカス・キャンビー(Marcus Camby) | 211 | 100 | 1974年3月22日 |
C | 33 | パトリック・ユーイング(Patrick Ewing) | 213 | 109 | 1962年8月5日 |
PG | 9 | リック・ブランソン(Rick Brunson) | 193 | 86 | 1972年6月14日 |
PG | ポイントガード |
SG | シューティングガード |
SF | スモールフォワード |
PF | パワーフォワード |
C | センター |
NBAファイナル1999のシリーズ概要
それではいよいよNBAファイナル1999の試合の結果を見ていきましょう!
1998-99シーズンのNBAチャンピオンは「サンアントニオ・スパーズ」。
チームとしては初の優勝となりました。
対戦成績は4勝1敗。
詳細な試合結果は以下のとおりです。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム |
---|---|---|---|---|
1 | 6月16日 | ニューヨーク・ニックス | 77-89 | サンアントニオ・スパーズ |
2 | 6月18日 | ニューヨーク・ニックス | 67-80 | サンアントニオ・スパーズ |
3 | 6月21日 | サンアントニオ・スパーズ | 81-89 | ニューヨーク・ニックス |
4 | 6月23日 | サンアントニオ・スパーズ | 96-89 | ニューヨーク・ニックス |
5 | 6月25日 | サンアントニオ・スパーズ | 78-77 | ニューヨーク・ニックス |
ファイナルMVPは「ティム・ダンカン」。
NBA2年目にしてファイナル平均27.4得点14リバウンド2.2ブロックという驚異的なパフォーマンスを発揮し、初のファイナルMVPを獲得しました。
NBAファイナル1999の試合の概要
ここからは試合のさらに詳細な流れをお伝えしていきます。
ティム・ダンカンの伝説が始まったシーズンのNBAファイナルを一緒に見ていきましょう!
第1戦(77-89 サンアントニオ・スパーズ Win)
NBAファイナルの1回戦はサンアントニオ・スパーズのホーム「アラモドーム」で始まりました。
試合は序盤アラン・ヒューストンの活躍もありニックスが良いスタートダッシュを切りますが、第2Qに入ると試合は一転。
スパーズのディフェンスがニックスを完璧に捉えることに成功し、第2Qのニックスの得点をわずか10得点に抑え込みました。
その間スパーズは順当に得点を重ね逆転、さらに点差を広げ37−45のスパーズが8点リードで前半を折り返します。
後半は両者一歩も譲らぬ戦いとなりましたが、前半のリードを溶かさず守り切ったスパーズが勝利。
ニックスは一時6点差まで詰め寄る場面もありましたが、後一歩のところでスパーズに追加点を許し追いつくことができませんでした。
この試合スパーズはティム・ダンカンが33得点16リバウンドを記録しチームを牽引。
ニックスは4選手が10得点以上を記録したものの、爆発力に欠ける結果となりました。
第2戦(67-80 サンアントニオ・スパーズ Win)
スパーズリードで迎えた第2戦。
この試合はスパーズの”ツインタワー”が本領を発揮し、ニックスのオフェンスを完璧に近い形で押さえ込んだスパーズが勝利しました。
ニックスは試合を通して敵インサイドのダンカンとロビンソンによるリムプロテクトに苦しみ、シュート効率が32%まで低下。
頼みの3ポイントも2/14と不発に終わりお手上げ状態でスパーズの大勝を見守るしかありませんでした。
スパーズはダンカンが25得点、ロビンソンが16得点を記録しながら2人合わせて9本のブロックを記録。
文字通りインサイドを支配してみせ、スパーズを勝利に導きました。
第3戦(81-89 ニューヨーク・ニックス Win)
スパーズの2連勝で迎えた第3戦。
ここからはバスケの聖地、ニューヨークの「マディソン・スクエア・ガーデン」に移っての試合となりました。
第2戦での大勝を受け、このままスパーズがスイープ(4勝0敗)するのではという予想もありましたが、ニックスが”ツインタワー”に対する答えを見事に見せつけました。
この試合もスパーズはスタートからダンカンとロビンソンがペイントエリア内に陣取る形でのディフェンスを敷きましたが、ニックスはヒューストンやスプリーウェルといったガード陣が高確率でミドルレンジシュートを決め、第1Q終了時に21−32と11点のリードを奪います。
しかし第2Qに入るとシュート精度が落ち始め、ターンオーバーも増えたことでスパーズが点差を詰めて46-49の3点差で前半終了。
第3Qに入ってもシュートタッチが戻らないニックスはヒューストン以外の攻撃がほとんど決まらず16得点に終わるも、スパーズもターンオーバー祭りで点差は変わらず最終Qへ進みました。
迎えた最終Qは接戦になるかと思われましたが、ダンカンが全くシュートを決めることができずまさかの0得点に終わり、その間に点差を引き離したニックスが初勝利を手にしました。
この試合ニックスはヒューストンが34得点、スプリーウェルが24得点、ラリー・ジョンソンが16得点とガード陣が爆発。
一方スパーズはロビンソンが25得点10リバウンド、ダンカンが20得点15リバウンドといずれもダブルダブルを記録しますが、チーム全体で犯した20ターンオーバーがひびき流れを掴むことができませんでした。
第4戦(96-89 サンアントニオ・スパーズ Win)
依然スパーズリードで迎えた第4戦。
試合は序盤からアップテンポな殴り合いとなり、スパーズが全員で得点を決めれば、ニックスは伏兵チャーリー・ウォードが全てのシュートを決めて10得点と躍動し、第1Qは27-29とニックスが2点リードで終わります。
しかし第2Qに入るとスパーズがニックスのオフェンスを捕まえることに成功し、その間に逆転して50-46のスパーズ4点リードでハーフタイムを迎えました。
後半に入ってもスパーズが優位に進めリードを9点に広げて最終Qへ突入。
ここからニックスが猛反撃を仕掛けます。
ビューストンとスプリーウェルが交互に得点を決め、残り5分24秒でついに1点差まで追いつきました。
そこからはどちらが勝つかわからない接戦となりましたが、残り3分34秒から約3分間、追い上げのツケを払うかのようにニックスのシュートが全く入らなくなり、その間にスパーズが点差を10点まで広げて試合終了。
この試合スパーズはスタメン全員が2桁得点を取るなど多彩な攻撃を見せ勝利。
一方ニックスはスプリーウェルが26得点、ビューストンとマーカス・キャンビーが20得点をとる活躍をしますが、後一本が遠い試合となりました。
第5戦(78-77 サンアントニオ・スパーズ Win)
運命の第5戦。
優勝に王手のスパーズに対して絶対に負けられないニックスがホームで迎えた最後の一戦です。
この試合は完全なる世代交代を果たした両チームの新エース、ティム・ダンカンとラトレル・スプリーウェルの一騎打ちとなりました。
この日は両チーム敵エースを全く止めることができず、互いに50%近い確率でシュートを決め合う形となりました。
試合は序盤からほぼ互角の接戦であり、第3Qが終わって59-58の1点差でスパーズリードの状態。
そして始まった最後の12分間。
崖っぷちのニックスはとにかくボールをスプリーウェルに集め、彼がシュートを決めるという大胆な戦術に。
しかし彼がこれに答え、最終Q14得点を決めてニックスを牽引します。
スパーズはこれにダンカンを中心にしつつも持ち前の全員攻撃で反撃し、勝者一歩も引かないまま試合は終盤へ。
試合残り時間3分12秒、スプリーウェルが渾身のドライブからファールを獲得し、ニックス2点のリード。
直後ダンカンもフリースローを得ますが1本しか決められず1点差に縮めます。
ここからは両者全力のディフェンスで攻撃がシュートまで辿りつかないままターンオーバーになる展開に。
しかし1点を追うスパーズが1分を切ったあたりで仕掛けます。
ダンカンがボールを持つと、当然警戒するニックスがダブルチームでダンカンを囲いますが、それを見たダンカンはパスを選択。
受け取ったショーン・エリオットは一度ドライブをし、そのままコーナーでフリーになっていたエイブリー・ジョンソンへパスします。
ジョンソンは落ち着いてゴールを見上げ、放ったシュートは綺麗な弧を描きリングに吸い込まれました。
これによりスパーズが1点のリードを得て、結局これが決勝点に。
ニックスは最後の最後に得点が決まらず、失速する形でスパーズに逆転を許してしまいました。
スパーズが劇的勝利でシリーズを制し、フランチャイズ初のNBA制覇を成し遂げたのでした。
まとめ
今回は「NBAファイナル1999 サンアントニオ・スパーズ VS ニューヨーク・ニックス」の対決をご紹介しました。
いかがだったでしょうか?
後の殿堂入り選手となるダンカンですが、初のNBAファイナルで27.4得点14リバウンド2ブロックというモンスターパフォーマンスをしていたと考えると、やはり彼も生まれながらのスター選手だと思い知らされます。
スパーズの優勝はチームとしてはもちろん初めてですが、元ABA所属チームとしても初の優勝となりました。
やはりNBAファイナルはドラマがあって面白いですね!
他の年のNBAファイナルも同じように紹介していますので、ぜひそちらもご覧ください!
それではまた次の記事でお会いしましょう!