こんにちは!
NBA好きブロガーのおしょうサンドです。
NBAに属する全ての選手とチームが目指す目標である「NBAチャンピオン」。
多くのNBA選手が生涯に1度もつかむことができず引退していくほどに険しい道のりです。
NBAチャンピオンになった1チームは、翌年のNBAの中心となります。
他の29チームは、その1チームを倒すために新たな選手を獲得したり、戦術を取り入れたりと対策を講じていきます。
それゆえNBAの頂点を決める戦いである「NBAファイナル」は、例外なくそのシーズンの集大成であり、NBAの歴史そのものと言えるのです。
もちろんNBAファイナルだけを見ても十分面白いと思います。
ただ、NBAファイナルに至るまでにも毎年数々のドラマがあります。
進出したチームの辿ってきた軌跡を知ることで、NBAファイナルはさらに面白くなります!!!
つまり、NBAチャンピオンになったチームの背景を知ることは「NBAの歴史をより深く知ること」であり、NBAの”沼”により深くはまっていくきっかけの1つというわけですね!笑
そこで今回は1974-75シーズンを制したゴールデンステイト・ウォリアーズ(GSW)の優勝への軌跡をご紹介しようと思います。
ゴールデンステイト・ウォリアーズは優勝までにどのような軌跡を辿ってきたのでしょうか??
存分に見ていきましょう!
それではさっそく、ティップオフ!!
目次
ドラフト
NBAにおいて、オフシーズン最大のイベントは「NBAドラフト」ですよね!
世界最高のリーグであるNBAには、毎年世界最高の選手たちがドラフトされます。
将来チームの中心になりうる逸材や即戦力となる選手をリスクなく獲得できるため、すべてのチームにとって欠かせないイベントです。
ゴールデンステイト・ウォリアーズは1974年のNBAドラフトにて 名の選手をドラフトしました。
【指名選手】
巡 | 指名順位 | 選手名 | ポジション | 国籍 | 出身大学 | 前所属チーム(リーグ/国名) |
年ドラフトでの が持っていた自前の指名権は 枚で、 巡目 位で を指名しました。
もう一枚、
年NBAドラフトで指名された選手の一覧を見たいという方はこちらの記事をご覧ください!
リンクカード
NBAファイナルまでの道のり:1974-75 ゴールデンステイト・ウォリアーズのレギュラーシーズン
まずは1974-75レギュラーシーズンがゴールデンステイト・ウォリアーズにとってどんな1年だったのかを見ていきましょう!
【オフシーズンの動き】
1972年にチームはフィラデルフィアからサンフランシスコ湾の東岸オークランドに移転。
このシーズンよりABAに移籍していたリック・バリーがNBAに復帰し、ゴールデンステイト・ウォリアーズのエースとして活躍します。
バリーの活躍により強豪ではあるもののなかなか優勝できず、今年こそは優勝を目指しレギュラーシーズンに挑むこととなりました。
【レギュラーシーズンの結果】
オールNBAファーストチームに選出されたリック・バリーを筆頭に、ウエスタン・カンファレンスの強豪として勝ち星を重ね、最終的には48勝34敗というウエスト1位の勝率でプレイオフに進みました。
ゴールデンステイト・ウォリアーズはパシフィック・ディビジョンで1位を獲得しました。
【1974-75レギュラーシーズン パシフィック・ディビジョンの結果】
パシフィック・ディビジョン | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | ホーム | ロード | Div | GP |
ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 48 | 34 | 0.585 | – | 31–10 | 17–24 | 19–11 | 82 |
シアトル・スーパーソニックス | 43 | 39 | 0.524 | 5 | 24–16 | 19–23 | 18–12 | 82 |
ポートランド・トレイルブレイザーズ | 38 | 44 | 0.463 | 10 | 29–13 | 9–31 | 16–14 | 82 |
フェニックス・サンズ | 32 | 50 | 0.390 | 16 | 22–19 | 10–31 | 12–18 | 82 |
ロサンゼルス・レイカーズ | 30 | 52 | 0.366 | 18 | 21–20 | 9–32 | 10–20 | 82 |
ゴールデンステイト・ウォリアーズはウエスタン・カンファレンスで1位を受賞し、プレイオフに進出しました。
【1974-75レギュラーシーズン ウエスタン・カンファレンスの結果】
ウエスタン・カンファレンス | ||||||
# | チーム | 勝 | 負 | 勝率 | 差 | GP |
1 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 48 | 34 | 0.585 | – | 82 |
---|---|---|---|---|---|---|
2 | シカゴ・ブルズ | 47 | 35 | 0.573 | 1 | 82 |
3 | カンザスシティ・キングス | 44 | 38 | 0.537 | 4 | 82 |
4 | シアトル・スーパーソニックス | 43 | 39 | 0.524 | 5 | 82 |
5 | デトロイト・ピストンズ | 40 | 42 | 0.488 | 8 | 82 |
6 | ポートランド・トレイルブレイザーズ | 38 | 44 | 0.463 | 10 | 82 |
6 | ミルウォーキー・バックス | 38 | 44 | 0.463 | 10 | 82 |
8 | フェニックス・サンズ | 32 | 50 | 0.390 | 16 | 82 |
9 | ロサンゼルス・レイカーズ | 30 | 52 | 0.366 | 18 | 82 |
NBAファイナルまでの道のり:1974-75 ゴールデンステイト・ウォリアーズのプレイオフ
次にゴールデンステイト・ウォリアーズが1974-75プレイオフをどのようにして勝ち抜いたのか見ていきましょう!
【1974-75プレイオフの背景】
1974-1975シーズンのプレイオフは1975年4月8日に開始し、5月25日に終了しました。
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)対シアトル・スーパーソニックス:4勝2敗
カンファレンス・セミファイナル(東地区準決勝)ではトミー・バールソンやフレッド・ブラウンらのシアトル・スーパーソニックスと対戦し、4勝2敗で勝利してカンファレンス・ファイナルに進出しました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1975年4月14日 | シアトル・スーパーソニックス | 96-123 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム | |
第2戦 | 1975年4月16日 | シアトル・スーパーソニックス | 100-99 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム | |
第3戦 | 1975年4月17日 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 105-96 | シアトル・スーパーソニックス | シアトル・センターコロシアム | |
第4戦 | 1975年4月19日 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 94-111 | シアトル・スーパーソニックス | シアトル・センターコロシアム | |
第5戦 | 1975年4月22日 | シアトル・スーパーソニックス | 100-124 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム | |
第6戦 | 1975年4月24日 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 105-96 | シアトル・スーパーソニックス | シアトル・センターコロシアム |
カンファレンス・ファイナル(東地区決勝)対シカゴ・ブルズ:4勝3敗
カンファレンス・ファイナルではボブ・ラブやチェット・ウォーカーを擁するシカゴ・ブルズとの対戦となり、これを4勝3敗でなんとか接戦を制してNBAファイナルに進出しました。
試合 | 日付 | アウェイ | 結果 | ホーム | アリーナ | |
第1戦 | 1975年4月27日 | シカゴ・ブルズ | 89-107 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム | |
第2戦 | 1975年4月30日 | シカゴ・ブルズ | 89-90 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム | |
第3戦 | 1975年5月4日 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 101-108 | シカゴ・ブルズ | シカゴ・スタジアム | |
第4戦 | 1975年5月6日 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 106-111 | シカゴ・ブルズ | シカゴ・スタジアム | |
第5戦 | 1975年5月8日 | シカゴ・ブルズ | 89-79 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム | |
第6戦 | 1975年5月11日 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | 86-72 | シカゴ・ブルズ | シカゴ・スタジアム | |
第7戦 | 1975年5月14日 | シカゴ・ブルズ | 79-83 | ゴールデンステイト・ウォリアーズ | オークランド=アラメダ・カウンティー・コロシアム |
こうして迎えた1975年のNBAファイナルでは、ゴールデンステイト・ウォリアーズがエルヴィン・ヘイズやフィル・シェニエらを擁するワシントン・ブレッツを4勝0敗で破り、NBA優勝を果たしました。
1975年のNBAファイナルについての詳しい内容を知りたいという方はこちらの記事もぜひお読みください!
まとめ:ウォリアーズが19年ぶりのNBA制覇
今回は「1975年のNBAファイナルで優勝を果たした”ゴールデンステイト・ウォリアーズ”のチーム背景と優勝への軌跡」についてご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
NBA優勝を果たすまでの道のりの険しさを知ると、NBAファイナルをより深く楽しむことができますよね!
この優勝はゴールデンステイト・ウォリアーズにとって19年ぶり2度目のNBA優勝となりました。
また、エースのリック・バリーは初の優勝にして自身初のファイナルMVP受賞となりました。
他のシーズンについても優勝チームの軌跡についてご紹介している記事がありますので、そちらもぜひご覧くださいね!
それではまた次の記事でお会いしましょう!