みなさんは「ネイト・アーチボルド」という選手をご存知ですか?
NBA75周年を記念して発表された「NBA75周年記念オールタイムチーム」に選出されており、現役時代に着用した背番号「1」がサクラメント・キングスの永久欠番にもなっているレジェンドです。
ただ、活躍したのが1970年代〜1980年代前半ですので、正直NBAファンであってもあまりよく知らない方も多いのではないでしょうか。
そこでこの記事では、そんなネイト・アーチボルドがなぜNBAレジェンドと讃えられているのか、その理由を解説していこうと思います。
彼が残した実績や印象的なエピソード、プレースタイルなどを元に、ネイト・アーチボルドの魅力を存分に語っていきますので、NBAレジェンドの生き様に興味のある方はぜひ最後までお読みくださいね!
目次
ネイト・アーチボルド:“タイニー”の愛称で親しまれた歴代屈指のスピードスター
ボブ・レイニアやピート・マラビッチなどの数々のスター選手を輩出した1970年NBAドラフトにおいて、全体19位で指名を受けてNBA入りを果たした「ネイト・アーチボルド」。
約185cmとNBA選手としては非常に小柄な身長ながら、驚異的なスピードと卓越したハンドリングスキルで、自分より10cmも20cmも大きな選手たちを翻弄した歴代屈指のスピードスターです。
愛称は英語で「とても小さい」を意味する“タイニー(tiny)”。
幼少期から身長の小さかったアーチボルドに対して家族が付けたニックネームに由来するものなんだそうですが、NBAに入ってからはアーチボルドの活躍に勇気を与えられた世界中の低身長プレイヤーからの“尊敬の証”となっているんですよ!
オールスター6回、オールNBAチーム5回と個人の実績も素晴らしく、1991年にはバスケットボール殿堂入りを果たすなど、後世に語り継がれるべきレジェンドの1人であることは間違いないでしょう。
【NBA時代の主な実績】
NBAチャンピオン:1回(1981)
オールスター:6回(1973, 1975, 1976, 1980〜1982)
オールNBAチーム
・ファーストチーム:3回(1973, 1975, 1976)
・セカンドチーム:2回(1972, 1981)
得点王:1回(1973)
アシスト王:1回(1973)
NBA史上唯一の「得点王」と「アシスト王」の同時受賞者
ネイト・アーチボルドを語る上で外せないのが、1972-73シーズンに成し遂げた「得点王」と「アシスト王」の同時受賞です。
カンザスシティ=オマハ・キングス(現サクラメント・キングス)の絶対的エースとして活躍していたアーチボルドは、平均34.0得点、11.4アシストを記録して両スタッツでリーグのトップに君臨。
これ実は、NBAの長い歴史の中でも達成者したのがネイト・アーチボルドただ1人の大偉業なんですよ!(2026年6月時点)
確かに、この受賞の裏にはカンザスシティ=オマハ・キングス(現サクラメント・キングス)がアーチボルド以外スター選手がおらず、常にボールを持ち続ける必要があったからという事実があったことは否めません。
ただ、逆に言えば自分に相手チームのディフェンスが集中する状況でも活躍できたということであり、オフェンス面においてはリーグ屈指の実力者であったことは間違いないでしょう。
大怪我を乗り越え、スタイルを変えて掴んだ悲願の初優勝
1970年にシンシナティ・ロイヤルズ(現サクラメント・キングス)にドラフトされ、自分以外にスターのいないチームを6シーズンに渡って引っ張り続けたネイト・アーチボルド。
ただ、「チームを1人で率いる」という事実は言葉でいうほど簡単なものではなく、アーチボルドの体は次第に悲鳴をあげていきました。
故障がちになったエースを良しとしないチームによって、アーチボルドはニューヨーク・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)へとトレードされ、さらにはわずか1年でバッファロー・ブレーブス(現ロサンゼルス・クリッパーズ)へとトレードされることに。
急激に変化していく周囲の環境に心身ともにストレスを感じていたためか、最終的には「アキレス腱断裂」という大怪我によってコートに立つことすらできなくなってしまったのです。
そんな彼に転機が訪れたのが1979-80シーズン、ボストン・セルティックスに所属していたアーチボルドは、ラリー・バード、セドリック・マクスウェル、デイブ・コーウェンスといったスター選手と共にに戦い、その圧倒的なパスセンスによってチームに貢献。
かつてのような爆発的なスコアリング能力はなかったものの、チームの絶対的司令塔という新たなスタイルで活躍し、翌1980-81シーズンには悲願のNBA優勝を成し遂げたのでした。
かつて「得点王」に輝いたスター選手が、一度は「終わった選手」という烙印を押されながらも、大怪我を乗り越え優勝を果たすというアーチボルドのサクセスストーリーは、彼をレジェンドに押し上げるには十分すぎるものだなと個人的には思います。
身長185cmの男はなぜNBAで活躍できた?
ネイト・アーチボルドのプレーの特徴を3つ紹介
身長185cmながらNBAで「得点王」にも輝いたネイト・アーチボルドですが、なぜ彼はNBAの舞台で活躍することができたのでしょうか?
この記事では最後に、身長というハンデを超えてリーグトップクラスの選手となった男の秘密を、プレースタイルの面から解き明かしていきたいと思います。
プレーの特徴①:ディフェンダーを置き去りにする「ドライブ」
ネイト・アーチボルドの最大の武器はやはり「ドライブ」でしょう。
とにかく初速が異常なほど早く、ディフェンダーを置き去りにしてゴール下まで侵入するシーンは毎試合のように見られました。
また、トップスピードでも安定してボールを持ち続けられるハンドリング能力も持ち合わせており、低重心かつ細かなドリブルでコートを切り裂くアーチボルドからボールを奪うのはディフェンダーにとって至難の業だったことでしょう。
プレーの特徴②:コンタクトを恐れない「ファウルドロー」
身長の低かったアーチボルドが得点を伸ばすことができた大きな理由の1つが「ファウルドロー」の技術の高さにあると思います。
たとえドライブでゴール下まで到達したとしても、身長の低いアーチボルドはブロックの標的になってしまいますが、そこでコンタクトを恐れずにあえてぶつかりながらシュートを放つことでフリースローを獲得することができたのです。
例えば、「得点王」を受賞したシーズンは、1試合平均9.8本のフリースローを獲得し、そのうち8.3本を沈めています。
このファウルドローのスキルによって、たとえシュートが不調な時間帯でも安定してスコアを伸ばすことができていました。
プレーの特徴③:広大な視野から繰り出される正確無比な「パス」
アーチボルドのもう1つの大きな武器が、その圧倒的な「パス」能力でした。
圧倒的なスピードでゴール下に侵入するアーチボルドを止めるため、相手ディフェンスは常に彼に引き寄せられます。
広大な視野を持っていたアーチボルドはその瞬間に生まれるフリーな味方を見逃さず、正確無比なパスを供給して味方をアシストしていました。
キャリアの晩年になってもそのパスセンスは健在で、1981年のボストン・セルティックスが優勝できたのはアーチボルドのパスセンスがあったからと言っても過言ではないでしょう。
まとめ
今回は1970年代〜80年代に活躍した小柄なスピードスター「ネイト・アーチボルド」についてご紹介しました。
いかがでしたでしょうか?
弱小チームを1人で率い、リーグトップクラスのオフェンスプレイヤーとして君臨した全盛期。
大怪我を乗り越え、ボストン・セルティックスでスター軍団と共に悲願の優勝を果たした円熟期。
ネイト・アーチボルドというレジェンドの魅力は、「低身長だから」という言葉には収まりきらないほどにドラマチックなキャリアを送った点にあると思います。
彼の繰り出すドライブやパスはとても見応えがありますので、これまでアーチボルドを知らなかったという方も、この機会に彼のプレー集を視聴してみてはいかがでしょうか?
それではまた、次の記事でお会いしましょう!