NBA伝説の男たち

デニス・ジョンソンってどんな選手?3度の優勝を誇る稀代の“ツーウェイプレイヤー”の偉大なキャリアや功績を紹介

皆さんは「デニス・ジョンソン」というNBAレジェンドをご存知でしょうか?

「知ってるよ!」という方はかなりの“NBA通”だと思いますが、僕個人としてはもっと知られてもいいのに・・・と思う選手の1人です。

 

シアトル・スーパーソニックスで1回、ボストン・セルティックスで2回の合計3度のNBA制覇を経験しているデニス・ジョンソンとは、一体どんな選手だったのか。

この記事では、興味を持っていただいた皆さんに向けて、デニス・ジョンソンというレジェンドの偉大なキャリアを余すことなくお伝えしていこうと思います。

 

デニス・ジョンソン:3度の優勝を誇る稀代の“ツーウェイプレイヤー”

1976年のNBAドラフトにて2巡目29位という非常に低い順位で指名を受けNBA入りを果たした「デニス・ジョンソン」。

大学時代は無名の選手だったことからほとんどの球団は見向きもしませんでしたが、最終的には1970年代〜80年代を代表する歴代屈指のガードへと大成したわけですから、ドラフトしたシアトル・スーパーソニックスのスカウト陣は非常に優秀だったといえますね!

 

攻守に秀でた能力を持つ“ツーウェイプレイヤー”として知られ、シアトル・スーパーソニックス、フェニックス・サンズ、ボストン・セルティックスの3チームで主力として活躍したジョンソン。

特に、キャリアで計9回もオールディフェンシブチーム選出されるほどの「ディフェンス力」はガードとしては歴代トップクラスで、マジック・ジョンソンやアイザイア・トーマスといった歴史に名を残す名プレイヤーたちを大いに苦しめました。

 

結果的に3度の優勝、うち1度はファイナルMVPも受賞するなど輝かしいキャリアを送り、後世に語り継がれるべきレジェンドとして2010年にはバスケットボール殿堂入りを果たしています。

 

【NBA時代の功績】

NBAチャンピオン:3回(1979, 1984, 1986)

ファイナルMVP:1回(1979)

オールスター:5回(1979〜1982, 1985)

オールNBAチーム
・ファーストチーム:1回(1981)

オールディフェンシブチーム
・ファーストチーム:6回(1979〜1983, 1987)
・セカンドチーム:3回(1984〜1986)

 

シアトル・スーパーソニックスに球団史上初のトロフィーをもたらす

キャリアで合計3度のNBA制覇を果たしているデニス・ジョンソンですが、自身がエースとしてチームに栄光をもたらした、ある意味最も価値あるトロフィーとも言えるのが、1979年のシアトル・スーパーソニックスでの優勝でしょう。

 

この優勝はジョンソンにとってもキャリア初のものですが、シアトル・スーパーソニックスにとっても球団史上初の大偉業。

しかも、前年NBAファイナルで敗北したワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)へのリベンジマッチという絶対負けられない戦いでの勝利だったわけですから、伝説的と言わざるを得ないでしょう。

 

デニス・ジョンソンは、そんな超重要なシリーズにおいて攻守の両面で躍動し、見事「ファイナルMVP」を受賞。

チームメイトにはガス・ウィリアムズやジャック・シクマといった強力なプレイヤーたちが名を連ねていましたが、守備での貢献度の高さや精神的支柱としてのリーダーシップなど、スタッツに現れない貢献度を考えると納得の受賞だったと言えるでしょう。

 

“黄金期”ボストン・セルティックスの絶対的司令塔に

キャリアの晩年、フェニックス・サンズでエースとして活躍していたデニス・ジョンソンに舞い込んだのは、優勝候補の一角であるボストン・セルティックスからの“引き抜き依頼”でした。

当時ジュリアス・アービング要するフィラデルフィア・76ersに手を焼いていたセルティックスは、圧倒的なディフェンス力を誇るデニス・ジョンソンの獲得によって補強を計ろうとしていたのです。

 

すでにラリー・バード、ケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュといった主力メンバーが揃っていたセルティックスにおいて、ジョンソンは“エース”から“ロールプレイヤー”へと大きくプレースタイルを変えて順応。

「ディフェンス力」および「オフェンスの潤滑油」を手に入れたセルティックスは“黄金期”へと突入し、見事2度(1984, 1986)のNBAチャンピオンに輝いたのです。

 

エースという立場に固執し、役割を受け入れられないスター選手も多い中、スタイルを変えてチームに貢献したデニス・ジョンソンは、まさに優勝にふさわしいプレイヤーだったと言えるでしょう!

 

“ツーウェイプレイヤー”たる所以!
デニス・ジョンソンの伝説的な試合3選

ここまで読んでいただいている皆さんには、デニス・ジョンソンがいかに偉大なプレイヤーだったかは伝わったはず。

ただ、「稀代の“ツーウェイプレイヤー”」というほど攻守でのインパクトは感じられていないのではないでしょうか?

そこで最後に、デニス・ジョンソンが攻守でいかに優れた選手だったかが分かる「伝説的な試合」を3つ厳選してご紹介しますので、それらを通じて彼の魅力を存分に感じていってもらえればと思います!

 

伝説的な試合①:NBAファイナルで披露した1試合7ブロック

まず、守備の名手であるデニス・ジョンソンの、ディフェンス面でのキャリア最高の試合からご紹介しましょう!

舞台となったのは1978年のNBAファイナル第3戦、シアトル・スーパーソニックスにとっては球団史上初の優勝がかかった非常に重要な試合でした。

 

この試合、デニス・ジョンソンは、当時ガードとしてはNBAファイナル史上最多となる「1試合7ブロック」を記録。

ジョンソンの活躍もあり、スーパーソニックスは93対92という大接戦を制して勝利を掴み取りました。

 

この勝利によってシリーズ2勝1敗とリードしたスーパーソニックスはそのまま2連勝してNBA優勝を決めており、この一戦がデニス・ジョンソンのファイナルMVPを決定づけたと言っても過言ではないでしょう。

 

伝説的な試合②:名シーン「ザ・スティール」の立役者

続いてご紹介するのは、NBA史上屈指の名シーン「ザ・スティール」が誕生した試合。

1987年のイースタンカンファレンスファイナルにて、宿敵デトロイト・ピストンズとの激闘を繰り広げていたボストン・セルティックスは、勝負の第5戦、試合終盤に劇的な大逆転勝利を収めました。

 

この大逆転の要因となったのがラリー・バードのスティールだったわけですが、バードがボールを奪ったことにすぐさま反応し、ブザービーターでレイアップを沈めた選手こそデニス・ジョンソンなんです。

もちろん絶体絶命な状況からチームを救ったバードの活躍が伝説的であったことは間違いありませんが、あの場面で落ち着いて奇跡的な勝利を呼び込む2点を決めたデニス・ジョンソンの存在もまた伝説的だったと言えるでしょう!

 

伝説的な試合③:NBAプレイオフ史上初の3ポイントシュートによる決勝弾

もう1つ、デニス・ジョンソンのオフェンス面におけるハイライトとも言える試合をご紹介します。

1980年のウェスタンカンファレンス・セミファイナルの第1戦、シアトル・スーパーソニックスに所属していたデニス・ジョンソンはシドニー・モンクリーフ要するミルウォーキー・バックスと対峙していました。

 

シリーズの流れを決める大事な初戦は延長戦にまでもつれ込む激闘となりましたが、試合時間残り数秒、ジョンソンの放った3ポイントシュートが炸裂し、114対113でスーパーソニックスが試合を制したのです。

実はこのシュートがNBAのプレイオフ史上初となる3ポイントシュートによる決勝弾だったそう。

 

試合全体を通してみても、2度のDPOY(最優秀守備選手賞)を受賞しているシドニー・モンクリーフと対峙しながら24得点を記録するオフェンス力の高さを証明し、決勝弾を決める勝負強さも併せ持つ“ツーウェイプレイヤー”としての地位を確立させた試合だったと言えるでしょう。

 

まとめ

1970年代〜1980年代というNBAの勢力図が大きく変動した時代を戦い抜いた「デニス・ジョンソン」。

シアトルではエースとして、ボストンではチームを支える司令塔として、どちらの役割でも優勝という最高の実績を残しているのはさすがとしか言いようがありません。

 

どうしてもラリー・バードやケビン・マクヘイルといったスーパースターたちの影に隠れてしまいがちですが、所属したすべてのチームで主力として活躍し、3つのチャンピオンリングを手にした実績はレジェンドと呼ぶにふさわしいものでしょう。

個人的には1979年のシアトル・スーパーソニックスでの優勝はもっと知られてもいいのに・・・と思ってしまいますね。

 

少し昔の選手で映像は荒いですが、YouTubeなどにデニス・ジョンソンのハイライト集を見ることができるので、まだ見たことがない方はこの機会にぜひ見てみてくださいね!

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