”スリーストライプ”と呼ばれる3本線がトレードマークの世界的スポーツブランド「アディダス」。
サッカー用スパイクのイメージが強いアディダスですが、実は古くからバスケットシューズの開発を行っており、NBAとの関係性も非常に深いブランドなんです。
この記事では、そんなアディダスが世に送り出した名作バッシュたちの中から「アディダス トップテン」に注目。
「スーパースター」から「フォーラム」へとアディダス名作バッシュの系譜を繋いだ歴史的なモデルの魅力をご紹介します。
2016年からNBAを見はじめ、NBAの歴史を調べるのが大好きな僕の視点から、「アディダス トップテン」が名作と呼ばれる理由を語っていきますので、ぜひ最後までご覧くださいね!
「アディダス トップテン」ってどんなバッシュ?
現役NBA選手10名の意見を取り入れて作られた名作モデルの魅力をNBAオタクが語る
まずは、「アディダス トップテン」がどんなバッシュなのか、その概要を語っていこうと思います。
1980年代前半のNBAを彩ったアディダス屈指の名作モデルの魅力を、一緒に見ていきましょう!
スーパースターに次ぐアディダスのハイエンドモデルとして開発された一足
「アディダス トップテン」の歴史的立ち位置を一言で表現するなら「伝説のモデル『スーパースター』の正当後継者」でしょう。
アディダスには、ブランドが持つ最先端技術と最上級の素材を惜しみなく使って作られた最上位モデル、通称“ハイエンドモデル”が存在するのですが、スーパースターの次に開発されたハイエンドモデルが「トップテン」だったそうです。
誕生した1979年から1984年までの約5年もの間アディダスを象徴する一足として扱われ、当時のモデルはほぼ全てがフランスで製造。
高級レザーをふんだんに使用したアッパー、足首を完全に覆うハイカットのシルエット、クリップ力の高いヘリンボーンソールなど、当時のモデルとしては最高クラスのデザインとスペックだったことは間違いないでしょう。
実際、当時のNBAでもトップテンを着用してコートに立つ選手たちの姿が数多く確認されていますよ!
ブレイザーズとセルティックスでNBA制覇を成し遂げた「ビル・ウォルトン」が愛用したモデルとしても知られており、NBAファンとしても非常に魅力的な一足だと言えるでしょう!
10名の現役NBA選手の意見を取り入れて作られたモデル
続いては、「トップテン」というその名前の秘密に迫っていきたいと思います!
「トップテン」の由来はそのまま“上位10名”を意味する英単語。
なんと「NBAのトップ10選手が使用している」というコンセプトで作られていたんだそうです。
さすが、アディダスがアスリートに向けて開発したハイエンドモデル、志が違いますね、、、。
ただ、実際はアディダスが選出した期待の新人プレイヤーたち10名の意見が取り入れられたモデルなんだそうで、当時のNBAを席巻していたマイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソン、ラリー・バードといった選手たちが含まれていないため、真の意味でNBAのトップ選手とは行かなかった
プロ・アスリート向けの最上位シューズとして開発され、アディダスでのポジション的には「スーパースター」や「ジャバー」の次世代モデルとして登場したバスケットボールシューズです。
以前のブログでも紹介しましたが、このトップテンの意味はNBAのトップ選手10名が使用しているという意味で、NBAのトップ10の選手という意味ではありません。当時を知っている方ならジャバーが入っておらず、ラリーバードも含まれないのは上位10名でないことは明らかですね。笑
アディダスは期待していたようですが、実際選出された10名のうち、引退までにNBAオールスターに選出されたのは1名のみ(ボブ・レイニア)と、かなり厳しい結果だったことは否めませんね。
【アディダスがトップ10に選出した選手たち】
- ダグ・コリンズ
- マーケス・ジョンソン
- カーミット・ワシントン
- エイドリアン・ダントリー
- ボブ・レイニア
- ボビー・ジョーンズ
- ビリー・ナイト
- シドニー・ウィックス
- ミッチ・カプチャック
- ケビン・グリービー
考案者はNBAレジェンド「リック・バリー」
「アディダス トップテン」が誕生するにあたって、語らずにはいられない1人のNBAレジェンドがいます。
その名も「リック・バリー」。
パワーフォワードとしてリーグ屈指の実力を持ちながら、下投げフリースローのインパクトが強すぎたため、特殊なシュートモーションばかりが有名になってしまった悲しきレジェンドです。笑
そんな彼の放った「最も美しい批評家は、アメリカで活躍する『トップテン』プレイヤーである」という一言が、10名のNBAプレイヤーの意見を取り入れるという「トップテン」のコンセプトに繋がったんだとか。
もちろんただ助言をしただけではなく、後の開発、宣伝にも大きく貢献。
彼なくして「アディダス トップテン」の誕生はなかったと言っても過言ではないほどに、リック・バリーの存在は大きいものだったと言えるでしょう。
NBAオタクが語る「アディダス トップテン」の歴史
スーパースターの後継モデルは如何にして“名作”となったのか
さて、今でこそ名作バッシュとして扱われ、復刻版もリリースされるなど世界的知名度をもつ「アディダス トップテン」ですが、当然初めからその地位が約束されていたわけではありません。
偉大すぎる前作「スーパースター」の後継モデルは、如何にして“名作”となったのか、その歴史をNBAオタクである僕の視点から語っていこうと思います。
1977年|「アディダス トップテン サンプル」がリリース
1979年にリリースされる「アディダス トップテン」ですが、実はその2年前に「アディダス トップテン サンプル」という前駆モデルが世に出されていたことをご存知でしょうか?
オリジナル版に比べるとかなりソールが軽かったり、シュータンにあるはずの「TOP TEN」表記がなかったりと、作りはかなり簡素なものだったそう。
ただ、これはアディダスが選んだ作戦の1つであり、より安価に生産できるモデルだったからこそ世界各国のバスケ選手たちに届けることができたんだそうです。
もちろん日本にも「アディダス トップテン サンプル」は届いており、主に実業団の選手に提供されました。
1979年|スーパースターの後継者「アディダス トップテン」誕生
そして来る1979年、ついにアディダスから「トップテン」が誕生。
販売当初から足首のカットの高さによって「ハイ」と「ロー」の2種類が存在し、カラーに至ってはハイもローも6色ずつ展開と、かなり充実したラインナップが話題となりました。
ただ、満を持して登場したトップテンは、その前評判の割にはイマイチな売り上げスタートとなります。
理由は、前作の「スーパースター」がまだ愛用され続けてしまっていたから。
十分な性能を持ち、かつ安価なスーパースターは、需要が下がりにくかったんですよね、、、。
そんな向かい風とも言える状況でスタートした「トップテン」でしたが、年を越すにつれてその人気は徐々に高まっていくのでした。
1981年| チームカラーのバッシュを着用する波に乗り、多数のチームカラーが登場
「トップテン」が真に名作バッシュとなったのは1980年代に入ってからのこと。
特にNBAや大学バスケで一時的なトレンドになった“チームカラーのバッシュを着用する”という文化と、「トップテン」の豊富なカラー展開がマッチし、人気が急上昇したというわけですね!
NBAでは、先ほどご紹介したNBAレジェンド「ビル・ウォルトン」をはじめとした数多くの選手たちが着用。
確認できる限りでもセルティックス ペイサーズ、バックス ブルズ、スーパーソニックスの5チームは、チームカラーのトップテンを着用した選手たちをコートに送り出していた姿が確認されています。
スーパースターの影に隠れてしまっていたトップテンでしたが、この時代を経て多くのファンに愛される“名作バッシュ”としての地位確率したと言えるでしょう。
1984年|後継モデル「アディダス フォーラム」がリリース
1979年、残念ながらリリースからわずか5年間で「トップテン」の時代は突如終わりを迎えます。
その理由は、アディダスからさらなる後継モデル「アディダス フォーラム」がリリースされたから。
大人気チーム「ロサンゼルス・レイカーズ」が本拠地としていた「ザ・フォーラム」から由来するアディダスの最新作は、瞬く間にアディダスを代表する一足へと進化を遂げていくのでした。
こうして、「スーパースター」から「トップテン」、そして「フォーラム」というアディダスのハイエンドモデルの系譜を繋ぐ一足として、バッシュの歴史に名を刻むことになったのです。
まとめ
今回はアディダスが生み出した名作バッシュの1つ「アディダス トップテン」についてその魅力と歴史をご紹介しました。
スーパースターの後継という重すぎる役割を担いながら、アディダスのハイエンドモデルとしての威厳を保ち、後継となるフォーラムへとバトンを繋いだトップテン。
そのわずか5年という生産期間が逆に希少価値を高め、コレクターの間では非常にレアなモデルとして取引されているんだそうですよ!笑
オリジナルのものは入手困難だと思いますが、復刻版はアディダス公式ショップや大手通販サイトなどでも購入することができますので、歴史を知った今、みなさんのスニーカーコレクションの1つに加えてみてはいかがですか?
それではまた、次の記事でお会いしましょう!