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1970年代の名作バッシュ5選!観戦歴10年以上のNBAオタクが独断と偏見で紹介

バスケプレイヤーにとって、もはや相棒と呼べるほどに重要なアイテムである「バスケットシューズ」。

その歴史は悠に100年を超え、バスケットボールのいう競技の進化と共に姿形を変化させ続けてきました。

 

この記事では、そんなバスケットシューズの歴史から「1970年代」をピックアップし、時代を彩った“名作”と称されるバッシュたちをご紹介します。

2016年からNBAを見始め、NBAの歴史を知るのが大好きな僕の視点から、NBAを中心に活躍したモデルたちをチョイスしていますので、ぜひ最後まで楽しんで行ってくださいね!

 

1970年代は「レザーバッシュ」の最盛期!

名作バッシュについて語る上で、1970年代のバスケットシューズ界がどのような状況にあったのかを知っておくと、より楽しむことができるはず。

ここでは、バッシュの歴史についてあまり詳しくない方でも、僕的に「これだけは知っておいて欲しい!」と思う歴史のハイライトをかいつまんでご紹介していこうと思います!

 

キャンバス生地より耐久性に優れた「レザー生地」がトレンドに

コンバースやプロケッズ、オニツカタイガーなどのブランドが技術を競った1960年代、バッシュ素材の主流は「キャンパス生地」でした。

とても軽くてコスト安いキャンパス生地は当時革命的な素材でしたが、年々激しさを増すプロのプレーに耐久性が物足りず、徐々に改良が求められるようになっていきます。

 

そんな中、キャンパス生地よりも耐久性やフィット感に優れた「レザー生地」を使用したバッシュが登場。

初めは素材の入手が困難であることや加工技術の難しさから安定した生産がままならなかったものの、時代と共にその課題が解決された1970年代にはレザーバッシュの時代が到来したのです。

 

バスケをしたことのある人なら分かると思いますが、前後左右に激しいステップを踏むバスケのプレーはバッシュへの負担がハンパなさそうですよね。

もしバッシュが壊れやすい素材だったら、怖くて全力でのプレーなんてできません。笑

レザー素材のバッシュは、その耐久性の高さによって選手たちの全力を引き出し、バスケットボールという競技の発展をより早めたと言えるでしょう。

 

NBA選手の7割が着用!?レザーバッシュの原点「アディダス スーパースター」登場

そんなバッシュの概念が大きく変わった時代において、史上初の実用的なレザーバッシュとして1969年に登場したのが、かの有名な「アディダス スーパースター」。

その高い耐久性と足と一体化するようなホールド感は多くのプレイヤーから高い評価を受け、一時はNBAに所属する選手の7割がスーパースターを着用していたんだとか。

今では信じられない光景ですが、もはや"オールスター履かないのは舐めプ"くらいの感覚だったのかも知れませんね。笑

 

さて、そんなアディダス一強の環境で幕を開けた1970年代は、他のブランドがこぞってレザーバッシュを開発し、「アディダス スーパースター」に挑んでいく構図になります。

この背景を踏まえてこの後にご紹介する名作バッシュを見ていくと、各ブランドの思惑が見えてより面白いと思いますよ!

 

NBAオタクが厳選!1970年代のNBAで活躍した名作バッシュ5選

さて、それではいよいよ1970年代を代表するバッシュたちについて語っていきましょう!

2016年からNBAを観戦し、NBAの歴史を調べるのが大好きな僕の視点から、1970年代のNBAを彩った名作を5つ厳選してお送りします。

 

1971年|プロケッズ ロイヤルプラス

みなさんは「西のコンバース、東のケッズ」という言葉をご存知でしょうか?

1970年代のアメリカにおけるバスケットボールシューズの流行りを表現したキャッチコピーだそうですが、そんな表現をされるほどにケッズというブランドはバッシュの歴史において語らずにはいられない存在なんです。

「プロケッズ」は、そんなケッズが生み出した“本気のバスケットボールプレイヤー向け”のブランドで、誕生当初からジョージ・マイカンやジュリアス・アービングといったNBAレジェンドたちからも高い評価を受けてきました。

 

1971年にリリースされた「ロイヤルプラス」は、かつて1950年代に絶大な人気を誇った「ロイヤルアメリカ」をスウェード素材で甦らせたモデル。

スウェード素材特有の発色のいいカラーリングが、当時各大学のスクールカラーに合わせて着用することがトレンドとなっていた東地区の大学プレイヤーたちにブッ刺さり、一躍時代を代表する名作モデルへと成り上がったのです。

 

1972年|ナイキ ブレザー

続いてご紹介するのは、当時まだ有名な企業ではなかったナイキが生み出した、ブランド史上初の本格派バッシュ「ブレザー」。

ナイキの本社があるオレゴン州ポートランドに本拠地を置くNBAチーム「ポートランド・トレイルブレイザーズ」にちなんで名付けられた一足です。

 

「ナイキ ブレザー」を語る上で欠かすことができないのが、NBA史上屈指のスコアラー「ジョージ・ガービン」の存在。

淡々と得点を取り続ける姿から“アイスマン”の異名を持つ伝説の点取り屋は、ブレザーを履きながら4度の得点王に輝くシーズンを残し、彼の活躍はブレザーの名を全米、そして世界に知らしめることとなったのでした。

 

1980年代には「エア ジョーダン」と共にバスケットシューズ界の覇権を握る存在となるナイキですが、そんな未来の世界的ブランドの歩みはこの「ブレザー」から始まったと言っても過言ではないのです。

 

1973年|プーマ クライド

さあ、続いてご紹介するのは、“世界初のシグネチャーモデル”として知られる「プーマ クライド」。

ブランドが選手個人とタッグを組み、その選手の要望に沿って開発したモデルを“シグネチャーモデル”と呼びますが、「プーマ クライド」は当時ニューヨーク・ニックスを支える若きスター「ウォルト・フレイジャー」のシグネチャーモデルとして開発された一足です。

 

フレイジャーは元からプーマの名作「スウェード」のファンであり、シグネチャーモデル作成においてもレザーバッシュというトレンドを無視する形で「スウェード生地」のモデルを希望したんだそう。

 

その後、ウォルト・フレイジャーはニューヨーク・ニックスの絶対的エースへと成長し、ウィリス・リードらと共に2度のNBA制覇を達成。

ニューヨークの象徴にまで成り上がったフレイジャーの台頭と共に、彼のシグネチャーモデルである「クライド」の存在もまた世間に知れ渡ることになっていったのでした。

 

1976年|コンバース プロレザー

世界初のバスケットシューズ「オールスター」を生み出し、それ以来ずっとバッシュ界の最前線に居続けたコンバースからも、レザー素材を使用した本格派モデル「プロレザー」が登場。

「素材収集」や「生産難易度」といったレザー製バッシュに長年付き纏っていた課題をようやく解決した“安定供給が可能な”レザー製バッシュであり、当時のコンバースの技術と経験が詰まった“集大成”とも呼べる一足です。

 

そんな「コンバース プロレザー」の人気の火付け役となったのが、当時NBAで絶大な人気を誇っていたスーパースター「ジュリアス・アービング」。

芸術のようなダンクシュートと共にバスケットボールに“エンターテインメント性”をもたらしたアービングがプロレザーを愛用したことで、「あのジュリアス・アービングと同じバッシュを履きたい!」というファン心理をかき立て、爆発的な人気を博すようになっていったのです。

 

1979年|アディダス トップテン

レザーバッシュのパイオニア「スーパースター」を生み出したアディダスからも、1970年代ギリギリに、その後継モデルとも言える「トップテン」がリリース。

当時アディダスと契約していたNBAプレイヤーの中から選出された「将来性の明るい10名の精鋭たち」の意見を取り入れて作成されたそうで、1人の選手にフォーカスしたシグネチャーモデルが流行る中、10人の選手から意見を聞くというスタイルが話題となったモデルです。

 

特徴的なのは、厚みのある履き口と足首をしっかりと覆うハイカット構造。

シンプルでスタイリッシュな1970年代のモデルから、ゴツゴツして重量感のある1980年代のモデルへの「橋渡し」として、バッシュの歴史上でも重要な立ち位置にある一足だと言えるでしょう。

 

まとめ

今回は、NBAを愛してやまない僕の視点から、1970年代を代表する名作バッシュ5選をお送りしました。

いかがでしたか?

 

キャンパス素材からレザー素材への転換機とも言える時代であり、各ブランドから「勝負の一足」と言わんばかりのモデルがリリースされているのが面白いですよね!

この時代のモデルで現在もバッシュとして使用されているものはほとんどありませんが、スニーカーとしての復刻版が存在するものもありますので、その歴史を知った上でご自身のファッションに取り入れてみてはいかがでしょうか?

 

この記事が皆さんのバッシュライフを少しでも楽しいものにできたなら幸いです。

それではまた、次の記事でお会いしましょう!

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