1993年にバスケットボール殿堂入りを果たした「ビル・ウォルトン」。
時にはエースとして、時にはシックスマンとしてチームに貢献し、2度のNBA制覇を果たしたレジェンドですが、全盛期が1970年代かつ短かったこともあってその存在自体をあまり知らない方も多いのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんなビル・ウォルトンに関する情報を詳しくまとめていこうと思います。
彼が残した功績や象徴するエピソードなどを交えてウォルトンの魅力を語っていこうと思いますので、興味のある方はぜひ一緒に彼の偉大なキャリアを紐解いていきましょう!
目次
「エース」と「シックスマン」の両方で成功を納めたアワードコレクター
ビル・ウォルトンがいかに偉大な選手かを知っていただくためには、まず彼がわずか10年間のNBAキャリアで残した功績を見るのが早いと思います。
【ビル・ウォルトンが残した主な功績】
NBAチャンピオン:2回(1977, 1986)
ファイナルMVP:1回(1977)
シーズンMVP:1回(1978)
オールスター:2回(1977, 1978)
オールNBAチーム
・ファーストチーム:1回(1978)
・セカンドチーム:1回(1977)
オールディフェンシブチーム
・ファーストチーム:2回(1977, 1978)
シックスマン賞:1回(1986)
リバウンド王:1回(1977)
ブロック王:1回(1977)
いやぁ、改めて見ると壮観ですね。
NBA優勝はもちろん、MVPやオールスターをはじめとした個人で受賞できる賞はほぼ全て受賞したと言っても過言ではないでしょう。
特に「ファイナルMVP」、「シーズンMVP」、「シックスマン賞」の3つ全てど受賞した経歴のある選手はNBAの歴史を見てもビル・ウォルトンただ1人です。
キャリアの前半はチームを優勝に導くエースとして、キャリアの晩年はチームを裏から支えるシックスマンとして、どちらの役割でも成功を収めた経験を持つウォルトンは、まさにNBAのアワードコレクターというに相応しい存在だと言えるでしょう!
【プレースタイル】オールラウンドなスキルを備えた万能型センター
2度のNBA制覇を経験し、個人としても数々のアワードを受賞したビル・ウォルトン。
そのプレースタイルを一言で言えば、得点、パス、リバウンド、ブロックなどあらゆるスキルを高いレベルで備えた万能型センターです。
現代で言えば「ニコラ・ヨキッチ」や「ドマンタス・サボニス」のような選手たちに似たプレーを得意とし、彼らの先駆けとなった選手の1人と言えるでしょう。
後ほどご紹介する怪我によって全盛期のようなプレーができなくなった後は、身体能力に依存しないパス中心のプレーでシックスマンとして活躍。
出場時間は20分以下と全盛期の半分程度になったものの、ゴール下からのカッティングしてきた味方へのパスや落ちる場所を予測してのリバウンド、要所でのブロックなどで貢献し、主力のいない時間にもチームの勢いを落とさないという重要な役割を全うしました。
怪我によって短い全盛期を送ることになってしまったレジェンド
デビュー当時から支配的な実力を持ったセンターでありながら、キャリアを通じてずっと怪我に悩まされ続けた選手としても知られるビル・ウォルトン。
その慢性的な足の怪我はルーキーシーズンにあたる1974–75シーズンからスタートしており、ジープ事故による足の捻挫、手首の骨折、つま先の脱臼などを繰り返したことによってキャリア1年目にして出場できた試合はわずか35試合に終わってしまいます。
2年目以降も怪我が絶えず、骨折や捻挫などを理由に欠場、欠場、欠場。
キャリアを通じて3度もシーズン全休の大怪我を経験し、ウォルトンの体は次第に1試合フルに出場することが難しい状態になっていきました。
つらい現実を受け入れたウォルトンはシックスマンに役割を変えて活躍することを決め、実際に1985–86シーズンには80試合に出場してチームに貢献。
シックスマンとしてNBA優勝を経験するなどその実力は健在でしたが、全盛期にはシーズンMVPと優勝を経験するほどの選手だっただけに、どうしても怪我さえなければ・・・と言われてしまいがちなキャリアであることは間違い無いでしょう。
ビル・ウォルトンが残した偉大な功績3選
さてここからは、ビル・ウォルトンの偉大な功績を3つご紹介していきます。
実働わずか10年というレジェンドと呼ばれる選手にしては短命なキャリアの中で、ビル・ウォルトンという選手が後世に語り継がれている理由を一緒に見ていきましょう!
偉大な功績①:ブレイザーズにチーム史上初の優勝をもたらす
ビル・ウォルトンが残した功績の中でも一際大きなものの1つが、ポートランド・トレイルブレイザーズにもたらした1977年のNBA優勝でしょう。
この優勝はブレイザーズ史上初の偉業であり、2026年4月時点でもチーム史上唯一の栄光となっています。
1977年のポートランド・トレイルブレイザーズといえば、ビル・ウォルトンとモーリス・ルーカスのデュオを中心としたパスワークと速攻を重視したチーム。
49勝33敗というカンファレンス3位の勝率でプレイオフに進出すると、カンファレンス・ファイナルでモーゼス・マローン要するヒューストン・ロケッツを、NBAファイナルでジュリアス・アービング率いるフィラデルフィア・76ersを破り、見事NBAの頂点に立ったのです。
優勝を決めたNBAファイナル第6戦にて20得点、23リバウンド、7アシスト、8ブロックというもはやクアトルブル・ダブルに迫る成績でチームを勝利に導いたウォルトンは自身初となるファイナルMVPを受賞。
チームのエースは間違いなくビル・ウォルトンであり、ウォルトンが万全であればいつでもNBA優勝が狙えるということを証明した1年となったのです。
偉大な功績②:史上4人しかいない「リバウンド王」と「ブロック王」の同時受賞
2つ目の偉大な功績は、同一シーズンに「リバウンド王」と「ブロック王」を同時受賞したというもの。
ディフェンスにおける主要項目2つでリーグのトップに立つというまさに“リーグ最強ディフェンダーの証”であり、NBAの長い歴史を見ても達成したのはわずか4人のみの偉業(他はカリーム・アブドゥル=ジャバー、アキーム・オラジュワン、ベン・ウォーレス)です。
ビル・ウォルトンがこの離れ業を達成したのはNBA優勝を果たした翌年にあたる1977–78シーズンであり、同じ年にウォルトンはシーズンMVPも受賞。
キャリアわずか4年目にしてNBAチャンピオン、ファイナルMVP、シーズンMVPを全て経験しており、この年のウォルトンは間違いなくリーグ最強の選手だったと言えるでしょう。
偉大な功績③:黄金期セルティックスの優勝にシックスマンとして貢献
最後にご紹介する功績は、シックスマンとしてしっかりと優勝に貢献したということ。
チームを優勝に導きファイナルMPを受賞するほどの選手がわずか8シーズン後にチームのシックスマンとして活躍するということは、言葉で表現する以上に強靭なメンタルが必要になるはずです。
ビル・ウォルトンは度重なる怪我で動かなくなっていった自分の体を受け入れ、ラリー・バード、ケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュのBIG3要する黄金期ボストン・セルティックスのシックスマンとして1985–86シーズンに自身2度目となるNBAチャンピオンを経験。
優勝の翌年には引退しているため2度目のNBA優勝を経験することが原動力になっていたのかもしれませんが、奇しくもこのシックスマンとしての成功こそがビル・ウォルトンをNBA史上唯一無二の存在へと押し上げることおなったのです。
まとめ
今回は1970年代〜80年代に活躍したレジェンド「ビル・ウォルトン」についてご紹介しました。
いかがでしたでしょうか?
キャリア序盤はチームの絶対的エースとして、キャリアの終盤はチームを裏から支えるシックスマンとして活躍したウォルトンは、まるで後世の選手たちにNBAでの生き残り方を示しているようでした。
エースとしてチームを率いた経験を持つウォルトンだからこそ、シックスマンに求められる役割がしっかりとわかっていたのかもしれませんね!
ただそれでも、やはり個人的には怪我がなかった場合のビル・ウォルトンがどのような功績を残していたかを見てみたかったなと思ってしまいます、、、。
ウォルトンのプレー集はまだ白黒の時代で迫力には欠けるかもしれませんが、まだビル・ウォルトンのプレーを見たことがないという方はこの機会にYouTubeなどで視聴してみてはいかがでしょうか?