NBA伝説の男たち

モーゼス・マローン|“Chairman of the Boards(ボードの座長)”の異名を持つ怪物リバウンダー

2001年にバスケットボール殿堂入りを果たしているレジェンド「モーゼス・マローン」。

1970年代〜1980年代にかけてリーグを代表するセンターとして活躍した選手ですが、その輝かしい功績の割にNBAファンでもあまり知名度の高くないプレイヤーの代表格なのではないでしょうか?

 

そこでこの記事では、そんなモーゼス・マローンがどんな選手だったのかをご紹介していこうと思います。

彼が残した功績や有名なエピソードをもとにモーゼス・マローンという選手の魅力を存分に語っていこうと思っていますので、史上最高のオフェンスリバウンダーと呼ばれた男のキャリアを一緒に紐解いていきましょう!

 

屈強なフィジカルで3度のMVPに輝いた伝説的センター

屈強なフィジカルと高いアジリティーを持ち、ゴール下で得点とリバウンドを量産するNBA史上屈指のセンター「モーゼス・マローン」。

そのあまりのリバウンドの強さから“Chairman of the Boards(ボードの座長)”の異名を持ち、NBA時代だけでも3度のMVP、12度のオールスター、6度のリバウンド王といった数々のアワードを受賞した往年のレジェンドです。

 

高卒選手としてNBA(ABA含む)に挑戦し、成功を収めた史上初の選手であり、合計21シーズンという非常に長いキャリアの中で通算29,580得点と17,834 リバウンドを記録。

NBAで最も多くの時間を過ごしたヒューストン・ロケッツで背番号「24」が、優勝を果たしたフィラデルフィア・76ersで背番号「2」がそれぞれ永久欠番となっており、マローンが残した数々の功績と共に後世に語り継がれています。

 

【モーゼス・マローンの主な功績】

NBAチャンピオン:1回(1983)

ファイナルMVP:1回(1983)

シーズンMVP;3回(1979, 1982, 1983)

オールスター:12回(1978〜1989)

オールNBAチーム
・ファーストチーム:4回(1979, 1982, 1983, 1985)
・セカンドチーム:4回(1980, 1981, 1984, 1987)

オールディフェンシブチーム
・ファーストチーム:1回(1983)
・セカンドチーム:1回(1979)

リバウンド王:6回(1979, 1981〜1985)

 

バスケ歴6年でプロデビュー!?
史上初の高卒選手

数々の個人賞を受賞し、NBA(ABA含む)史上初の高卒選手として大成功を収めたモーゼス・マローンですが、なんとバスケを初めてたった6年でプロデビューを果たすという異次元のエピソードを持っていることでも知られています。

マローンにとってバスケットボールとの出会いが人生を大きく変えるきっかけになったそうで、13歳という比較的遅い年齢でバスケに触れるようになったマローンはそこからバスケットボールに没頭。

毎日プレーグラウンドに顔を出しただけでなく、深夜1時や2時を回るくらいまで練習をすることも珍しくなかったマローンはメキメキと実力を伸ばし、高校卒業時点ではプロでも即戦力として活躍できるほどに圧倒的な実力を持つ選手となっていたのです。

 

大学進学という選択肢もありはしたものの、貧しかった家庭に早くお金を落としたいという希望の元にドラフトエントリーを提出し、ABAドラフト全体28位で無事指名を受けることに成功。

プロ入り時点では19歳でしたので、バスケ歴はわずか6年のみ。

周囲の不安をよそに圧倒的実力で瞬く間にスター選手となったマローンのキャリアは、ケビン・ガーネットやドワイト・ハワードといった後世の高卒選手たちが活躍するための土台を作り上げたことは間違いないでしょう。

 

伝説のインタビュー「Fo', Fo', Fo'」で知られる1983年のNBA優勝

史上初の高卒選手として3度のMVPに6度のリバウンド王と目覚ましい活躍をしていたモーゼス・マローンですが、それほどの実力を持つ彼ですら優勝を果たすことができたのはキャリアで1度だけ。

ただ、そのたった1度のNBA制覇はあまりにも伝説的であり、モーゼス・マローンを語る上で欠かすことはできないエピソードと言えるでしょう。

 

1983年、大エース「ジュリアス・アービング」率いるフィラデルフィア・76ersに“優勝へのラストピース”という形で加入したマローンは、ただでさえ強豪だったチームを別次元の強さへと引き上げました。

レギュラーシーズンを65勝17敗というリーグ1位の勝率で通過すると、優勝を確信したマローンはプレイオフ直前のインタビューにて「Fo', Fo', Fo'(『プレイオフは4勝0敗を3回連続で記録し、一度も負けることなく優勝する』という意味。)」を言い放ちます。

カンファレンス・ファイナルにてシドニー・モンクリーフ率いるミルウォーキー・バックスに1敗を喫するものの、決勝ではマジック・ジョンソンやカリーム・アブドゥル=ジャバー要するロサンゼルス・レイカーズ相手に1敗もせずに圧勝し、結果的には発言をほぼ現実のものとしてしまったのでした。

 

翌年以降はジュリアス・アービングの年齢による衰えやラリー・バード率いるボストン・セルティックスの台頭などの理由で連覇を果たすことはできなかったものの、1983年のシクサーズはNBAの歴史に残る強豪として現在にも語り継がれています。

 

モーゼス・マローンのプレースタイルは?特徴的なポイント3選

一時はリーグ最強と評されたほどの選手であるモーゼス・マローンですが、そのプレースタイルは至ってシンプルなものでした。

最後は、そんなモーゼス・マローンのシンプルながらに協力なプレーのについて、特徴的なポイントを3つ厳選してご紹介しようと思います。

 

プレーの特徴①:史上最強クラスの「オフェンスリバウンド」

208cm、118kgという圧倒的なフィジカルを誇っていたモーゼス・マローンは、その体格を活かしたゴール下でのリバウンドで圧倒的な強さを誇っていました。

特に自分チームのゴール下で外れたシュートをチャンスに繋げる「オフェンスリバウンド」においては群を抜いており、その実力はキャリアで合計9回のオフェンスリバウンドのシーズンリーダーに輝いたほど。

キャリアの全盛期には1試合平均5本以上のオフェンスリバウンドを記録し、特に1978-79シーズン〜1980-81シーズンの3シーズンの間に記録したオフェンスリバウンドのシーズン合計数はNBAの歴代ランキングでTOP3を独占しています。(2026年4月10日時点)

 

フィジカルのみならず、予測に基づいたポジション取りや天性の嗅覚によるリバウンドは、まさに“史上最強”の呼び名に相応しいものだったと言えるでしょう。

 

プレーの特徴②:フィジカルを活かした「ポストプレー」

マローンの圧倒的なフィジカルが生きるのは、当然リバウンドだけではありません。

ゴール下で相手を押し込み確実に得点を2点をもぎ取る「ポストプレー」もまた、彼を象徴するプレーの1つだったことは間違い無いでしょう。

 

リバウンドが凄すぎるために見過ごされがちな項目ですが、キャリアハイでシーズン平均31.1得点(1981–82シーズン)を記録するほどにスコアリング面でもリーグ屈指の実力を誇っていたマローン。

たとえシュートが外れたとしても脅威的なオフェンスリバウンド力で続け様にマイボールにしてくるのですから、相手ディフェンダーからしたら厄介なことこの上ないでしょう。

 

プレーの特徴③:センターとしては高確率の「フリースロー」

さらにもう一つ、モーゼス・マローンが得意としていたスキルが「フリースロー」です。

フィジカルで戦う系のビッグマンは一般的に、パワーのありすぎや手の大きすぎなどの理由でフリースローを苦手としているケースが多いですが、マローンは脅威的なフィジカルと繊細なシュートタッチを見事に両立。

 

インサイドで相手を蹴散らし、たとえファールで止められてもフリースローで確実に得点に繋げる。

どうやっても止められないこの理不尽さこそ、モーゼス・マローンが3度のMVPを受賞した最大の要因と言えるかも知れませんね!

 

まとめ

今回は、圧倒的なオフェンスリバウンド力でゴール下に君臨したレジェンド「モーゼス・マローン」についてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

1983年の伝説的な優勝、3度のシーズンMVP、歴代1位のオフェンスリバウンド力など21年間というNBAキャリアで残した功績は数知れず。

ただ、その功績の割には知名度が低く、歴代選手の中でもかなり過小評価されがちな選手の1人だと言えるのではないでしょうか?

 

派手さに欠けるプレースタイルや同世代に活躍した偉大すぎるレジェンドたちのせいで影が薄くなりがちなことは否めませんが、NBAファンのみなさんにはこの記事を通じてモーゼス・マローンという偉大な選手がいたということをぜひ知っていただけたら嬉しく思います。

モーゼス・マローンのプレーをまだ見たことがないという方は、この機会にぜひYouTubeなどでハイライト動画を視聴してみえてくださいね!

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