NBA伝説の男たち

【NBA選手紹介】ドウェイン・ウェイドってどんな選手?キャリアの概要や残したスタッツ・実績などを紹介

マイアミ・ヒートのレジェンドであり、3度の優勝を誇る史上最高のシューティンガードの1人である「ドウェイン・ウェイド」。

キャリア3年目にしてチームを優勝に導き、その後スリーキングスとして連覇を果たしたウェイドは、2000年代のNBAを語る上で欠かせない選手の1人です。

 

現在は中国企業のLi-Ning(リーニン)と生涯契約を結びバッシュ業界を賑わせているドウェイン・ウェイドですが、現役時代はいったいどんな選手だったのでしょうか?

この記事ではそんなドウェイン・ウェイドのプロフィールやプレイスタイルはもちろん、歩んだキャリアの概要や個人スタッツに至るまであらゆる情報をご紹介していますので、興味のある方はぜひ最後までご覧ください!

 

【プロフィール】ドウェイン・ウェイドってどんな選手?

マイアミ・ヒート生え抜きのエースであり、ヒートに3度のNBA優勝をもたらした歴代屈指のシューてイングガードの1人「ドウェイン・ウェイド」。

NBA史に残る“当たり年”といわれた2003年NBAドラフトにおいて全体5位指名を受けた天才は、シャキール・オニールとのデュオを組んだ2006年とレブロン、ボッシュと共に“スリーキングス”を結成した2012年、2013年に連覇を達成しました。

特に2006年の活躍は素晴らしく、キャリア3年目にも関わらずチームの絶対的エースとしてチームを背負い、NBAファイナルには平均34.7得点の大活躍でチームをNBA優勝に導いています。

 

結果的にオールスター選出13回、オールNBAチーム選出8回、オールディフェンシブチーム3回、得点王1回と輝かしい功績を残したウェイド。

彼が着用した背番号「3」はマイアミ・ヒートの永久欠番であり、そのキャリアは後世に語り継がれるに相応しいものだったと言えるでしょう。

 

プレースタイル:爆発的なスピードと高い身体能力で得点を量産するスコアラー

シューティングガードの平均身長が約195cm〜196cmであるNBAにおいて身長193cmと決して体格に恵まれてはいなかったものの、爆発的なスピードと相手にぶつかりながらもシュートを決め切る理不尽な身体能力で得点を量産するスコアラーとして活躍したドウェイン・ウェイド。

合計16シーズンという長いキャリアの中で通算得点は23,165点に達しており、2026年3月2日時点でもマイアミ・ヒートの球団史上最多得点記録保持者です。

特にドライブでスピードに乗ったウェイドを止める術はなく、そのあまりのキレと早さにチームメイトのシャキール・オニールから「Flash(閃光)」という愛称をつけられるほど。

 

また、高すぎるオフェンス力に隠れて忘れられがちなのが1対1でのディフェンス力であり、2度のオールディフェンシブチームに選出される経歴からも分かる通り全盛期はリーグトップクラスの実力を誇っていました。

ハードプレーをすることから故障につながるリスクが高い選手ではあったものの、土壇場でチームを勝たせる勝負強さを持った、いわゆる“チームを勝たせられるエース”であったことは間違いないでしょう。

 

ドウェイン・ウェイドの実績

3度のNBA優勝を果たした史上屈指の実力を持つシューティングガードの1人である「ドウェイン・ウェイド」。

全盛期中に一度も優勝することができず、キャリア晩年にベテランとして優勝トロフィーを求めて移籍する選手も多いなか、いずれの優勝もチームの主力として活躍した上で勝ち取っているというのもウェイドの評価を高めている要因の1つでしょう。

アメリカ代表としてオリンピックに2回、ワールドカップに1回出場しており、2004年のアテネオリンピックと2006年のワールドカップで2回続けて銅メダルという期待外れの結果に終わってしまったものの、3度目の正直となる2008年北京オリンピックでは決勝のスペイン戦にて決勝点を決めチームを金メダルに導くという素晴らしい活躍を残しました。

 

【ドウェイン・ウェイドの実績】

NBAチャンピオン:3回(2006, 2012, 2013)

NBAファイナルMVP: 1回(2006)

オールスター選出:13回(2005〜2016, 2019)

オールスターMVP:1回(2010)

オールNBAチーム選出
・1stチーム:2回(2009, 2010)
・2ndチーム:3回(2005, 2006, 2011)
・3rdチーム:3回(2007, 2012, 2013)

オールディフェンシブチーム選出
・2ndチーム:3回(2005, 2009, 2010)

得点王:1回(2009)

オール・ルーキー1stチーム(2004)

オリンピック
・金メダル:1回(2008年 北京)
・銅メダル:1回(2004年 アテネ)

ワールドカップ
・銅メダル:1回(2006 日本)

 

偉大なNBAキャリアの概要を紹介

マーケット大学でチームをファイナル4(全米トップ4)に導く活躍を残し、2003年のNBAドラフトにて全体5位でマイアミ・ヒートに指名されNBA入りを果たしたドウェイン・ウェイド。

ドラフト同期にはのちにNBAレジェンドとなるレブロン・ジェームズやカーメロ・アンソニー、クリス・ボッシュらがおり新人王は逃したものの、キャリア3年目の2006年にチームのエースとしてマイアミ・ヒートを優勝に導いたウェイドはこの年のルーキーの中では最も早く栄光をつかんだ選手となりました。

特にNBAファイナルでの活躍は“NBA史上屈指のプレイオフパフォーマンスの1つ”といわれるほどであり、ファイナルMVPを受賞するに相応しいものだったと思います。

 

そこから怪我に苦しみやや停滞気味の4年間を歩みますが、2010年のオフシーズンに結成されたヒートの“ビッグ3”によって再び優勝候補となり、今度はチームの2番手として2012年、2013年のNBA連覇に貢献しました。

その後は怪我や年齢による衰えを感じ、シカゴ・ブルズとクリーブランド・キャバリアーズで1年ずつプレーしたのちにマイアミ・ヒートで1シーズンのみの復帰を経て引退。

キャリアのほとんどマイアミ・ヒートに捧げ、チームに3度のNBA優勝をもたらした英雄として、2020年には着用した背番号「3」がヒートの永久欠番となりました。

 

ドウェイン・ウェイドのNBAキャリアスタッツ(個人成績)

最後に、ドウェイン・ウェイドのキャリアスタッツを「レギュラーシーズン」と「プレイオフ」とに分けてご紹介していこうと思います。

 

レギュラーシーズン(2003-04シーズン〜2018-19シーズン)

シーズン 年齢 所属 出場試合 先発出場 出場時間 FG FG% 3P 3P% FT FT% リバウンド アシスト スティール ブロック ターンオーバー 得点
2003-04 22 MIA 61 56 34.9 6.1 .465 0.3 .302 3.8 .747 4.0 4.5 1.4 0.6 3.2 16.2
2004-05 23 MIA 77 77 38.6 8.2 .478 0.2 .289 7.5 .762 5.2 6.8 1.6 1.1 4.2 24.1
2005-06 24 MIA 75 75 38.6 9.3 .495 0.2 .171 8.4 .783 5.7 6.7 1.9 0.8 3.6 27.2
2006-07 25 MIA 51 50 37.9 9.3 .491 0.4 .266 8.5 .807 4.7 7.5 2.1 1.2 4.2 27.4
2007-08 26 MIA 51 49 38.3 8.6 .469 0.4 .286 6.9 .758 4.2 6.9 1.7 0.7 4.4 24.6
2008-09 27 MIA 79 79 38.6 10.8 .491 1.1 .317 7.5 .765 5.0 7.5 2.2 1.3 3.4 30.2
2009-10 28 MIA 77 77 36.3 9.3 .476 0.9 .300 6.9 .761 4.8 6.5 1.8 1.1 3.3 26.6
2010-11 29 MIA 76 76 37.1 9.1 .500 0.8 .306 6.5 .758 6.4 4.6 1.5 1.1 3.1 25.5
2011-12 30 MIA 49 49 33.2 8.5 .497 0.3 .268 4.8 .791 4.8 4.6 1.7 1.3 2.6 22.1
2012-13 31 MIA 69 69 34.7 8.2 .521 0.2 .258 4.5 .725 5.0 5.1 1.9 0.8 2.8 21.2
2013-14 32 MIA 54 53 32.9 7.7 .545 0.2 .281 3.5 .733 4.5 4.7 1.5 0.5 3.0 19.0
2014-15 33 MIA 62 62 31.8 8.2 .470 0.5 .284 4.6 .768 3.5 4.8 1.2 0.3 3.4 21.5
2015-16 34 MIA 74 73 30.5 7.3 .456 0.1 .159 4.4 .793 4.1 4.6 1.1 0.6 2.7 19.0
2016-17 35 CHI 60 59 29.9 6.9 .434 0.8 .310 3.7 .794 4.5 3.8 1.4 0.7 2.3 18.3
2017-18 36 CLE
MIA
67 3 22.9 4.5 .438 0.5 .288 2.0 .714 3.8 3.4 0.9 0.7 2.1 11.4
2018-19 37 MIA 72 2 26.2 5.8 .433 1.2 .330 2.3 .708 4.0 4.2 0.8 0.5 2.3 15.0

参照:BASKETBALL REFERENCE 

キャリア1年目からNBAでも十分戦える実力があることを証明し、2年目以降はリーグ屈指のスーパースターとしてキャリアを送ったドウェイン・ウェイド。

どの年のスタッツも素晴らしいものばかりですが、最高のシーズンを1つ挙げるとしたら間違いなく得点王を受賞した2008-09シーズンでしょう。

この年のウェイドは平均得点30.2点、5リバウンド、7.5アシスト、2.2スティール、1.3ブロックというオールラウンダーとしては完璧とも言える数字を叩き出しており、チーム成績が5位だったことで受賞とはならなかったものの、シーズンMVP投票にてコービー・ブライアント、レブロン・ジェームズに次ぐ3位の評価を受けています。

正直スタッツだけを見ればコービーやレブロンよりもウェイドの方が優れていたことから、この時もしウェイドがMVPを受賞していれば歴史的な立場もより偉大なものになっていたかもしれませんね。

 

プレイオフ(計13シーズン)

シーズン 年齢 所属 出場試合 先発出場 出場時間 FG FG% 3P 3P% FT FT% リバウンド アシスト スティール ブロック ターンオーバー 得点
2003-04 22 MIA 13 13 39.2 6.6 .455 0.2 .375 4.5 .787 4.0 5.6 1.3 0.3 4.2 18.0
2004-05 23 MIA 14 14 40.8 9.7 .484 0.1 .100 7.9 .799 5.7 6.6 1.6 1.1 4.4 27.4
2005-06 24 MIA 23 23 41.7 9.5 .497 0.6 .378 8.8 .808 5.9 5.7 2.2 1.1 3.9 28.4
2006-07 25 MIA 4 4 40.5 9.0 .429 0.0 .000 5.5 .688 4.8 6.3 1.3 0.5 5.8 23.5
2008-09 27 MIA 7 7 40.7 9.7 .439 2.6 .360 7.1 .862 5.0 5.3 0.9 1.6 3.6 29.1
2009-10 28 MIA 5 5 42.0 12.4 .564 3.0 .405 5.4 .675 5.6 6.8 1.6 1.6 5.2 33.2
2010-11 29 MIA 21 21 39.4 8.6 .485 0.7 .269 6.6 .777 7.1 4.4 1.6 1.3 3.0 24.5
2011-12 30 MIA 23 23 39.4 8.6 .462 0.4 .294 5.3 .729 5.2 4.3 1.7 1.3 3.0 22.8
2012-13 31 MIA 22 22 35.5 6.5 .457 0.0 .250 2.7 .750 4.6 4.8 1.7 1.0 2.6 15.9
2013-14 32 MIA 20 20 34.7 7.0 .500 0.5 .375 3.5 .767 3.9 3.9 1.5 0.3 2.7 17.8
2015-16 34 MIA 14 14 33.8 8.5 .469 0.9 .522 3.6 .781 5.6 4.3 0.8 0.9 2.7 21.4
2016-17 35 CHI 6 6 31.7 5.3 .372 1.0 .353 3.3 .952 5.0 4.0 0.8 1.3 1.7 15.0
2017-18 36 MIA 5 0 25.4 6.2 .443 0.0 .000 4.2 .808 4.2 3.6 1.4 0.2 2.2 16.6

参照:BASKETBALL REFERENCE 

怪我や年齢による衰えがあったキャリア晩年を除けばほぼ全てのシーズンでプレイオフに進出しているというのは流石の一言。

特に優勝を果たした2006年から後の3年間は優勝時にいたベテランメンバーがほとんど引退しておりほぼウェイドのワンマンチームでしたが、それでもチームをプレイオフに導いていたのは驚異的です。

スリーキングス結成後はチームのエースの座をレブロン・ジェームズに譲ったことでスタッツは落ちていますが、その分シュート力やオフボール(ボールを持っていない時)の動きに磨きがかかり、エースでない役割でもチームに貢献できることを証明。

これをきっかけにプレーの幅が広がったことで、キャリア晩年にベンチから起用された際にも長くチームに必要とされる選手であり続けることができたと言えるでしょう。

 

まとめ

マイアミ・ヒート史上最高の選手であり、歴代屈指のシューティングガードの1人である「ドウェイン・ウェイド」。

NBAでは輝かしいキャリアを歩んだウェイドですが、幼少期にはイリノイ州シカゴで薬物に手を染めてしまった母親とアルコール依存症の父親の間に生まれ、のちにウェイドの妻となるシオボーンの家へ逃げ込む形で居候するという辛い過去をもった人物でもあります。

しかし、それゆえに身についた何度でも立ち上がるハングリー精神が、彼のNBAキャリアを成功に導く要因の1つだったことは間違いないでしょう。

 

ウェイドの初代シグネチャーシューズがコンバースからリリースされた際に使われた「Fall seven times, stand up eight.(7回倒れても8回立ち上がる)」という言葉は、まさに彼の生き様を表していると言えますね。

まだドウェイン・ウェイドのプレーを見たことがないという方は、ぜひ一度YouTubeなどでハイライトを見てみてくださいね!

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