NBA伝説の男たち

ジェリー・ウェストってどんな選手?NBAのロゴになった男の“凄さ”を詳しく解説

みなさん一度はNBAのロゴを見たことがあると思いますが、あの白いシルエットって誰がモデルになっているかご存知ですか?

その名も「ジェリー・ウェスト」。

1960年代〜70年代前半にかけてレイカーズを支えたレジェンドです。

 

ただ、NBAのロゴという印象が強すぎて、実際どのような選手だったのかを知っている方はあまり多くないのではないでしょうか?

 

この記事では、そんなジェリー・ウェストについて、その選手像や凄さを詳しくご紹介します。

彼が残した功績や伝説的なエピソードを交えながらジェリー・ウェストの凄さを存分に語っていきますので、興味のある方はぜひ最後までご覧ください!

 

なぜNBAロゴのモデルになった?

「NBAのロゴになった男」といえば全NBA選手のなかから1番に選ばれたかのように聞こえるかもしれませんが、実際はそんなこともなかったようです。

この青と赤の背景に白抜きの選手が描かれたロゴが作られたのは1969年、製作者はメジャーリーグのロゴも手がけた「アラン・シーゲル」というグラフィックデザイナーでした。

 

シーゲル氏がこのロゴを作る際にジェリー・ウェストを選んだ理由は「姿勢が完璧だったから」。

当然その時代のスター選手だったというのは大きな要因だと思いますが、NBA選手の中ではやや細身なジェリー・ウェストのスタイルがシーゲル氏の目を引いたんだそうです。

 

この話はあまりに有名ですが、念の為言っておくと、特定の選手を連想させないという意図でNBA側はジェリー・ウェストであることを公式には認めていません。

ただ、リーグを象徴するロゴに採用されたのがNBAの歴史を見てもトップクラスの功績を残したジェリー・ウェストだったというのは、結果的に皆が納得する選出だったと言えるかもしれませんね。笑

 

“ミスタークラッチ”と呼ばれた史上最高のSGの1人

1960年のNBAドラフトにて、オスカー・ロバートソンに次ぐ全体2位でミネアポリス・レイカーズ(ロサンゼルス・レイカーズ)から指名を受けてNBA入りした「ジェリー・ウェスト」。

その類稀な勝負強さから"ミスタークラッチ”という愛称で親しまれ、キャリア通算で14回のオールスターと12回のオールNBAチーム選出を受けた史上最高のシューティングガードの1人です。

その愛称の通り試合終盤に数々の名シーンを生み出しており、特に1970年NBAファイナル第3戦にてニューヨーク・ニックス相手に成功させたハーフラインからの同点ブザービーターはNBA史上最も有名なクラッチショットの1つとして語り継がれています。

 

個人としては非常に輝かしいキャリアを歩んだ一方でビル・ラッセルという怪物に泣かされた選手の1人であり、8度のNBAファイナル進出経験を持ちながらも優勝はわずか1回にとどまっているんです。

それでも14シーズンという長いキャリアの全てをレイカーズで過ごし、最終的にはウィルト・チェンバレンと共に1つのチャンピオンリングをもたらした功績を讃え、レイカーズはウェストが着用していた背番号「44」を永久欠番として認定しています。

 

【ジェリー・ウェストの主な功績】

NBAチャンピオン:1回(1972)

ファイナルMVP:1回(1969)

オールスター:14回(1961〜1974)

オールNBAチーム
・ファーストチーム:10回(1962〜1967, 1970〜1973)
・セカンドチーム:2回(1968, 1969)

オールディフェンシブチーム
・ファーストチーム:4回(1970〜1973)
・セカンドチーム:1回(1969)

得点王:1回(1970)

アシスト王:1回(1972)

 

スタッツから見るジェリー・ウェストの“凄さ”

さて、ここからはジェリー・ウェストの“凄さ”についてより細かいところへ迫っていきたいと思います。

まずはキャリアスタッツを見ながら注目してほしいポイントをピックアップして見ていきましょう!

 

レギュラーシーズン(1960–61シーズン〜1973–74シーズン)

シーズン チーム 出場試合 出場時間 フィールドゴール% フリースロー% リバウンド アシスト スティール ブロック 得点
1960–61 LAL 79 35.4 .419 .666 7.7 4.2 17.6
1961–62 75 41.2 .445 .769 7.9 5.4 30.8
1962–63 55 39.3 .461 .778 7.0 5.6 27.1
1963–64 72 40.4 .484 .832 6.0 5.6 28.7
1964–65 74 41.4 .497 .821 6.0 4.9 31.0
1965–66 79 40.7 .473 .860 7.1 6.1 31.3
1966–67 66 40.5 .464 .878 5.9 6.8 28.7
1967–68 51 37.6 .514 .811 5.8 6.1 26.3
1968–69 61 39.2 .471 .821 4.3 6.9 25.9
1969–70 74 42.0 .497 .824 4.6 7.5 31.2
1970–71 69 41.2 .494 .832 4.6 9.5 26.9
1971–72 77 38.6 .477 .814 4.2 9.7 25.8
1972–73 69 35.7 .479 .805 4.2 8.8 22.8
1973–74 31 31.2 .447 .833 3.7 6.6 2.6 0.7 20.3
通算 932 39.2 .474 .814 5.8 6.7 2.6 0.7 27.0

参照:Basketball Reference

191cmとNBA選手の中ではそれほど大きくない身長ながら、キャリア通算27.0得点、5.8リバウンド、6.7アシストとオールラウンドな活躍をしていたジェリー・ウェスト。

同期にオスカー・ロバートソンという化け物がいたためオールラウンダーという印象は薄いかもしれませんが、NBAの歴史を見てもこれほどまでに高い得点能力を持ちながら他の役割もハイレベルにこなす選手はほとんどいないでしょう。

 

シーズンごとのスタッツも流石の一言。

エースとして点を取る役割を担っていた時はシーズン平均30得点以上を何度も叩き出し、1969–70シーズンには得点王を受賞するなどチームを牽引。

一方でウィルト・チェンバレンという最強のスコアラーがチームメイトになった時には、得点を減らしながらもアシストで大いに貢献し、優勝した1971–72シーズンにはアシスト王となる9.7アシストを記録しました。

 

プレイオフ(計13シーズン)

シーズン チーム 出場試合 出場時間 フィールドゴール% フリースロー% リバウンド アシスト スティール ブロック 得点
1961 LAL 12 38.4 .490 .726 8.7 5.3 22.9
1962 13 42.8 .465 .807 6.8 4.4 31.5
1963 13 41.4 .503 .740 8.2 4.7 27.8
1964 5 41.2 .496 .792 7.2 3.4 31.2
1965 11 42.7 .442 .890 5.7 5.3 40.6
1966 14 44.2 .518 .872 6.3 5.6 34.2
1967 1 1.0 1.0 0.0 0.0
1968 15 41.5 .527 .781 5.4 5.5 30.8
1969 18 42.1 .463 .804 3.9 7.5 30.9
1970 18 46.1 .469 .802 3.7 8.4 31.2
1972 15 40.5 .376 .830 4.9 8.9 22.9
1973 17 37.5 .449 .780 4.5 7.8 23.6
1974 1 14.0 .222 2.0 1.0 0.0 0.0 4.0
出場 153 41.3 .469 .805 5.6 6.3 0.0 0.0 29.1

参照:Basketball Reference

ジェリー・ウェストが在籍していた14シーズンもの間レイカーズは1度もプレイオフ進出を逃していませんが、1971年は怪我で不出場だったため、ジェリー・ウェスト自身のプレイオフ出場回数は13回となります。

 

抜群の勝負強さを持ちプレイオフに入るとさらにパフォーマンスが上がるタイプの選手だったウェストですが、やはり特筆すべきはプレイオフ平均40.6得点を叩き出した1965年でしょう。

残念ながらこの年もビル・ラッセル率いるボストン・セルティックスに敗れてしまったもののジェリー・ウェストは大爆発し、NBAファイナルにてシリーズ平均46.3得点を記録。

これは現在でも破られていない1シリーズでの最多平均得点であり、ジェリー・ウェストの得点能力と勝負強さを象徴するシリーズとして語り継がれています。

 

実はもう一つジェリー・ウェストを代表するプレイオフパフォーマンスがあるのですが、それはまた後ほど。

 

ジェリー・ウェストが残した伝説的エピソード3選

さて、引き続きジェリー・ウェストの”凄さ”を存分にアピールしていきますよ!

続いては、ジェリー・ウェストがその偉大なNBAキャリアで残した伝説的エピソードを通して彼の凄さをお伝えしたいと思います。

 

エピソード①:史上唯一の負けたチームからファイナルMVP受賞

まず初めにご紹介するのは、先ほどはぐらかしたもう1つの伝説的プレイオフパフォーマンス。

舞台となったのは、1969年のNBAファイナル。

6度目となるボストン・セルティックスとの決勝戦は非常に接戦であり、勝負は最終第7戦までもつれ込みました。

 

この一発勝負の一戦において、ジェリー・ウェストは42得点、13リバウンド、12アシストというファイナル史上初の「40得点以上でのトリプルダブル」を記録。

結果は108-106でボストン・セルティックスに惜敗してしまいましたが、ウェストの圧倒的な活躍は賞賛に値するという理由から敗者ながらに新設されたばかりのファイナルMVPを受賞したのです。

作られたばかりで受賞の基準が曖昧だったというのは否めませんが、現在でも史上唯一の負けたチームからのファイナルMVPとなっています。

 

エピソード②:伝説の同点ブザービーター

2つ目にご紹介するのは、先ほども少しだけ触れた1970年のNBAファイナル第3戦で誕生した伝説のシーン。

ニューヨーク・ニックスとの決勝戦を戦っていたレイカーズは試合時間残り数秒の場面で99-101と2点ビハインドの状態でした。

 

普通にドリブルをしていては絶対に間に合わない状況でボールを受け取ったジェリー・ウェストは、ブザーとほぼ同時にコートの真ん中からのシュートを選択。

このシュートがなんとボールに決まり、試合は延長戦へと突入することになったのです。

 

最終的に試合はニューヨーク・ニックスが111-108で勝利するのですが、もし当時から3ポイントラインが存在すればウェストのブザービーターでレイカーズが勝利していたと思うと惜しいなと感じてしまいますよね、、、。

 

エピソード③:意思を受け継いだ怒涛の”33連勝”

3つ目にご紹介するのは、レイカーズのレジェンド「エルジン・ベイラー」の意思を受け継いで勝ち続けた怒涛の33連勝について。

ジェリー・ウェストよりも2年早くレイカーズに在籍し、ウェストと共にレイカーズに黄金期をもたらしたレジェンドであるエルジン・ベイラーですが、彼もまたビル・ラッセルという大きな壁に阻まれ優勝を果たすことができなかった選手として非常に有名です。

 

そんなエルジン・ベイラーが怪我による突然の引退を発表した1971-72シーズン、長年チームを支えてきた英雄の引退に火がついた残されたチームメイトたちは一致団結し、その直後から怒涛の33連勝を記録。

ベイラーが抜けたことで絶対的なエースとなったジェリー・ウェストは持ち前の得点能力でチームを率い、遂に悲願のNBA制覇まで果たしたのでした。

 

このレギュラーシーズン33連勝という記録は現在も破られていないNBA記録であり、レジェンドからレジェンドへとバトンが渡された感動的なエピソードとして語り継がれているのです。

 

まとめ

今回はNBAのロゴになった男として知られる「ジェリー・ウェスト」についてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

同時期にオスカー・ロバートソンやビル・ラッセル、ウィルト・チェンバレンといった怪物たちがいたことで若干影が薄くなってしまっているところもありますが、ジェリー・ウェストもまた彼らに負けず劣らずのスーパースターでした。

どうしても「NBAのロゴ」という印象が強いウェストですが、結果的にそれに相応しいキャリアを送ったというのが最も凄いポイントかもしれません。

 

1970年NBAファイナルの第3戦で誕生したブザービーターは圧巻ですので、この機会にぜひYouTubeなどでジェリー・ウェストのプレーを見てみてくださいね!

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