レイカーズでコービーの相棒として2連覇に貢献したレジェンド「パウ・ガソル」。
スペイン史上最高のバスケ選手として名高いガソルですが、全盛期から10年以上が経過した今、NBAファンであっても彼の実力をあまり知らない方も多いのではないでしょうか?
そこでこの記事では、そんなパウ・ガソルが現役時代にどんな選手だったのかをご紹介していこうと思います。
NBAで残した功績やプレースタイル、スペイン代表での活躍なども交えてパウ・ガソルの魅力を語っていきますので、彼が歩んだNBAキャリアを一緒に掘り下げていきましょう!
目次
“スペインの至宝”と呼ばれたビッグマン
コービー・ブライアントに次ぐレイカーズ史上12人目の永久欠番として、背番号「16」がホームアリーナの天井に掲げられた「パウ・ガソル」。
トニー・パーカーらを輩出した2001年NBAドラフトにて全体3位で指名を受けてメンフィス・グリズリーズでキャリアをスタートさせたレジェンドは、2008年にロサンゼルス・レイカーズに移籍してコービー・ブライアントとのデュオを結成すると2009年、2010年の連覇に大きく貢献しました。
また、バスケ強豪国スペインにて絶対的エースとして代表チームを牽引し、2度のオリンピック銀メダル、1度のワールドカップ優勝など数々の功績を残したパウ・ガソルは、”スペインの至宝”の愛称と共にしばしばスペイン史上最高のバスケットボール選手と評されているんですよ!
NBAと国際バスケの両方で残した数々の偉大な功績を讃え、2023年4月にネイスミス・メモリアル・バスケットボール殿堂入りを果たしました。
【パウ・ガソルの主な功績】
NBAチャンピオン:2回(2009, 2010)
オールスター:6回(2006, 2009〜2011, 2015, 2016)
オールNBAチーム
・セカンドチーム:2回(2011, 2015)
・サードチーム:2回(2009, 2010)
オリンピック
・銀メダル:2個(2008年北京、2012年ロンドン)
・銅メダル:1個(2016年リオデジャネイロ)
ワールドカップ
・金メダル:1個(2006年日本)
【プレースタイル】“7フッター"ながら豊富なスキルと判断力を兼ね備えたPF/C
213cm、113kgというNBAの中でも恵まれた体格を保ち、インサイドにおいてチームを支え続けたパワーフォワード兼センター。
213cm以上の通称“7フッター”と呼ばれる身長を持つ選手はそもそも人数が少ないですが、パウ・ガソルほどに豊富なスキルと判断力を併せ持った選手はなかなか存在しないでしょう。
オフェンス面ではフィジカルで押し込めるタイプではなかったものの、フックシュートやフェイダウェイなど多彩なフィニッシュスキルを武器に戦う技巧派。
さらにパスセンスも良く、素早い状況判断からのフリーの味方へのパスを出して得点をアシストしているシーンも数多くみられました。
ディフェンス面でもフィジカルこそないものの、長い腕を生かしたリバウンドやブロックで貢献。
スーパースターでありながら自身のスタッツよりもチームの勝利を優先する姿勢は同じ考えを持つ、まさに“一家に一台ほしい”と言いたくなるようなプレイヤーです。
パウ・ガソルは「NBA史上最強兄弟」の兄
パウ・ガソルには4つ年の離れた弟「マルク・ガソル」がいることを知っている方も多いのではないでしょうか?
マルク・ガソルもまたNBAで活躍したバスケ選手であり、3度のオールスター選出や1度の最優秀守備選手賞を受賞した、兄にも劣らない才能を持つプレイヤーでした。
類稀な才能を持った“ガソル兄弟”ですが、彼らが持つ最も偉大な功績はやはり「兄弟がどちらもNBAチャンピオンになっている」ということでしょう。
兄パウ・ガソルはレイカーズ時代の2連覇、弟のマルク・ガソルは2019年にトロント・ラプターズでの優勝を経験し、NBA史上初のチャンピオンリングを持った兄弟となったのです。
パウ・ガソルはそんな「NBA史上最強兄弟」の兄という側面も持っているというわけですね!
レイカーズ優勝メンバーの「ラストピース」は彼。
連覇にも大きく貢献した
2008年のトレードにてメンフィス・グリズリーズからロサンゼルス・レイカーズに移籍してきたパウ・ガソルですが、一時期優勝からは遠ざかっていたレイカーズが2009年、2010年と連覇を果たしたことから、優勝メンバーのラストピースという見方をされています。
パウ・ガソルが移籍してくるまでのレイカーズは完全にコービーの孤軍奮闘状態であり、コービー以外の得点能力とインサイドの弱さが課題だったレイカーズにとってパウ・ガソルは完璧な存在だったわけです。
コービーとパウ・ガソルというリーグ屈指のデュオを中心に添えたチームは大躍進を遂げます。
結成1年目の2008年こそポール・ピアースら「BIG3」を要したボストン・セルティックスに敗れはしたものの、2年目にはドワイト・ハワード率いるオーランド・マジックを4勝1敗で粉砕して優勝。
王者として迎えた2010年には1度敗れたボストン・セルティックスとの第7戦に及ぶ死闘の末に見事リベンジを果たす形で連覇を達成したのです。
特に2010年のNBAファイナル第7戦はコービー・ブライアントが不調の中パウ・ガソルがチームを引っ張る活躍を残しており、コービーにも「パウ・ガソルなくして連覇はできなかった」と言わしめるほどに、レイカーズにとって欠かせない選手だったことは間違いないでしょう。
活躍の場はNBAだけじゃない!
スペイン代表での伝説的な試合2選
パウ・ガソルを語るる絵でスペイン代表での活躍は欠かすことができません。
最後に、”スペインの至宝”と呼ばれたパウ・ガソルがスペイン代表として残した伝説的な試合を2つご紹介し、その偉大さを知っていただこうと思います。
FIBAワールドカップ 2006 準決勝
パウ・ガソルが残した伝説その①は「FIBAワールドカップ 2006 準決勝」です。
アルゼンチン代表相手に戦ったこの試合はパウ・ガソルにとって骨折という最悪の結果に終わることになったものの、スパイン代表史上初のワールドカップ制覇に大きく影響を与えた一戦として語り継がれるものです。
この時代ののアルゼンチン代表といえば、マヌ・ジノビリやルイス・スコラらを中心とした「黄金世代」であり、2004年にはアメリカ代表を破ってオリンピック金メダルを獲得した超強豪国。
パウ・ガソルはこの試合でチーム最多の19得点と15リバウンドを記録し、まさに獅子奮迅とも言える活躍でスペイン代表を1点差での勝利へと導いたのです。
骨折によって決勝およびその後に控えたNBAのレギュラーシーズンには欠場することになってしまいましたが、エースに鼓舞されたチームはそのまま決勝のギリシャ戦にも勝利し優勝。
パウ・ガソルは準決勝までチームを率いた功績を讃えられ、大会MVPにも選出されることとなりました。
北京オリンピック 2008 男子決勝
もう一つ、パウ・ガソルのスペイン代表での試合として知っておいていただきたいのが、アメリカ代表と激突した「北京オリンピック 2008 男子決勝」です。
2008年のアメリカ代表といえば、屈辱の銅メダルに終わったアテネ五輪(2004年)のリベンジとして結成されたスーパースター軍団、通称「リディームチーム」が結成された年。
そのスーパースター軍団の名前の中には当然コービー・ブライアントも存在し、コービーとパウ・ガソルというチームメイト2人がオリンピック決勝で激突するというドラマチックな展開に注目が集まりました。
結果だけを見ればアメリカが118対107でスペインを破り金メダルを獲得することになるわけですが、この試合のコービーとパウ・ガソルは想像以上にバチバチにやり合っており、とても見応えがあります。
この試合を機に2人の信頼関係がよりいっそう深まり、翌年の2009年から始まる連覇へと繋がったわけですから、パウ・ガソルにとってはキャリアの転機とも言える一戦だったわけですね!
この決勝での一幕はNetflix独善配信映画の「リディームチーム」にて視聴可能です。
YouTube上にてダイジェスト版も視聴することができますので、興味のある方はぜひご覧になってみてくださいね!
まとめ
今回はロサンゼルス・レイカーズを2連覇に導いたレジェンド「パウ・ガソル」についてご紹介しました。
いかがでしたでしょうか?
コービー・ブライアントのチームメイトというと、どうしても2000年〜2002年に3連覇を果たした際の相方シャキール・オニールの方が有名ではありますが、最終的には喧嘩別れしているように信頼関係という点においては希薄だったデュオ。
その点、パウ・ガソルとコービーは家族ぐるみでの付き合いもあり、“コービーの相棒”という立場にはシャックよりも相応しいんじゃないかと思います。
ドキュメンタリー「リディームチーム」ではその辺のコービーとパウ・ガソルの関係性なんかも描かれていますので、まだ観たことのない方は必見。
この記事がパウ・ガソルというレジェンドを知るきっかけになっていただければ嬉しいですね。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!