NBA伝説の男たち

ジェレミー・リン|「リンサニティ」を巻き起こしたアジア系ガードのパイオニア

2010年にNBAデビューを果たし、「リンサニティ」という言葉と共に伝説的なキャリアを歩んだレジェンド「ジェレミー・リン」。

NBAファンであれば誰しも一度はその名を聞いたことがあるほどに有名な選手ですが、最近NBAを見始めたばかりの方の中には彼の偉大なストーリーを詳しく知らない方も多いのではないでしょうか?

 

そこでこの記事では、「ジェレミー・リン」がどんな選手だったのかを詳しくご紹介していこうと思います。

彼が残したエピソードやプレースタイルなどを通じてジェレミー・リンの魅力を存分に語っていこうと思いますので、ドラフト外からスターへと成り上がった彼の偉大なキャリアを一緒に紐解いていきましょう!

 

2012年に突如巻き起こった「リンサニティ」とは?

ジェレミー・リンについて語っていく前に、2012年に巻き起こった社会現象「リンサニティ」がいかに凄い出来事だったのかについて語っていきたいと思います。

そもそも「リンサニティ」とは、その語源である英単語「Insanity(インサニティ)」が意味する通り、世界中がジェレミー・リンという男に“熱狂”した約1ヶ月間の出来事のこと。

 

2012年2月4日に行われたニュージャージー・ネッツ戦での主力の欠場がきっかけでプレータイムをもらったジェレミー・リンは、ニューヨーク・ニックスの一員としてチーム最多の25得点、7アシスト、5リバウンドを記録する大活躍。

その後も数試合の先発出場で、あのコービー・ブライアントが所属するレイカーズから38得点を挙げるなど歴史的活躍を続け、“スターの誕生”とも言えるドラマチックな瞬間を見たファンの間で人気が大爆発したのです。

 

その1ヶ月間、メディアやSNS上では連日ジェレミー・リンの名前が流れ続け、アメリカ中のバスねショップからリンのジャージが消え失せるなどその人気は「社会現象」と呼ぶに相応しいものに。

熱狂が続いた期間はそれほど長くなかったものの、ニューヨークという都市では誰もが一夜にして世界的スターになることができる代表的な例として語り継がれることになったのでした。

 

さて、そんな熱狂の中心にいたジェレミー・リンですが、当然ただ単に活躍しただけでは社会現象と呼ぶほどの事態にはならなかったはず。

ここからは、ジェレミー・リン本人に隠された熱狂の要因とも言える魅力の数々を解き明かしていきましょう!

 

ドラフト外からスターダムを駆け上がったアジア系ガードのパイオニア

社会現象「リンサニティ」と共に一夜にしてスターダムを駆け上がったレジェンド「ジェレミー・リン」。

自身はロサンゼルスで生まれ育ったものの、両親は台湾人であり、アジアのルーツを持つアジア系アメリカ人として史上初の本格的なNBAスターとなったポイントガードです。

「アジア系のガードはNBAでは活躍できない」という偏見が常識となっていましたNBAにおいて、“ドラフト外”という全く保証のない契約状態から自らの力のみでそんな偏見を打ち破ったリンは、まさに“アジア系ガードのパイオニア”と呼ぶに相応しい選手でしょう!

 

また、アメリカの名門・ハーバード大学へスポーツ奨学金ではなく学力で入学し、卒業後にNBA入りするという圧倒的な知性を持った選手でもあり、当然高い身体能力は持ちつつも、高いバスケIQを駆使したゲームメイク能力で活躍した“司令塔”でもありました。

そんな強いキャラクター性とチャンスをものにする勝負強さを併せ持ったジェレミー・リンだからこそ、「リンサニティ」を巻き起こすことができたのかも知れませんね!

 

【プレースタイル】周りを生かすパスも得意な“スラッシャー”系のポイントガード

「リンサニティ」のきっかけとなった数試合では毎試合のように20得点以上を叩き出し続けたジェレミー・リンですが、そのプレースタイルを一言で言うならば、スピードのあるドライブでリングにアタックする「スラッシャー」でしょう。

191cmというNBAのポイントガードとしては平均くらいの身長を持ち、独特の間でディフェンスを抜き去ってゴール下に侵入したのちにブロックの上を大きく超える「ティアドロップ」と呼ばれるシュートでスコアする姿が印象的な選手でした。

 

当然チームの司令塔としても一流であり、高いバスケットボールIQから繰り出すパスによって、味方を生かすゲームメイクも可能。

アジア系ガードのパイオニアとして、フィジカルだけに頼らないプレーでもNBAで生き残ることができることを証明したプレースタイルだったと言えるでしょう。

 

世界中から愛された「ジェレミー・リン」という男の魅力3選

ここまで読んでいただいた方には「ジェレミー・リン」がどんな選手かはご理解いただけたのではないでしょうか。

最後に、オールスターや得点王などの個人賞は一歳受賞していないジェレミー・リンがなぜこれほどまでにファンの記憶に残り、世界中から愛されるNBAレジェンドの1人となることができたのか、その理由となった彼の魅力を3つ厳選してお伝えしていこうと思います。

 

魅力①:「アジア系」というアイデンティティへの誇り

ジェレミー・リンが台湾出身の両親のもとに生まれ、アジア系アメリカ人選手のパイオニアとしてキャリアを切り開いていったことは先ほどもお伝えしたとおり。

リンがNBA入りした当初のアジア系ガードに対する偏見は決して軽いものではなく、「スピードがない」「フィジカルが足りない」などリンのプレーを見る前から不当な評価を受けてきたはずです。

 

しかし、ジェレミー・リンという男はそんな自分を苦しめる要因であった「アジア系」というアイデンティティに誇りを持ってプレーしていました。

リンはニックス時代のインタビューにて「自分がチャイニーズであることを誇りに思う」という趣旨の発言をしており、この言葉はアジアでバスケをプレイする選手たちに多くの勇気を与えたことでしょう。

自身のルーツに誇りを持ってプレーする姿勢はアジアのみならず世界中のファンの心に響き、NBAを引退した今なお語り継がれているのです。

 

魅力②:逆境に耐え抜いた粘り強さ

“ドラフト外”という立場からキャリアをスタートさせた苦労人であるジェレミー・リンですが、その逆境に耐えながらもNBAに挑戦し続けた努力家な一面も彼の大きな魅力の1つでしょう。

世界最高の選手たちが集うリーグであるNBAにいおいて、1シーズンで在籍できる選手はわずか450名。

世界のバスケ競技人口が約4億5000万人であることを考えると、0.0001%というまさに一握りのプレイヤーのみが所属できる世界です。

 

そのごく限られた枠の中にドラフト指名を受けなかった選手が入り込む隙はほとんどなく、ましてや長く在籍し続けることができた選手なんてNBAの長い歴史を見ても数えるほど。

そんな状況から、キャリア序盤にウィリアーズ、ロケッツの2チームに契約しては解雇されるという苦難を乗り越え、ニューヨーク・ニックスでついにスターへと成り上がった彼の粘り強さは当時を知るNBAファンには強く印象に残っていることでしょう。

 

魅力③:「夢は叶う」と教えてくれたキャリア

ここまでお伝えしてきた「アイデンティティへの誇り」と「逆境に耐え抜いた粘り強さ」。

この2つがったからこそ実現した、ジェレミー・リンという男の壮大なストーリーこそが彼の最大の魅力だと思います。

 

アジア系だからという理由で指名漏れしてしまう結果となった2010年のNBAドラフト。

せっかくトライアウトで契約を勝ち取ったにも関わらず、チームの補強のためにすぐさま2チームから解雇されたキャリア最初期。

もはやNBAでプレーすることは叶わないかい思われたその時、舞い降りたチャンスで歴史に残るほどの大活躍で一躍スターへと成り上がった全盛期。

アジア系というアイデンティティに誇りを持ち、怪我と戦いながらも後世のアジア選手たちのために道を切り開き続けたキャリア晩年。

 

どこを切り取ってもドラマチックなNBAキャリアだったことは間違いないでしょう。

「リンサニティ」という言葉とともに語り継がれている彼のキャリアは、彼がインタビューなどで発信している「自分を信じれば夢は叶う」というメッセージを今も伝え続けているのです。

 

まとめ

今回はドラフト外からスターへと駆け上がった異質のレジェンド「ジェレミー・リン」についてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

「アジア系」に対する偏見によるハンデや2度の解雇という逆境を乗り越えスターダムへ上り詰めたキャリアはまさに伝説的。

「リンサニティ」という社会現象がフューチャーされがちな選手ではありますが、単に運が良かっただけでは決してなく、ジェレミー・リンだったからこそ起こった奇跡だったと言えるでしょう。

 

ジェレミー・リンのキャリアをドキュメンタリー形式で描いた映画「Linsanity(リンサニティ)」がAmazon Prime Videoで視聴可能ですので、ジェレミー・リンに興味を持っていただけた方はこの機会にぜひ視聴してみてくださいね!

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