1990年代のNBAを代表する怪物センター「パトリック・ユーイング」。
某バスケアニメの人気キャラのモデルという噂もあり、日本でも非常に人気の高いプレイヤーです。
ただ、最近NBSを見始めたばかりの人たちの中には、パトリック・ユーイングのプレーを見たことがない方も多いのではないでしょうか?
そこで、この記事ではそんなパトリック・ユーイングが現役時代どんな選手だったのかをご紹介ししていこうと思います。
彼が残した功績やエピソードをもとに、パトリック・ユーイングがなぜレジェンドと呼ばれているのかを語っていくので、興味のある方はぜひ最後までご覧くださいね!
1990年代のNBAは「センターの黄金時代」
パトリック・ユーイングの話をする前に、まず彼が全盛期だった1990年代のNBAの状況を簡単に解説しようと思います。
1990年代のNBAは「センターの黄金時代」と呼ばれるほどに偉大なビッグマンたちがしのぎを削った時代であり、アキーム・オラジュワンやシャキール・オニール、デビッド・ロビンソン、カール・マローンなどのレジェンドたちがそれぞれのやり方でインサイドを制圧していました。
今回ご紹介するパトリック・ユーイングも当然その中の1人であり、そんな時代においてもニューヨーク・ニックスが強豪であり続けた最大の要因となっているんですよ!
この後は、そんなパトリック・ユーイングとはどんな選手だったのかについて簡潔にお伝えしていきますね。
パトリック・ユーイングってどんな選手?
さて、まずはパトリック・ユーイングが現役時代どんな活躍をし、どんな功績を残したプレイヤーだったのかをご紹介しましょう。
2016年からNBAを見てきた僕も当然生でプレーを見たことはないのですが、残っている映像や記録からわかる事実をベースに語っていきますので、ぜひお楽しみくださいね!
“キングコング”の愛称で親しまれたニックスの英雄
17シーズンという非常に長いNBAキャリアのほとんどをニューヨーク・ニックスで過ごし、圧倒的なパワーでインサイドを支配する様子から“キングコング”の愛称で親しまれた「パトリック・ユーイング」。
ニックスに2度のNBA優勝をもたらした「ウォルト・フレイジャー」以来、実に15年ぶりとなるニックス生え抜きのスーパースターであり、引退した今でもニックスファンからは絶大な人気を誇る選手です。
ポストプレー、リバウンド、ブロックを得意としたゴリゴリのインサイドプレイヤーな印象が強いユーイングですが、意外にも繊細なジャンプシュートを得意としており、スキルフルな一面も持ったビックマンとして知られていました。
低迷期にあったニューヨーク・ニックスをNBAファイナルに進出するほどの強豪へと押し上げた最大の功労者であり、彼の着用した背番号「33」は当然ニックスの永久欠番。
NBAが誕生した時から存在する古豪ニューヨーク・ニックスにおいて、得点、リバウンド、スティール、ブロックなどのほぼ全ての項目でチーム歴代最多を記録しているユーイングは、ニックス史上最高の選手であることは疑いようもないでしょう。
優勝を阻まれ続けた「無冠」のレジェンド
圧倒的なパワーとスキルを兼ね備えるリーグ屈指のビッグマンであったパトリック・ユーイングですが、ついにキャリアで1度もNBA優勝を果たすことができなかった「無冠」のレジェンドとしても有名です。
先述したように、ユーイングが全盛期を迎えた1990年代は「センターの黄金時代」ですが、それ以上に時代を支配していたのはマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズでした。
“バスケの神様”がNBA優勝を独り占めしていたことで1990年代のレジェンドは軒並み優勝回数が少ない傾向にありますが、ユーイングもその例外ではなく、1990年代に入ってからのニックスはプレイオフにて何度もシカゴ・ブルズの前に敗れ去っているんです。
また、マイケル・ジョーダンが1度目の引退を発表した1993–94シーズンと、2度目の引退をした後の1998–99シーズンに、いずれも宿敵レジー・ミラー要するインディアナ・ペイサーズを破ってNBAファイナルまで到達しています。
しかし運命のNBAファイナルでは、それぞれアキーム・オラジュワンのヒューストン・ロケッツとティム・ダンカンらのサンアントニオ・スパーズに敗退。
その時代を代表する“最強”たちに悉く敗れ去ったユーイングとニックスは、「時代が違えば・・・」という妄想をしたくなってしまうほどに惜しいチームの1つでした。
【非公式】スラムダンク「赤木剛憲(通称ゴリ)」のモデル!
パトリック・ユーイングが、漫画「スラムダンク」に登場する人気キャラクター「赤木剛憲(あかぎ たけのり)」のモデルになった選手ではないかと言われていることをご存知でしょうか?
スラムダンクのキャラクターたちはNBA選手をモデルに描かれていることが多く、例えば主人公である「桜木花道(さくらぎ はなみち)」のライバルとして登場する「流川楓(るかわ かえで)」のモデルはマイケル・ジョーダンだと明言されているんですよ!
赤木剛憲(あかぎ たけのり)のモデルについては公式では特に明言されておらず、あくまで噂の範疇を出ませんが、プレースタイルやキャラクターの見た目に至るまでかなり類似点が多いので、単なる噂で片付けてしまうのは少しもったいないくらいです。
ユーイングの他にも「デビッド・ロビンソン」がモデルだという説もあるようですが、NBAで「ゴリ」というニックネームで呼ばれていたのはやはりパトリック・ユーイングであり、湘北の上級生対1年生で行われた試合において赤城剛憲(あかぎ たけのり)が着用していたビブスが「33番(ユーイングの背番号)」であったことから、個人的にはユーイングの説を推したいと思います。
選手の偉大さとは全く関係ありませんが、数々のセンターの中から漫画キャラクターのモデルに選ばれるほど、パトリック・ユーイングがリーグ屈指の人気と存在感を持った選手だったのは間違いないでしょう!
シグネチャーモデル「33 HI」は1990年代を代表するバッシュ
続いては、パトリック・ユーイングが着用したバッシュについてご紹介します。
ユーイングのバッシュは1989年に彼自身が立ち上げた「EWING ATHLETICS(ユーイング・アスレチックス)」というブランドからリリースされており、ユーイング自身の人気と相まってニューヨークを中心に絶大な人気を誇っていました。
最も有名なモデルである「33 HI」は、背番号「33」の名を冠したパトリック・ユーイングのシグネチャーモデル。
足首を覆い隠すハイカットで重量感のあるシルエットが特徴的な一足であり、1990年代を代表するモデルとして現在でも世界中で多くのファンに愛されています。
復刻版やコラボモデルなど数多くのカラーリングがリリースされていますので、興味のある方は大手通販サイトやオークションサイトなどでチェックしてみてくださいね!
【個人的な視点】パトリック・ユーイングは「歴代TOP10センター」に入る?
ここまでご紹介してきた功績やエピソードをもとに、2016年からNBAを見まくっている僕の視点から、パトリック・ユーイングの“凄さ”について語りたいと思います。
見出しの問いに対して僕個人の結論から話すと、ユーイングは「歴代TOP10センター」に入ると思います。
名実ともにニックス史上最高の選手であり、確かに優勝に手は届かなかったものの、ユーイング個人の実力はマイケル・ジョーダンやアキーム・オラジュワンといった時代の覇者たちに全く引けを取らないものでした。
実際、「ESPN」や「The Athletics」などの米主要メディアが作成した歴代選手ランキングでも、ユーイングより上位にランクインしたセンターは9名(順位順:カリーム・アブドゥル=ジャバー、ビル・ラッセル、ウィルト・チェンバレン、シャキール・オニール、アキーム・オラジュワン、カール・マローン、モーゼス・マローン、デビッド・ロビンソン、ジョージ・マイカン)のみ。
個人的にはこの中でユーイングよりも明確に上なのはアキーム・オラジュワンまでだと思っているので、ユーイングの歴代センターランキングでの地位はTOP5〜10くらいかな〜と。
いずれにせよ、1980年代〜90年代のニックスの象徴となった男は、NBAの長い歴史で見てもトップクラスの実力と人気をもった正真正銘のNBAレジェンドだということですね!
まとめ
1990年代を代表するNBA史上屈指のセンター「パトリック・ユーイング」。
今回はそんなユーイングがどんな選手だったのかを詳しくご紹介してきました。
いかがでしたでしょうか?
NBA優勝こそ果たせなかったものの、長きに割ったってニューヨーク・ニックスの大黒柱として活躍した姿は印象的で、多くのファンに愛される選手だったと思います。
個人としてはリーグトップクラスの成績を残し続けていただけに「時代さえ違っていれば・・・」とどうしても思っていまいますね。
迫力満点のプレーはワクワクすること間違いなしですので、まだユーイングのプレーを見たことがない方はYouTubeなどでぜひハイライト動画を視聴してみてくださいね!
他のNBAレジェンドについても、彼らが「レジェンド」として語り継がれる理由を語った記事がありますので、気になるNBAレジェンドがいる方はサイトホームから選手名を検索していただければと思います。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!