NBA伝説の男たち

チャンシー・ビラップス|"バスト”評価からスター選手へと昇り詰めたピストンズの司令塔

2024年に殿堂入りを果たした「チャウンシー・ビラップス」。

デトロイト・ピストンズが2004年にNBAを制した時のスタメンポイントガードであり、その勝負強さから"Mr. Big Shot(ミスター・ビッグ・ショット)"の異名を持つレジェンドです。

2014年まで現役で活躍していたスター選手とあってその名前を聞いたことがある方も多いと思いますが、特に最近NBAを見始めた方は実力までは知らない場合がほとんどなのではないでしょうか?

 

そこでこの記事では、そんな「チャウンシー・ビラップス」がどんな選手だったのかを詳しくご紹介していこうと思います。

彼が残した功績や経験した紆余曲折のあるキャリアなど交えてわかりやすくお伝えしていきますので、この機会チャウンシー・ビラップスという選手の魅力を知っていただけたら幸いです、

 

スーパースターなしでNBAを制覇した2004年のデトロイト・ピストンズ

「チャウンシー・ビラップス」本人の話をする前に、彼を語る上では欠かせない「2004年のデトロイト・ピストンズ」について知っていただければと思います。

2004年のデトロイト・ピストンズは、毎年スターが誕生するNBAという世界最高峰のバスケットボールリーグにおいてスーパースターと呼べる存在なしでNBAを制覇したことで知られるチーム。

オフェンスが圧倒的に有利とされるバスケットボールにおいて、とにかく「ディフェンス力」の強化に力を注げばスターなしでも優勝することができると証明してしまったNBAの歴史を見ても非常に特殊な存在とも言えるでしょう!

 

2000年に当時のエースであったグラント・ヒルとの交換で獲得した“守護神”ベン・ウォーレスを中心に、いずれも守備力の高いバックコートであるテイショーン・プリンス、リチャード・ハミルトン、チャウンシー・ビラップスで周囲を固めたチームは一気にイースタン・カンファレンスの強豪へと成長。

さらに、優勝経験豊富なヘッドコーチ・ラリー・ブラウンの招集と、もう1人のインサイドの要であるラシード・ウォレスの加入によって“史上最強”と評されるほどのディフェンス力を持ったチームへと進化したピストンズは、瞬く間に他の強豪チームを制圧し、NBAチャンピオンへと駆け上がったのでした。

 

この記事の主人公である「チャウンシー・ビラップス」はそんなディフェンス特化のチームにおいて“オフェンスを指揮する司令塔”として活躍した選手。

ここからはそんなビラップス個人の功績について一緒に見ていきましょう。

 

“史上最強のディフェンスチーム”を率いた司令塔

“史上最強のディフェンスチーム”を率いた絶対的司令塔として知られるチャウンシー・ビラップス。

キャリアの後半こそ司令塔として必要なスキルを兼ね備えたリーグ有数のポイントガードという評価を受けていましたが、キャリアの序盤は多くのチームをたらい回しにされた苦労人としても知られる選手なんですよ。

 

2004年にNBA制覇を果たしたあとは、4度のオールスター選出、3度のオールNBAチーム選出、2度のオールディフェンシブチーム選出と輝かしい功績を残したビラップス。

逆境を跳ね除けスターに上り詰めた映画のようなキャリアは多くのファンに感動を与え、ピストンズの永久欠番となった背番号「1」と共に後世へと語り継がれるレジェンドとなたのです。

 

【チャウンシー・ビラップスの主な功績】

NBAチャンピオン :1回(2004)

ファイナルMVP:1回(2004)

オールスター:4回(2006〜2009)

オールNBAチーム
・セカンドチーム:1回(2006)
・サードチーム:2回(2007, 2009)

オールディフェンシブチーム
・セカンドチーム:2回(2005, 2006)

 

【プレースタイル】"Mr. Big Shot"の異名を持つ屈強なコンボガード

チャウンシー・ビラップスのプレースタイルを一言で言うのであれば、安定したゲームメイク力と高精度の3ポイントシュートによる得点能力を持ち合わせた“コンボガード”でしょう。

そのあまりの勝負強さから"Mr. Big Shot"という異名を持ち、ゲームの大半はポイントガードとしてチームオフェンスの司令塔を務めながら、勝敗が決まる試合終盤には自分から積極的に得点も取りに行くという戦い方が得意な選手でした。

 

また、オフェンスにおいてそれほどのスキルを持ち合わせいるにも関わらず、ディフェンスチームでも穴にならないほどの屈曲なフィジカルを持ち合わせたディフェンダーであり、相手のポイントガードには自由にプレーさせない立ち回りが可能。

191cm、 94kgというNBAでは決して恵まれてはいない体格ながらも、努力とスキルでスターへと成り上がったビラップスのプレースタイルは、現代型ポイントガードのお手本と言えるでしょう。

 

苦境を乗り越えスター選手へ。
チャウンシー・ビラップスの偉大なNBAキャリアを紹介

キャリア序盤は多くの苦難を味わいながら、最終的にはリーグ有数のスター選手へと上り詰めたチャウンシー・ビラップス。

その波乱万丈で感動的なNBAキャリアを皆さんと一緒に見ていきたいと思います。

 

全体3位指名を受けるもチームをたらい回しに

ティム・ダンカンやトレイシー・マグレディといった殿堂入りクラスの選手もドラフトされた1997年NBAドラフトにおいて、全体3位でボストン・セルティックスから指名を受けたチャウンシー・ビラップス。

伝統のある強豪からの高順位での指名という大きな期待を背負ってスタートさせたNBAキャリアは、ヘッドコーチとの対立やプライベートで起こしてしまった女性関係の問題によっていきなり最悪な展開へと進むことになります。

 

ドラフト3位で指名したルーキーをわずか半年で手放すというせるティックスの異例の決断と共にトロント・ラプターズへ移籍したビラップスは、ラプターズでも必要とされず、デンバー・ナゲッツに放出。

ドラフトからわずか1年で2度もチームから不要という烙印を押された選手が評価を取り戻すのは簡単ではなく、キャリア4年目にして特に実績を残すことができないままフリーエージェントとなった彼は、いわゆる”バスト(失敗)”と呼ばれるようになってしまったのです。

 

才能の開花と栄光のNBA制覇

そんなビラップスに手を差し伸べたのが、スタメンポイントガードであるテレル・ブランドンの控えとなる選手を探していたミネソタ・ティンバーウルブズであり、ビラップスはここで大きなキャリアの転機を迎えることとなります。

ブランドンによってNBAで活躍するための心構えやスキルを学び安定した活躍が残せるようになったビラップスは、ブランドンが怪我をした2001-02シーズンにはスタメンとしてチームを支えるなど徐々にその才能を開花させていったのでした。

 

ウルブズとの契約が終了し、再びフリーエージェントとなったビラップスに舞い込んできたのが、デトロイト・ピストンズからのオファー。

オールスター経験のある選手がほとんどいないロスターでありながらディフェンスとチームプレイに重きをおいたピストンズはめっぽう強く、2002-03シーズンこそカンファレンス決勝でジェイソン・キッド率いるニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)に敗れるものの、翌2003-04シーズンにはNBAファイナルへ進出。

NBAファイナルでは4連覇を狙いスター軍団を揃えたコービーとシャックのロサンゼルス・レイカーズと激突するも、下馬表を大きく覆す4勝1敗という結果でそれを下し、ピストンズとしては14年ぶり、ビラップスにとっては自身初となる栄光のNBA制覇を成し遂げたのです。

 

名実共にリーグトップクラスの選手として活躍、そして引退へ

NBA制覇を成し遂げたピストンズはその後も強豪であり続け、バストという評価を完全に覆したビラップスはオールスターにも複数回選出される正真正銘のスター選手として見られるようになります。

しかし、3年連続でカンファレンス決勝での敗退が続いたピストンズは、再び優勝が目指せるチームを作るためにアレン・アイバーソンを獲得へ動き、そのトレードでビラップスの放出を決断。

 

移籍先はかつて何者でもなかった頃に所属していた古巣デンバー・ナゲッツであり、デンバー出身のビラップスは今度は“地元の英雄”として大歓声のもと迎え入れられることとなったのです。

ナゲッツでは若きスター・カーメロ・アンソニーと共にベテランとしてチームを率い、前年苦戦していたチームの勝率を大きく伸ばすことに成功。

一方のピストンズがビラップスの抜けた後にみるみる衰退していたことから、改めてビラップスの司令塔としての評価は高まることとなったのでした。

 

そこからは年齢と怪我による衰えを感じながらもベテランとして若手を育てる立場で数チームを転々としたのち、最後はピストンズと1年のみの契約を結んで栄光の地で現役を引退。

“バスト(失敗)”と言われながらも苦境を乗り越えスター選手へと駆け上がったキャリアはピストンズファンの大歓声と共に幕を閉じたのでした。

 

シグネチャーモデル「adidas C-Billups」

遅咲きのキャリアを送ったチャウンシー・ビラップスですが、実はキャリアで一足だけシグネチャーモデルと呼べるバッシュがリリースされています。

 

それが「adidas C-Billups(アディダス シー・ビラップス)」。

アディダスが2007年に開発した一足であり、複数のカラーが存在する中でもビラップスがオールスター選出を受けた際に着用したオールスターモデルとアメリカ発のストリートウェアブランド「UNDRCRW(アンダークルー)」とのコラボレーションモデルの2種類が特に有名です。

 

現在は販売終了している上に復刻版なども発売されていないことから入手は非常に困難となっていますが、興味のある方はオークションサイトなどで探してみると掘り出し物が見つかるかもしれませんよ!

 

まとめ

今回は"バスト”評価からスーパースターへ昇り詰めたピストンズのレジェンド「チャウンシー・ビラップス」についてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか?

 

競争率の高いNBAにおいて一度”バスト”評価を受けた選手が戻ってくることは簡単ではなく、特に何も残すことができないままキャリアを終える選手も数多く存在します。

ビラップスはそんないつ選手として首を切られるかわからない恐怖と戦いながらも努力をやめず、チームを優勝にまで導いたわけですから、その凄さは計り知れません。

 

ポイントガードとして堅実的なプレーが売りのビラップスですが、「Mr. Big Shot(ミスター・ビッグショット)」の異名の通り、決めてきたゲームウィナーショットは数知れず。

非常にハイライト映えする選手ですので、まだチャウンシー・ビラップスのプレーを見たことがない方はこの機会にぜひ彼のハイライト集をご覧になってくださいね!

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